第22話 やっと、解決した…かもしれない…

「お兄ちゃん、どうしたんです? なんか、嬉しそうな顔をしてますけど?」

「まあ、な」


 翌日の朝。

 その一声は、妹のセリフから始まった。


 阿久津久人あくつ/ひさとの心は多少なりとも、高揚していたのだ。起きたばかりなのに、テンションが高い。久人は自分でも驚くほどに体が軽く感じたのである。


 多分、昨日まで抱え込んでいた悩みが、一晩の睡眠で解消されたからだろう。

 それもそのはず、昨日、生徒会室に侵入し、学校の掲示板のパスワードを入手したのである。


 そして、昨日の夜中まで一人で裏掲示板を隅々まで確認して、やっとの想いで、その結論にたどり着いたのだ。

 これで今日からは堂々と登校できる。そう思い、久人は箸を使い、朝のごはんを掴み、それを口にしたのであった。


「エッチっぽい……」

「なんでだよ」


 久人は一瞬、箸を止めてしまい、テーブルの反対側に座る妹に対し、純粋にツッコんでしまった。

 二人は今、自宅のリビングにて、共にリラックスした時間を過ごしていたのだ。

 普段よりも余裕をもって行動できている感じである。


「だって、今、学校で大変な時期でしょ?」

「まあ、それはな」

「とうとう、おかしくなったとか、そういうことですか?」

「違うから」

「では?」

「簡単に言えばな。ようやく、今抱えている問題を解決できる手段を手に入れられたんだよ。そういうことだ」


 妹の弥生に堂々と言ってのけた。


「へええ、凄いですね。一人でですか?」

「いや、一人じゃないけど。汐里とか、東海先輩も一緒だったけどな」

「……そうなんです、ね……」


 ツインテールの風の髪型が特徴的な阿久津弥生あくつ/やよいは、少々不満げな顔を浮かべつつ、箸で鮭をつつきながら、それを口へと運んでいたのだ。


「ん? どうした?」

「いいえ、なんでもないですから……。そういう調査をするなら、私に相談してもよかったのでは? と思いまして……」


 弥生の声のトーンが一段階下がったような感じである。


「しょうがないだろ。この頃、忙しそうにしてたし。迷惑かと思ってさ。だから余計に協力を要請しなかったんだ」

「……直接言ってくれればいいのに……」


 弥生はボソッと口にした。


「それに、この前さ、朝の学校で東海先輩とたまたま遭遇して、一緒に協力しようって流れになったんだよ」

「そうですか……汐里先輩とは?」

「汐里にはさ。勝手に尾行されて、東海先輩とのやり取りを聞かれていてさ。話の流れで協力してもらうことになったんだよ」

「だったら、私もその流れで、協力したかったんですけど」

「でも、余計に人が増えても色々と困るし。少人数の方が実行しやすかったというか。まあ、そういうことだよ」


 久人はたどたどしく、言い訳のような言葉を口にした。

 今思えば、最初っから妹は協力的だったのだ。

 もう少し、妹にも頼るべきだったかもしれないと。久人は、正面の席に座っている弥生のつまらなそうな顔を見て、そう感じた。


「そうだ。じゃあ、また、何かあったら頼むかもしれないしさ。その時な」

「……今度は言ってくださいね……私、ずっと、お兄ちゃんの近くにいるし、色々と知ってるんだから。絶対に頼りになると思うから――」


 弥生は食事をしながら、しゃべるものだから、少々何を言っているのか、最後の方を聞き取れなかった。






 朝の朝食中。

 勝手な言動をしたことで、妹からの指摘もあったものの。久人は今、大きな問題を達成した感覚になっていた。


 まだ正式には解決したわけではないが明確な答えに近づいたのである。

 生徒会長の関係性を、学校中に公にしたのは副生徒会長だ。

 それは確定だった。


 昨日、裏掲示板を見て、その制作者が副生徒会長だと判明したからだ。

 あとは、何とかして、そいつを窮地に追いやっていくしかないだろう。


 神崎恵令奈かんざき/えれな先輩も、これから余計なことで悩む必要性なんてなくなる。

 これで、恵令奈先輩の両親との約束を達成できたことになるのだ。


 恵令奈先輩との婚約。

 それが一番の目的である。

 先輩の両親はまだ結婚してもいいという発言はしていないが、今回の一件で婚約のところまでは到達できるだろう。


 婚約したとして、どうなるかだけど……。

 久人は一人脳内で、先輩との関わりを妄想し始めていた。


 恵令奈先輩は爆乳なのである。

 どれくらいの大きさなのか、正確なカップ数は不明瞭なものの、もっと距離が縮めれば、それも時期に判明するだろう。


 久人はニヤニヤしていた。

 一緒に食事をしている妹にも、バレてしまうほどに。






 弥生からはジト目で見られている。


「お兄ちゃん? 今、鼻の下を伸ばしていましたよね?」

「い、いや……」

「嘘ですね。私、分かります」

「そんな、バカな……」


 久人はおどけた感じに言う。ここにゆとりができ、気さくな感じにやり取りを行っていたのだ。


「というか、生徒会長とは、婚約するってことですよね?」

「ん、まあ、そういう流れに、今後なっていくかもね」

「……そうなんだ」

「もしかして、それを気にしてるのか?」

「い、いいえ、別に……そんなことはないですから。お兄ちゃんがやっと、報われてくれれば、妹の私としても嬉しいですし」


 妹は一旦、箸を止め、久人の方をまじまじと見つめてくる。


「お兄ちゃんは、他の先輩はどうするんですか?」

「汐里と、東海先輩のことか?」

「はい……」

「それは……断るよ。そのつもりだし」


 最近、怒涛の展開が多く、ちょっとばかし忘れかけていたが、今、汐里と東海先輩から言い寄られているのだ。


 今、ハーレム状態の中、二人の女の子を対処するために、彼女らの部活に所属し、対策を練っている最中である。


 今週中になってから、掲示板とかの問題に頭を抱えていたが、今日からは、それも視野に生活を送っていくことになるだろう。


「まあ、それはそうと、頑張ってね。お兄ちゃんッ、でも、本当に困ったら、私に相談してね。しっかりと慰めてあげますから」

「俺は別に、子供じゃないし……って、俺の方が年齢的にも上だしな」

「でも、お兄ちゃんのこと心配なので面倒見てあげるから」

「――ッ⁉」


 席から立ち上がった妹の笑みを見、椅子に座っている久人は正直ドキッとした。

 弥生の自然な感じの表情に、心内がモヤモヤとし、複雑な心境に陥っていたのだ。

 弥生は、実の妹である。

 なんで、こんな気持ちに……。


 久人は現実逃避するかのように瞼を閉じてしまった。


 次、瞼を開けた時には、妹の姿は、そこにはなかったのだ。

 弥生は使用済みの食器を手に、キッチンの方へと向かっていたのである。

 食器を洗っている音が、遠くの方から聞こえてくるのだ。


 久人も早く食事をとって、問題点を解決するために学校に向かおうと思った。


 けど――、現実は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る