第26話 私ね、久人がいたから、今の私がいるの

「ごめんね……こんなことになっちゃって……」


 夜。外に出てから、最初に話題をふってきたのは、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩の方だった。


 今日の放課後。阿久津久人あくつ/ひさとの方からメールをした。その結果、久人は、恵令奈先輩に、家に来るようにと呼び出されたのである。

 久人は、家に行けば先輩と会話できると思っていた。

 が、それは全く違ったのだ。


 家に入った時、一番最初に遭遇したのが、先輩の父親だった。

 運がいいのか、悪いのか。

 いや、たぶん、運が悪いのだと思う。

 久人はそんなことを振り返ったりもしていた。


「大丈夫です……」


 久人は心に闇を抱えたまま、何とか返答したのである。

 気分はまだ整っていない。

 先輩の父親との遭遇。それに加え、急に先輩と二人っきりになったのである。

 それは、色々な意味で、緊張するのも無理はない。

 先ほどから、心臓の振れ幅がどうにかなってしまいそうだった。


「ねえ、確認のために聞いておくけど……その……久人は私のこと好き?」

「はい」


 久人は迷うことなく告げた。

 数秒の遅れもないほどに。


「そうなんだ。だよね。じゃないと、今日、私の家になんて来ないよね」

「はい……俺は、先輩と付き合うための承諾を得るために……。それと、先輩は俺のことが好きなんですよね?」

「……う、うん……」


 久人が言うと、右隣を歩いている先輩の頬が急に紅葉し始めたのである。

 その表情や仕草に、久人もドキッとした。

 二人っきりだからこそ、そんなところを見せてくれたのかもしれない。

 そんな姿を直視でき、久人は内心、嬉しかった。


「いつ、俺のことを意識し始めたんですかね?」

「それは、去年よ……去年って言っても、九か月くらい前だけど」

「そうなんですか? 九か月くらい前……?」


 久人はふと考える。

 九か月前と言えば、去年の十月ぐらいだろう。

 その時は、確か……。

 生徒会役員の選挙だと思い出す。

 そして、久人は隣にいる彼女を見やった。


「わかった?」

「はい……でも、選挙と関係があるんですかね?」

「……あるよ」


 恵令奈先輩は声のトーンを軽く落としながら言う。

 もじもじしているようで、学校で見せている態度とは全く違うのだ。


「久人ってさ。私が生徒会長になる前から頑張ってたじゃない」

「何をですか?」

「投票とか」

「……もしかして、あれですか?」


 久人は思い当たる節があった。

 それは、恵令奈先輩が生徒会長になれるように、色々な手段を使って宣伝していたということ。

 久人からしたら普通のことである。

 そこまで気にはしていなかった。


「久人がいなかったら、私は生徒会長になれなかったし」

「そ、それは言いすぎですから……まさか、そんな俺は……」


 久人は謙遜がちに言う。

 ただ、先輩が爆乳であり、頑張って宣伝し、あわよくば付き合えたらいいなという、如何わしい感情を抱いた状態での活動であった。


 そもそも、先輩は爆乳であり、久人が宣伝をしなかったとしても、それなりに票は獲得できていただろう。

 久人は直接関係ないと思っていたのだ。


「あのね、あの時、久人の宣伝行為があったからね、ギリギリ、今の副生徒会長に勝てたの。確かね、数票の差だったと思うわ」

「そんな僅差だったんですか?」

「ええ」


 票数については、公にはならない仕組みになっている。故に、久人は、そのことを初めて知った。


 久人の行動が、好きな先輩のためになっていたことには驚きである。

 でも、あの頃は本当に、爆乳な先輩と付き合って結婚したいという、下心ありきな思考回路であった。


 おっぱいが大きい彼女が欲しい。そんな単純な目的の元、がむしゃらに何事にも取り組んでいた時期である。

 これは、これで、今までの努力が実ったということなのだろうか?


 たまたま、奇跡的に爆乳な先輩から告白されたわけではなく。自分の積み重ねてきた功績なのだと改めて思い、身に染みたのである。


「ねえ、久人は私のどこら辺が好き? ……さっきも、居間の前で聞き耳を立てていたけど……」


 恵令奈先輩は恥ずかしそうに振舞っている。

 彼女も知っているけど、久人の口からも本音を知りたいといったニュアンスに聞こえた。


 久人は先輩にばかり、恥ずかしい思いをさせられないと思う。

 先輩と結婚するにあたって、真剣に向き合おうと考えたのである。


 今までも真面目に恵令奈先輩と関わってきた。

 けど、今回からは、先輩の父親の存在もある。

 その父親に承諾を貰わないといけないのだ。

 男性らしく隠すことなく、彼女に思いを伝えた方がいいだろう。


 久人はその場に立ち止まり、そして、恵令奈先輩の右手を両手で握ったのである。

 刹那、彼女は体をビクつかせ、反応に困っている様子であった。


「……それは、先輩のすべてですから……」

「――ッ」


 恵令奈先輩は硬直する。

 久人から手を触られているということもあり、先ほどよりも頬を真っ赤に染めているのだ。


「どうしたんですか?」


 久人はわかっているが、一応、聞いてみたのである。


「……わ、分かってるくせに。久人は……」


 先輩はボソッと呟いた後、ゆっくりと冷静さを取り戻していく。


「俺……先輩に言っておかないといけないことがあるんですが」

「え? 何、かな?」


 恵令奈先輩は動揺した感じに聞き返してくる。


「あの、俺、先輩のこと。最初っから好きでしたけど……爆乳目当てなところがあって……なんか申し訳ないです……」


 久人は隠していたことを素直に口にした。

 心に留めたままではよくないと思ったからだ。


「……そ、そんなのわかってるよ」

「⁉」


 心が読まれているのかと思い、久人はドキッとし、咄嗟に先輩から手を離す。

 そして、後ずさってしまう。


「私がわからないとでも? そもそも、私に関わってくる男性なんて、それにしか、興味ないみたいだし」


 先輩は悲し気な瞳を見せる。


「でも、俺は、その……今は爆乳目当てじゃないですから……」

「……いいよ」

「え?」

「久人になら、別に、そういう目で見られてもいいって思ってたし」

「……」


 急にそんなことを言われると恥ずかしくなる。

 どうしても気恥ずかしくて口ごもってしまう。


「ねえ、久人」


 彼女は明るい口調になり、距離を詰めてくるのだ。


「――⁉」


 久人は一瞬の出来事に理解が追い付かなかった。

 まさか、先輩の方から、そういった行為をしてくるとは思ってもみなかったからだ。


 恵令奈先輩は爆乳を久人の胸元に押し当てながら、キスしていた。

 おっぱいがデカすぎて、不自然な感じのキスになってはいるが、心地よかったのである。


 胸の内は暑くなっていた。が、久人は夏の夜の風を一心に受け、程よい温かさを保っていたのである。


「久人……家の中に戻ろ。お父さんに言わないとね」

「……」


 久人は今のことが現実だと理解できなかったのである。急展開すぎることが多く、少しの間、久人は放心状態のままであった。


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