第16話 絶望を告げる音の始まり…⁉

「……なんかなぁ……」


 先週のことを振り返りつつ、二時限目終了後の今、一人で廊下を歩いていたのである。


 今日は月曜日であり、これから新しく一週間が始まるのだ。

 少々、面倒くささを感じ、ため息を吐いていたりもする。


 この前の土曜日、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩の家に遊びに行ったのだ。

 遊びというよりも、今後のことを考えれば相当重要なことで、今思い返しても、その時の緊張感が内面から湧き上がってくるようだった。


 唯一の救いだったのが、先輩の父親がいなかったこと。

 父親と遭遇していたら、何を言われたことやら……。

 久人はまたため息を吐く。


 恵令奈先輩の家に行けたことに関しては非常に嬉しかった。

 けど、先輩が作ってくれたカレーがそこまで美味しいとは言えなかったのだ。


 表面上は美味しいと口にして、喜ばせてあげたものの、色々な意味で後味が悪かった。


「……恵令奈先輩が、あそこまで料理が下手だったとは……」


 予想外であった。


 爆乳で美少女であれば、料理もそれなりに美味しいと思い込んでいたからだ。

 現実は非常に苦しいものである。

 でも、だからといって、先輩と別れるなんて考えられない。


 恵令奈先輩の母親と約束を交わしたのだ。

 どんな状況になっても助けると。

 いかなる時であっても、味方になると承諾したのである。


 今更、その決意交じりのセリフを帳消しにすることはしたくない。

 阿久津久人あくつ/ひさとは、高校を卒業したら先輩と結婚すると誓ったのだ。

 だから、こんなところで諦めることはしなかった。


 気になることがあるとすれば、恵令奈先輩の身に危機が訪れることなんてあるのかということ。それくらいだ。

 久人が先輩と付き合っていることは、すでに生徒会役員の人らが後始末している。その件に関しては、大事にはならないだろう。


 あるとしたら、久人がこの前、汐里しおり東海あずみ先輩。そして、妹の弥生やよいと、学校に登校した時、他の人から睨まれたことがある程度。

 敵が湧いて出てくるというなら、久人に、その恨み交じりの敵意が向けられることになるだろう。


 多少の不安を感じながら、久人が廊下を歩いていると。何か怪しい噂が、今、耳に入ってくるようになったのだ。






「そういえば、あの生徒会長さ。やっぱり、あの人と関わってみたいよ」

「本当に? この前、あの全校集会の時は嘘だって、生徒会役員らが言っていなかった?」

「そうだね」

「ということは、あれは嘘だったってこと?」

「そうかもねぇ」

「そうなんだ、それで、生徒会長が好きな人って、あの人ってこと?」

「多分ね……でも、大声で言うとバレるって」


 廊下を歩いている久人ひさとはドキッとした。

 息苦しくなったのだ。


 辺りにいる女子らが、こそこそと噂話を繰り広げている。

 嫌な感じであった。


 でも、それは単なる噂であり、本当かなんてわからないのだ。

 ただ、今の噂が広がっているということは、誰かが、その噂を広げているということになる。一体、誰がそんなことを?


 廊下で一瞬立ち止まってしまった久人はモヤモヤと思考し始める。 

 そして、廊下の端でこそこそと話していた女子らを横目で見やった。


 彼女らは不自然な感じに視線をそらし、“ヤバ、変な奴と目が合っちゃった”とか、そんな嫌なセリフを吐いて、笑っていたのだ。

 そのまま彼女らがどこかへと立ち去って行ったのである。


「……」


 今の件に関しては、直接、恵令奈えれな先輩に確認しないことには、ハッキリとしない。

 久人は生徒会室へと向かうため、校舎の階段を上っていくのだった。






 生徒会室は校舎の三階に位置している。

 その隣の部屋のドアを、久人はノックするのだ。


「すいません……」


 廊下側から声をかけるが、中からの反応はなかった。


 ドアノブを回せる状態であり、鍵はかかっていないらしい。

 先輩の今の状況が気になってしまい、不安でしょうがなかったのだ。

 久人は勢い任せで扉を開けたのだった。


「恵令奈先輩?」


 緊迫した面持ちで、久人は心臓の鼓動を高めながらも足を踏み込んだ。


「……」


 先輩はソファに座っている。

 けど、その表情はいつにもなく暗かった。


 少々俯きがち。

 やはり、ヤバい状態なのかもしれないと思い、咄嗟に彼女の元へと駆け寄ったのだ。


「恵令奈先輩? 大丈夫ですか?」

「……久人? うん、大丈夫……よ」

「顔色が悪そうですけど。それと、先ほど校内で変な噂が広がっていたんですけど。一体、どうなってるんですか?」


 久人は真実を知りたかった。好きな相手が困っているなら、どんな形でもいいから、助けになってあげたいと思っていたのだ。


「それはね……」


 恵令奈先輩が話し出そうと顔を上げた瞬間――


「それはだね。学校関係者の誰かが、その噂を広げたんだろうねぇ」


 生徒会室と繋がっている方の扉を開け、比較的明るい口調で言い、踏み込んでくる人物がいた。


 それは、副生徒会長の男子生徒。

 彼はこの前、久人に対し、愛想悪く対応した人であり。今はなぜか、テンションを上げつつ、調子の良いことを言っていたのだ。


 生徒会長が困っている時に、ふざけた態度をとる奴だと思い、久人はイラっとした。


「君らは罪を犯したんだ。僕らが全校集会のことを解決してあげたのに、君らが勝手に、どこかで出会ってイチャイチャいていたんだろうね。まあ、そういうところを、この学校の生徒に見られて、広げられたのかもねぇ」


 副生徒会長は、ニヤニヤした笑みを見せ、マウントを取っているのだ。


 今まさに、生徒会長よりもトップに立っているような高揚感に浸っているのだろう。

 それにしても、腹が立つ顔をしていると思った。


「僕らはこの前、君ら二人を助けたんだ。それをこうもあっさりと裏切ってくるとはね。もう、僕も助けられないよ。というか、生徒会長。貴女には、今月中をもってやめてもらいますよ」

「え?」


 副生徒会長からの発言に、俯きがちになっていた生徒会長が体をビクつかせていた。先輩は驚いた表情で、何事といった感じに副生徒会長を見やっていたのだ。


「まあ、そういうことですよ。わかりましたか? 学校の秩序を守らない者は、生徒の見本になりませんので」


 副生徒会長は、生徒会長が反論できないから言いたい放題だった。


 そろそろ、久人の怒りが限界に達し始めている。


「お前さ、そんなこと言うなよ。恵令奈先輩だって、今困ってんだよ。というか、同じ組織だったら助けないのかよ」


 久人は委員会組織のトップに君臨する生徒会役員の人に対して、強気な姿勢を見せてしまったのだ。


「君さ。立場をわかってる? その調子乗った発言さ」


 副生徒会長は久人を睨み返してくるのだ。

 久人と、その人物は同学年。けど、副生徒会長の方が、雰囲気的に大きく見えてしまった。トップ組織のオーラ的なものが混じっているからなのだろうか?


「というか、今ここで土下座するなら、許すけど」

「……それはできない」

「反抗的だねえ。まあ、いいや、後々、困るのは君らだと思うけどね」


 副生徒会長は、鼻で笑ったのち、背を見せ、そのまま部屋から立ち去って行ったのだ。

 今、絶望の合図の音が響くように、扉が閉まったのだった。

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