第12話 久人? 昔、私とした結婚の約束忘れたの?

 入部届が受理された日の翌日の木曜日、久人は部室にいた。


 本学校の校舎の隣に位置している、別校舎の二階部分。

 そこに家庭科室があり、久人はその教室の隣の部屋に、幼馴染の早坂汐里はやさか/しおりと一緒にいた。


「えっとさ、他の人はいないの?」


 阿久津久人あくつ/ひさとは室内を見渡すが、殆ど人がいない。

 放課後の今、普通なら部員がいてもいい頃合いなのだが、幼馴染と二人っきりなのである。


「今日は休みだよ?」

「え? 休み?」


 久人は素っ頓狂な声を出す。


「うん。だからね、他の人はいないの」

「そうなのか? じゃあ、なんで今日にしたんだ?」


 疑問に感じていることを口にして問う。


「それはね、いきなり部活に馴染めないでしょ?」

「まあ、そうかもな……多分」

「だから、馴染むために私が直接教えてあげるの」

「そこまで丁寧にしてもらわなくても」

「別にいいの。私が言ってんだから」


 汐里は、自身のバッグから取り出した資料みたいなのを見せてくる。


「何それ」

「料理について考えるシートよ」

「これに何か書くのか?」

「ええ。そうだよ。久人が好きなお菓子とかってある?」

「……? お菓子? この部活って料理関係だよな? 何かを作るとかじゃないのか?」

「んん、違うよ」

「違う?」

「この部活は料理研究会なの。知ってるでしょ?」

「うん、まあ、知ってるけどさ」


 それはわかっている。

 久人もそう思って、入部届にサインしたのだ。

 本格的に、料理とかを取り組んでいくわけではないらしい。

 では、何をする部活なのだろうか?


「この部活ではね、何かを食べて、その調査を行うって感じ」

「食べるだけ?」

「まあ、簡単に言うとそうだね」

「……そんな部活、よく生徒会から受理されたよね?」

「まあ、そうかな?」

「そうだって」


 久人は流れでツッコんでしまった。


「まあ、そういうことで、何か好きなお菓子とかってある? まずは書いてみて」

「わかったけどさ……そもそも、この部活の部長は誰なの? もしかして、汐里?」

「そうだよ。誰だと思ってたの?」

「三年生の誰か」

「違うから。だったら、私が入部届なんて、久人に渡さないでしょ」

「確かに」

「まあ、いいから、早く書いてよね」


 久人はテーブルに置かれた一枚の用紙と向き合う。


 その用紙には記入欄が三つほどあるのだ。

 好きなお菓子。

 そのお菓子を食べてどう思ったのか?

 そして、このお菓子を美味しくするためには、どんなアレンジが必要か。

 の、三種――


 よくわからない部活ではあるものの、これで汐里のことをもっと知れると思った。

 汐里しおりとは昔からの馴染みではあるが、少々どこか隠しているところがある気がする。


 長い間、関わりがある女の子。

 だがしかし、大事なところは見えない感じである。


「……」


 久人は左隣に座っている彼女をチラッと見やる。

 汐里は、バッグにあるモノを探っていた。


 何してんだろ……。

 久人は彼女の言動ばかり、チラチラと見てしまう。


 昔と比べて、色々と成長しているのはわかった。

 この前のおっぱいの感触を、思い出してしまったのだ。


「……」


 何考えてんだろ……。


 そもそも、この部活に属しているのは、汐里の弱みを見つけること。

 ただ、それだけである。


 余計なことは考えなくてもいい。

 けど……。


「ん? どうしたの、久人。書き終わった?」


 久人は彼女から覗き込まれるように見られてしまう。


「え? いや、まあ、すぐに書き終わるから」


 久人はサッと顔を背け、押し黙るような感じに、記入シートと再び向き合うのである。


「もう、なんで書いていなかったの?」

「それは色々だよ」

「どういうこと?」


 汐里はさらに距離を縮めてくる。

 彼女の存在を強く感じられる位置になった。


「ねえ、変なことを考えてたんでしょ?」

「違うから」

「ふーん……」


 汐里は適当な感じに言う。


「ねえ、あの生徒会長とはどんな感じなの?」

「どんな感じって……」


 ⁉

 刹那、久人は左腕に、汐里の胸を感じていた。

 彼女は、成長したおっぱいを押し付けてきているのだ。


「ねえ、久人は、結婚するとしたら、料理ができる方がいいに決まってるよね?」

「⁉ な、なんだよ、急に」

「昔、結婚の約束をしたでしょ?」

「そ、それは、昔の話だろ」

「……」

「な、なに?」


 汐里が急に静かになったのである。

 どうしたのか、気になるところ。

 久人ひさとは彼女の様子を伺う。


「ねえ、生徒会長と別れたら?」

「……それはできないというか」

「なんで?」

「そう決めたというか」

「……やっぱり、おっぱいなの?」

「でも、そうじゃないというか」

「なんか、ハッキリとしないね。別に私、素直に話しても怒らないし」

「……まあ、おっぱいかもな――ッ⁉」


 刹那、足元を強く踏みつけられた。


「な、なんだよ」

「それはストレートすぎ」


 汐里から強いお叱りを受けてしまった。

 足が痛い。


「変態……」


 追加で罵られてしまったのだ。


「しょうがないだろ。俺だって、男なんだし……そういうのが、結婚条件であってもしょうがないだろ」

「でも、素直すぎだし」


 不満げな口調。

 彼女の悲し気な声質。


「……なんか、ごめん」

「というか、別に悲観してないし」

「ん?」

「だから、さっきの嘘」


 と、彼女から笑みを見せられつつ、嫌味っぽい言い方をされた。


「まあ、そんなことより、早く書いて」

「何だよ……嘘かよ……。わかったよ……けど、昔から一緒にいたなら、俺が書かなくてもいいんじゃないのか?」

「そ、そうかもしれないけど……昔と今だと、味覚とかも少し違うかもしれないでしょ? 好みとかね。だから、久人の今の好きなお菓子のタイプが知りたいの」

「まあ、今だと、チョコかな?」

「チョコ?」


 汐里は首を傾げる。


「昔と変わってないよね? それ」

「俺は昔からチョコ好きだけど」

「そうなの?」

「そうだけど? どうした、そんな顔して」

「なんかさ、チョコとか飽きたとか言ってたじゃない。だから、今年、クッキーあげたのに」

「ああ、だから、バレンタインの時、チョコじゃなかったのか」

「そうよ」


 汐里は頬を膨らませていた。


「嘘ついたの?」

「違うよ。あの時は、そういう気分だったんだよ」

「ふーん、そう……だったら、チョコ作ればよかったかな……」

「ん? 何?」

「何でもないからッ、それより、チョコ買いに行くよ」

「え?」

「え、じゃなくて。コンビニとかでチョコ買って、一緒に食べて、チョコについて、そのシートに記入するってこと。早く立って」


 席から立ち上がった幼馴染に腕を引っ張られる。


 久人は驚いた感じに、彼女に流されるがまま、部室を後にすることになったのだ。

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