第25話 お前には、恵令奈は任せられない
それだけなのである。
たったそれだけなのに、なかなか、思い通りにいかないものだ。
気づけば、今日の授業最後のチャイムが鳴り響く。
授業が終わり、授業を担当していた教師がいなくなった。
辺りには、クラスメイトだけになり、アンチのような視線を、さらに受けるようになったのだ。
久人は現状に耐え切れなくなり、先早に必要なモノをリュックに入れ、それを背負い、教室から立ち去ったのである。
背後から、嫌な悪口が聞こえるような気がした。
この頃、悪いこと続きで、心苦しくなることが多いのだ。
恵令奈先輩……今日は学校に来ていたのかな……。
久人は制服のポケットから取り出したスマホを片手に操作する。
メールのアプリを起動し、メッセージを入力して送ったのだ。
そんな中、久人は帰宅する前に、三階に行こうとする。が、そんな勇気は出せなかった。
また、あの副生徒会長と遭遇することを考えると嫌だったからである。
今はメールの返答を待つしかない。
そう思い、久人は校舎の昇降口へと向かい、周りにいる人と視線を合わせることなく、外履きに履き替え、軽く走って学校を後にしたのだった。
一人で歩いている通学路。
寂しい気分になる。
つい最近まで一人で行動してばかりだったが、
けど、今は、昔に戻ってしまったように、心が落ち込んでいく。
「……こんなんじゃよくないよな……何とかして、解決しないとな」
結婚するのが最終目的かもしれないけど、今のところ、恵令奈先輩の両親から正式に付き合うという承諾を貰わなければならないのだ。
学校内での問題くらい簡単に解決できなければ、結婚相手として認めてはもらえないだろう。
久人は苦しみの感情を抱きつつ、右拳を強く握った。
そんな中、制服のポケットから振動音が薄っすらと聞こえたのである。
それはスマホにメッセージが入った知らせだった。
久人はスマホ画面を見やる。
送り主は、恵令奈先輩だった。
メールの内容は比較的に簡単であり。
今から家に来てほしいということだった。
家に来てほしいということは今日、恵令奈先輩は学校に登校しなかったか、早退したかになるわけだ。
やはり、先輩もそれなりに心に苦しみを抱えているのだろう。
今の学校なんて、恵令奈先輩からしたら生活しづらいに決まっている。
何とか解決策を見つけるためにも、久人は走って先輩の家に向かって行くのだった。
現実は厳しいものである。
結婚という話になれば、猶更であり、久人はさらなる窮地に追いやられていたのだ。
「お前は、恵令奈と結婚したいと言っているようだな?」
「……はい」
久人は頭を下げながら返答した。
申し訳ない気分を感じつつ、その正面にいる相手と目線を合わせられずにいたのだ。
久人は今、恵令奈先輩の家の居間にいる。そこで、座布団の上に正座し、とある人物と対面しているのだ。
その人物とは、先輩の父親である。
威厳のある方らしく、視線を合わせられない状況。久人は縮こまっていた。
睨まれ、挑戦的な話し方をされているのだ。
何を言われるのか不安で怖くてしょうがなかった。
「それと、恵令奈から聞いたことだが、今、学校内で大変な事態になっているそうだな?」
「……はい」
自身の不甲斐なさを痛感し、顔を上げられなかった。
「お前は、恵令奈のために何かができたのか?」
「できていないと思います……ですが、できる限りのことは……」
久人が言いだそうとしたものの、恵令奈の父親からの反応が怖く、最後のセリフがあやふやな感じになってしまった。
「なに?」
「……何もできていないです……」
ごちゃごちゃと話すと言い訳しているような感じになるため、久人は余計なことは言わないことにした。
「……お前では、恵令奈と付き合わせることなんてできないな。それと、この前の話、覚えているよな?」
「……はい」
久人はしっかりと覚えている。
恵令奈先輩の母親から聞いたこと。
どんなことがあっても、先輩を守れるかどうかということだ。
今の自分を振り返っても、それができているようには思えなかった。
非力な自分を呪いたくなったのだ。
これでは絶望的。
恵令奈先輩と結婚するどころか、付き合うということも不可能に近いだろう。
久人はもう終わったと思った。
けど、ここまで諦めたら、そこまでである。
「……でも、俺は、恵令奈先輩と……」
久人はようやく顔を上げ、恵令奈先輩の父親の顔を見るのだ。
久人は面と向かって話すことに抵抗があり、次第に声が小さくなっていく。
「……」
父親の方は無言になり、腕組をしつつ、瞼を閉じ考え込んでいるようだった。
一体、どんなことを言われてしまうのだろうか?
久人は虚無の時間に恐れをなしていたのだ。
刹那、父親の瞳がハッキリと開かれ、久人は体をビクつかせてしまう。
何を言われるのか、動揺している証拠であった。
久人は体を小刻みに震わせてしまう。
「……お前、恵令奈の何が好きなんだ?」
「……好きなところですか?」
「そうだ」
何かの試練と思わせるほどの問い。
久人は動揺しつつも、今抱いている想いを率直に伝えようとした。
「俺は……先輩の……なんといいますか、一緒にいることが好きなんです。一緒にいて楽しいとか、そんな気分に」
久人の活舌は悪く、父親と面と向かって話すことに恐れており、よくわからない話し方になっていた。
「……」
再び訪れる虚無の時間。
それが久人の内面を抉るのである。
結果がハッキリとするまでの間が、人生の中で一番怖いかもしれない。
刹那、扉が開かれる音が聞こえたのだ。
ゆっくりと開かれ、そこから姿を現したのは、今まさに話題の中心になっている恵令奈先輩だった。
居間に入ってくると扉を閉めつつ、先輩はその場に正座するのだ。
「どうした、恵令奈?」
「お父さん……これは私も悪いんです。お父さんのいう通りに、私、生徒会長になって。その……生徒会長なのに、何もできていない私も悪いんですから。久人だけを責めないでください」
恵令奈先輩は淡々とした口調で言う。
その声には涙が混じっているようだった。
先輩は、自分も問題のきっかけとなっていると思っているからこそ、久人を助けようとしているのだ。
「……恵令奈。少し考え直した方がいい。この家の後を継ぐものとしてな」
「ですが……」
先輩はこの程度では収まらなかった。
「私は、もう決めたことなんです。将来のことくらいは……付き合う相手くらいは、私に決めさせてください」
「……」
恵令奈先輩の意思のあるハッキリと口調。父親は多少なりとも動揺を見せてはいるが、態勢をすぐに立て直す。
そして――
「恵令奈……それと、久人と言ったか? 二人は一旦、外に行って考え直してこい。家の庭でもいい。そこらへんで、頭を冷やしてきた方がよさそうだな。それからもう一度聞くことにする」
と、父親はその場で立ち上がり、それ以上多くのことを口にすることなく、居間から立ち去って行ったのだ。
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