第18話 ひさと、私が手伝ってあげよっか?

 世界でもっとも憎いと思える奴について、今、考えていた。


 結果として、あいつしか思いつかない。

 この学校に在籍している同学年の副生徒会長のことである。


 あいつだけはどうしても許せなかったのだ。

 憎しみの感情が、一日経った今でも体の内面から湧き上がってくるようだった。


 が、しかし、副生徒会長が、事の主犯格だとは断定できたわけではないのだ。

 ハッキリとしない現状に苛立ち、余計に心苦しくなってくる。


 心に宿っている復讐心は、どこへ向けるべきなのだろうか?


 阿久津久人あくつ/ひさとは、それだけを考え込む羽目になっていた。

 頭が痛い……。


「……」


 どう考えても副生徒会長が一番怪しい。

 それは確信に近いと思う。


 けど、副生徒会長がやったという確たる証拠がないのである。どうやって、事実にたどり着ければいいのだろうか……。

 今週中……いや、夏休みに入るまでの間、ずっと悩みこむことになるだろう。


 火曜日。

 朝早くから学校に登校していた久人は、校舎一階の廊下を歩き、モヤモヤと、それらについて一人で思考していたのだ。


 昨日は、アンチが湧いて出てきたり、生徒会長の神崎恵令奈かんざきえれな先輩の悪口ばかりが飛び交っていた。

 そんなことを耳にしたくなかった久人は放課後まで耳を塞ぐように生活し、一人で証拠を探っていたのである。

 だから、幼馴染の汐里しおりが所属している部活にはいかなかったのだ。


 校内全体で、よからぬ噂が充満しているのである。こんなタイミングで、部活に顔を出しても、汐里にも悪いと思ったからだ。


 そういった経緯もあり、汐里からも距離を取ったのである。一応、彼女には部活に行けない理由を伝えているので、余計にツッコんだ説明をする必要なんてなかった。


 それよりも、どうやって犯人を探るかだが……。

 昨日の内には、なんの情報も得られず、なんの成果もあげることなく終わってしまったのだ。


 今日は何とかしなければ……。

 そうこう考えつつ、久人は殆どの人がいない校舎内を全体的に回って歩いていた。


「多分、犯人の手がかりのようなものがあるといいんだけど……」


 噂を広げた奴の情報が、校舎内に落ちているものなのだろうか?

 多分……落ちていないような気がする。

 そもそも、情報が落ちているとは……?

 久人は自分で思考していて、自身に内心、ツッコんでしまった。


 なんか、変なことをしているような気がしてきたのだ。

 もしかしたら、噂が広がるに至った現場は、校舎の廊下や部屋にはないのかもしれない。

 急に、今までやってきたことに虚しさを感じたのである。


「はああ……情報なんて、校舎内に落ちてるわけないよな……」


 久人は学校全体を探ったのち、虚無を感じ、一人で大きなため息を吐いたのであった。






 刹那、誰かの気配を感じたのだ。


「あれ? ひさと? なんか、今日は早いね」


 少々息を切らしている感じの声質。

 聞き覚えのある話し方に、久人は、そちらへと視線を向けたのである。


「東海先輩?」

「おはよ」

「おはようございます」


 久人は頷くように、大段東海おおだん/あずみ先輩に挨拶を返したのだった。

 先輩はジャージ姿で、少々頬からは汗が滴っている感じだ。

 軽く息を吐き、深呼吸している姿からはエロさを覚えてしまった。

 な、何考えてんだ。

 これだと浮気じゃ……。


「どうしたの、今日は意外と早いね」

「東海先輩こそ。どうしてこの時間帯に?」

「さっきまでさ、学校の敷地内を一人でランニングをしてたんだよ」

「え? まだ、朝の七時過ぎくらいですよ」

「そうだよ。まあ、朝の六時くらいには居たかな」


 先輩は軽く笑みを見せている。

 彼女からしたら、普通なのかもしれないが、久人には理解できなかった。

 けど、同時に、本当に部活が好きなのだと感じたのだ。


「ひさとも走る?」

「いいですよ。そういう気分ではないですし……」

「ん? どうした? 顔色悪そうだね」

「ま、まあ、そうですね……」

「どうしたの?」


 東海あずみ先輩は親密になって、話を聞いてくれそうな勢いがあった。

 まだ、先輩には事の経緯を伝えていなかったのだ。

 彼女はあの噂を知っているのだろうか?

 恵令奈先輩とは同学年ではあり、多少なりは把握しているのかもしれない。


 久人は試しに、抱え込んでいる悩みを打ち明けてみることにした。

 けど、ここは廊下であり、他人の邪魔になるかもしれない。

 久人は辺りを見渡す。

 今いる一階廊下の近くには、中庭があった。


 中庭にはベンチが設置されているのだ。

 久人は、ゆっくりと冷静に話したかったこともあり、先輩を誘導し、そこへと向かうことにした。






「……噂ねぇ、それ、信じてるの?」


 二人で並んで、ベンチに腰を下ろしている。

 右側にいる東海先輩が確認するように、問いかけてくるのだ。


「信じてるというか、嘘だと思いますけど……、やっぱり、学校全体に広がってるので、悪い噂ばかりで苦しいというか」

「……恵令奈も苦しいと思うわ」

「はい。昨日、恵令奈先輩と直接会話して、そういう感じでしたし……」

「直接話したんだね」

「はい」

「……嘘だと思うならさ。今は耐えてさ、誰が変な噂を広げたのか探るしかないんじゃないの」

「そうですね。だから、今日、朝早く学校来たんです。でも……」

「そう。じゃあ、まだ、探すつもり? というか、手がかりは見つかった感じ?」

「いいえ……何も……」

「んん、じゃあさ、私も協力してもいい?」

「え?」

「私は部活の朝練とか、大分終わったしさ。情報を集めるなら、殆ど誰もいない朝の方がいいんでしょ?」

「はい、そうですね」


 久人は心が明るくなる。

 塞ぎこんでいた感情が解放されていくようであった。


「じゃ、決まりね」


 と、東海先輩はベンチから勢いよく立ち上がるのだ。


「そうと決まれば、捜査ね。それで、どこら辺を回って歩いていたの?」

「校舎全体です。殆どの場所を回ったはずなので……」

「んん……そっか。全部、確認済みってことね。それは色々とハードルが高そうね」


 東海先輩は腕組をして悩みこんでいる。

 困難な状態に追い込まれているのは事実。


 でも、先輩の表情的に、落ち込んでいるような感じではなかったのだ。

 むしろ、挑戦的だった。

 ベンチに座っている久人の右隣に佇んでいる彼女の顔つきがさらに変わる。


「だったら、生徒会室のある三階らへんに行かない?」

「そこはさっき、行きました」

「だけど、もう一回ね。行こ」

「でも、意味あるんですかね?」


 久人はそこに佇んでいる東海先輩を見上げるように視線を向けた。

 先輩の巨乳がハッキリと見えてしまい、疚しい感情を隠すように目線をサッと逸らす。


「んん……探るのは難しそうね。どうしたらいいモノやら……」


 どこから拡散されたのか、そこらへんでも判明していればよかったのだが……。


 犯人と接点のある証拠さえも見つかっていない今、真相に近づく手段は断ち切れている感じだった。


 犯人は……絶対に、あの副生徒会長だ。

 絶対に、証拠を見つけてやると、久人は心を、さらに燃やし始めていたのだった。

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