第17話 お兄ちゃんが困ってるなら、相談には乗ってあげるけど?

 阿久津久人あくつ/ひさとはどうしても学校に馴染めなくなっていた。

 先ほどからというもの、学校の空気感がガラリと変わってしまったからだ。


 なんで……。

 なぜ、バレたんだよ……。


 久人は昼休み時間、学校の裏庭にあるベンチに腰掛け、孤独に頭を抱えていた。

 バレる要素なんて全くなかったはずだ。


 この前の土曜日だって、知っている人と遭遇することもなかった。

 どこで、しくじってしまったのかもわからない。

 わからなすぎて怖いのである。


 久人は、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩と楽しく会話したいのだ。


 恋人のように、好きな時間を共有できればいいだけである。

 けど、人生というのはそうそう上手くいかないものだと、つくづく思う。


 二時限目の授業終わり頃から、それらの悩みが増幅しているような気がする。

 その一件から、三時限目の授業は敵意の視線を向けられることが多かった。

 特に、同性からの憎悪に満ち溢れた態度に怯えてしまったほどだ。


 女子からは、変態を見るような瞳を向けられていた。

 生徒会長は爆乳である。

 それが余計に、女子からの反感を買ったらしい。


 悩みに関しては、日々増えているのだが、今回ばかりは問題の解決に至るまで長引いてしまうだろう。


「……」

「ねえ、お兄ちゃんッ」

「⁉」


 久人はビクッとした。

 ゆっくりと背後を振り向くと、そこにはツインテール風の妹――阿久津弥生あくつ/やよいがいたのである。


 弥生は笑みを見せ、明るい態度で久人の左隣のベンチに腰を下ろす。

 妹は久人の方をまじまじと見やっている。


「悩み? もしや、今話題になっている噂のこと?」

「ん⁉ なんで、それを? 弥生の耳にも入っているのか?」

「まあ、それはね」


 弥生は落ち着いた口調になり、現状を把握したような顔つきで言う。


「生徒会長と付き合ってるってバレちゃったね。どうするの? さっき、廊下を歩いている時もそうだったけど、生徒会長の悪い噂が広がっていたよ」

「そう、みたいだな……というか、あの噂の半分は嘘なんだけどな」


 久人は悔し気な口調で、怒り交じりのセリフを吐く。


 噂のすべてが正しいというわけではない。

 だから余計に腹正しいのだ。けど、久人はただの一般生徒であり、何もできないことに苦しみを抱えていた。


「……やっぱり、悔しいよね」


 距離詰めてくる妹は、親密になって同情してくれる。


「ああ……」


 久人は強い恨みと立ち向かうように、拳を強く握ったのである。

 怒りを増幅させたとしても、問題が解決されるわけではないのに。


「でも、今回の件に関しては、私じゃ対処しきれないかもね」

「それはそうだよ。そんなこと知ってるから」

「……」


 弥生は、久人の横顔を見つめていた。


「ここまで生徒会長の悪い噂が流されるってことは、誰かが仕組んだことかも」


 ツインテールの妹は腕組をし、真面目そうな瞳を見せていたのだ。


「仕組んだ?」

「うん。生徒会長のことをよく思っていない人のね。それと、噂を広めるくらいなんだもん。それなりの影響力のある人じゃない?」

「……そうだな……確かに」


 では、恵令奈先輩を潰したいと考えている奴の仕業ということになるのか……。

 仕業……仕組まれたもの……噂を広げる……?

 あれ?


 久人はハッと気づいたように顔を上げ、妹の方を向いた。


「どうしたのかな? 何かに気づいたの?」

「多分……これは憶測でしかないんだけどさ」

「うん」

「生徒会役員のさ、副生徒会長が怪しい気がするんだ」

「副生徒会長? あの人、かな……?」


 妹は、その人物像を思い出しているような顔つきになっていた。


「多分、弥生からしたら、そこまで関わりのない人だと思うけど」

「そうだね。でも、何となく思い出したよ。あの人、ね」


 弥生は感づいたようで頷くように言った。


「それで、その人が怪しいということですよね、お兄ちゃん?」

「そうだな」

「何か、証拠はあるんですか?」

「……ない」

「ないのに疑ってるの?」

「疑うっていうか。確かに憶測なんだけどさ、なんか、腹が立つ話し方なんだよな。それに、恵令奈先輩にだけ当たりが強いというか」


 副生徒会長の偉そうな態度が、あからさまに際立っているのだ。

 そいつの顔を思い出すだけで、余計に怒りが混み上がってくるようだった。


 恵令奈先輩を見下した言い方。

 久人ひさとは、それが許せなかったのだ。


 まだ、正式な婚約者ではないが、好きな人が、あそこまで辛そうにしているのは見過ごせなかった。


 ふと思う。

 恵令奈えれな先輩の母親との約束を――


「……だよな、やっぱり、これは試練なんだよな」


 久人は少々動揺していたが、必死に、その怯えを堪えていた。


 結婚する前も後も、人間関係のトラブルは付き物である。

 絶対に乗り越えなければいけない課題なのは確かだ。

 久人は強くそう思った。






 久人が抱え込んでいる問題は、汐里しおり東海あずみ先輩のハーレム問題だけではない。

 それよりも大きな問題を抱え込み始めたのである。


 ただ、汐里と東海先輩からの誘惑をどういう風に対処していくのかも考えなければいけない。

 それもそれで、頭を抱えてしまう悩みではあった。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 隣にいる、ツインテール風の妹は、明るい笑みを見せる。


「私、どんな時になっても、お兄ちゃんの味方だからね」

「……まあ、そういうことにしておくよ」

「もうー、何。私、本心で言ったのにー」


 と、少々怒りっぽい口調ではあったが、その後、弥生やよいはふざけた感じに笑ってくれたのだ。

 そんな妹の笑顔だけでも、今の心が洗礼されるようだった。


「でも、悩みがまた増えたら、なんでも言っていいから。私が相談に乗るし」


 自信ありげに胸を張ると、弥生はベンチから勢いよく立ち上がった。


「じゃ、頑張ってね」

「……他人事のように言うなって」


 久人はため息を吐くように、そう返答した。


「でも……お兄ちゃんなら、何とか対処できそうな気はするけどね」

「え?」

「だって、生徒会長のことが好きなんでしょ?」

「まあ、そうだな」

「多分、お兄ちゃんのことだし、おっぱい目当てなんでしょうけどね」

「ん……そ、それは、今言わなくてもいいだろ」

 

 久人は妹に言われ、言葉を詰まらせてしまう。


 恵令奈先輩の爆乳が好きなのは確かではあり、反論できなかった。

 素直に頷き、現状を受け入れるしかないようだ。


「この件って、二人の先輩には言った?」

「汐里と東海先輩に?」

「そうそう」

「言っていない……」

「相談してみたら? 意外と協力してくれるかもよ」

「あの二人が?」

「物は試しだし」

「……」


 直接、二人に聞いたわけではなく、もしかしたら、好意的に協力してくれるかもしれない。けど、そんな未来を予想できなかったのだ。


「まあ……一応あとで、二人には話しておくよ……」

「うん、その方がいいよね」


 弥生は笑みを見せ、”午後の授業も頑張ってね、お兄ちゃん”と言って、裏庭から立ち去って行ったのだ。

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