第23話 俺の心の霧は…それに、こんなんじゃ、結婚できないよな…
結婚というのは、色々とハードルが高い。
人によっては付き合うだけでも難しく、告白するのもそれなりに勇気がいるものである。
それに加え、結婚するにしても、他人の目というのもあるのだ。
道のりが長いからこそ、結婚することに、何かしらの価値があるのかもしれない。
その岐路となる問題は解決できるはずだった。
そう確信していたからこそ、より一層、久人の胸の内を苦しめるのである。
どうして、こんな仕打ちを受けなければならないのか。
学校に登校し、ついさっき、一時限目の授業を終えたばかり。
その僅かな休みの時間に、久人は孤独に考え込んでいたのだ。
久人は誰もいない一階の廊下に佇み、その視界に映る、窓の外の風景をただ、何となく、見ることしかできていなかった。
「……」
久人はため息を吐きつつ、人生の絶望感を、これでもかというほどに受けている。
今日の朝。妹の弥生と一緒に、ようやく問題が解決できると思って、楽し気に会話していた。
あの時の楽しさはどこにいってしまったのだろうか?
「……恵令奈先輩は、大丈夫かな……やっぱり、苦しいよな。俺が、こんなばかり、苦しめることになるなんて……俺は、先輩と結婚できる存在なのか……?」
久人は改めて思う。
自身の価値についてである。
こんな平凡で普通の暮らしをしてきた人が、
「こんな俺に……先輩は……」
揺らぎ始めている。
努力しても何の成果も出せない自分の存在に嫌気を感じてしまうほどだ。
努力しても成果を出せなかったら、やっていないことと同じかもしれない。
一人で考えれば考えるほどに心が陰鬱になってくる。
「はああ……」
久人は窓を開け、外に向かって大きなため息を吐いてしまう。
また、心に霧がかかったように暗くなってしまった。
今わかる、結婚に至るまでの険しい道。
久人は改めて、身に染みるように実感している最中だった。
次第に、外の風が開けた扉越しに入ってくるのである。
季節は夏。しかし、冷たく感じてしまう。
心にある迷いがそう感じさせているのかもしれない。
「……どうしたらいいんだろな……」
学校のネット上にある掲示板――
今日の朝。そこには、なぜか、久人が、汐里と東海先輩と付き合っている写真が公開されていたのだ。しかも、丁度良く、距離感が近い時のワンシーンを撮られていたのである。
その写真は、誰かが遠距離から撮影したものだろう。
誰にもバレないように、隠れてこっそりとやり取りをしていたのに、うんざりである。
けど、決して疚しい関係ではない。
ただ、恵令奈先輩を窮地に追い込んだ、あの副生徒会長と、掲示板の裏情報を知るための作戦会議のようなやり取りだった。
なのに、勝手な憶測で、その掲示板に書き記されているのだ。
今回は、裏の方の掲示板ではなく、通常の掲示板に、堂々と掲載されているものだから。立ちが悪いと思う。
どうして……こんなに妨害されないといけないんだよ……。
久人は絶望しか感じられなかった。
恵令奈先輩とただ、付き合いたいだけ。
最終的には、結婚することが目的なわけだが……。
やはり、そう言った考えがよくなかったのだろうか?
恵令奈先輩には、競争相手が多い。そういった都合上、付き合うだけでもハードルが高いのは明白だ。
先輩のことが好きな理由……それは爆乳だから。いや、たぶん、違うと思う。
一緒にいて楽しいとか。安心を感じるからこそ、一緒に居たくなるのだと、改めて感じたのだ。
久人はそんな恵令奈先輩と、この頃出会えていない。メールをしても返信がなく、相当悩んでいるのだろう。
だからこそ、接点を持ちたいと思い、生徒会室には行くようにはしているものの、間が悪く出会えていないのだ。
恵令奈先輩は大変な時期に追いやられている。
将来の結婚相手として、久人は何かしらの形で助けてあげたいと思っていた。
「いつまでも、こんなところで、足踏みしてちゃ駄目だよな……恵令奈先輩がいなかったとしても、もう一回……もう一回だけでも、生徒会室に行こう」
久人は決心を固め、窓を閉める。そして、階段のあるところまで移動し始めた。
「……」
久人はモヤモヤした感情を一心に受けながら歩いていた。
廊下を移動しているだけでも、辺りにいる人から変な目で見られたり、酷いことも言われたりもしたのだ。
でも、ここは気合で乗り越えるしかないだろう。
そう思い、階段前にたどり着くなり、生徒会室のある三階まで上ろうとした。
これはいわば、試練というものである。
乗り越えられるかどうかが、生徒会長と結婚できるかどうかの分岐点にはなるだろう。
久人は拳を握り、険しい表情になりつつ、階段を上り始めたのである。
犯人は生徒会室にいるのだ。
だから、そいつに言ってやろうと思う。
裏掲示板の管理者である、副生徒会長に――
絶対に、許さない。
久人の心の炎はさらに燃えるようだ。
そもそも、副生徒会長は、なぜ嫌がらせをするのだろうか?
意味が分からない。
その心境が不明なのである。
そして――
やっとの思いで階段を上り切り、数メートルほど廊下を歩き、生徒会室前に佇むのである。
久人は真剣な瞳で、その扉を睨む。
あとは扉をノックするだけ。
けど、久人の右手は僅かにだが震えていた。
怖いという、恐れに感じた思いが、久人の心に僅かに残っているのだ。
……な、なんで、ここまで来て……。
けど、逃げたくない……。
逃げるのだけはしたくなかった。
あの憎たらしい副生徒会長に負けてしまうような気がしたからだ。
久人はただ、根気よく佇み続ける。
「……」
だがしかし、ノックにまでは至らなかったのだ。
久人は後ずさってしまう。
重い息を吐いてしまった。
無理なのか……。
絶望に打ちひしがれていると――
刹那、背中に感じるものが当たったのだ。
あれ……柔らかい……?
「ねえ、ひさと。こんなところに居たんだね」
その声――
「東海先輩?」
「いつまでそこに突っ立ってんのよ。そんなに勇気を出せないんじゃ。意味ないでしょ」
「……そ、そうですけど」
久人は背中に当たる、
苦しいのか嬉しいのか、複雑な気分に陥る。
「久人は、今まで頑張ってきたじゃない」
「え?」
「剣道だってさ。二年生になってから入部してもさ、それなりに努力してたでしょ?」
「けど……一回やめましたけど……」
「やめなければよかったのに」
「……」
東海先輩と会話しているだけなのに、心が優しくなってくるようだ。次第に、心に余裕が生まれてくるようだった。
「久人にはそれなりに素質があったのに」
「そんなことは……」
「でも、結果が出なくても、何かに真剣に向き合ってる人は好きだけどね」
「……」
久人はドキッとした。
背後からの東海先輩の優しい口調。
部活中は厳しい話し方が多かったものの、先輩のお陰で改めて決心が固まってくるようだった。
「それで、どうする? 入る? 私も一緒に同行する?」
「いいです……俺一人で入ります。これは……俺に責任があるので」
「そう? でも、本当に苦しくなったら、我慢しなくてもいいからね」
「はい……」
久人はようやく心の霧が晴れたような気がしたのである。
東海先輩から背を押されたのち、久人は一人で生徒会室の扉をノックするのだった。
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