第11話 俺は、先輩と結婚する気でいる、だから…

 阿久津久人あくつ/ひさとは学校の校舎内にいた。

 先ほど、午前中の授業が終わったのである。


「そろそろ、書けたの?」


 幼馴染の早坂汐里はやさか/しおりの声。左側の方から聞こえる。


「早く書かないと、昼休み時間終わるよ?」


 それと、大段東海おおだん/あずみ先輩の急かせる声。右側から優しい問いかけであり、その中に凛々しさも相まって、久人の胸の鼓動が高まりつつあった。


「ちょっと待ってくれ……」


 久人は急かしてくる二人を抑制させるように言った。

 けど、その声は震えていたのだ。


 やはり、そこまで意識していなかった子だったとしても、両隣には、好意を示してくる女の子がいるのである。

 それなりに緊張してしまうのは事実。


 テーブルに置かれた二枚の入部届の用紙。

 そして、久人は椅子に座っていた。

 

 そこは家庭科室の隣にある空き教室。

 久人の両隣には、二人の女の子がいるのだ。


 双方からの胸の膨らみが、各々当たる。

 それなりに大きなおっぱいが、久人の両腕を誘惑してくるのだ。


 久人も男子であり、おっぱいの接触に、下半身がどうにかなってしまいそうだった。

 こ、これでは……恵令奈先輩に顔向けできなくなる……。


 先輩とは約束を交わした。

 どんな女の子に誘惑されても、靡かないようにすると――


 だから、久人は堪えるようにしたのだ。

 汐里しおり東海あずみ先輩からの戦略から逃れるように、冷静さを保ち続けるのだった。






「これでいいか?」


 久人は、二種類の入部届を書き終え、見せる。


「確認ね……えっと」

「私も――」


 汐里と東海先輩は記された用紙を手に取り、目を通していく。


 これでいいのだろうか?

 久人は両隣の椅子に座っている二人を、交互に見やった。

 記入漏れがなければいいのだが……。

 不安な面持ちで、二人からの返答を待っていたのだ。


「まあ、いいわ。全部書かれてるわね」

「これは、これでいいわ。部長である私がサインしておくから。これをもって、生徒会室に行きなさい」


 東海先輩から言われ、久人は頷いた。


 東海先輩は、入部届の用紙をテーブルに置き、ボールペンで簡単にサインをして、久人に渡してきたのである。


「ねえ、はい、これね」

「ありがとうございます……」


 久人は受け取った。


「私の方もね」


 汐里からも、サインされた状態の入部届を貰うこととなった。


「それで、二つの部活に所属するとして、どういう風な形で部活をやっていくんですかね?」


 久人は二人に問う。


「んん、まあ、交互にとか? まあ、ひさとがやりやすい形でいいよ」

「そうね。そういうところはあとでいいわ。明日とかの昼休みでも決める? というか、最初は私の部活に来る?」

「まあ、汐里が言う通り、汐里の部活からの方がいいかもね。最初っから剣道とかはさすがに厳しいと思うし。一旦、リラックスしながらでもいいから来なよ。それか、今日、見学しに来る? 部活風景とか見て、脳内シミュレーションで感覚を取り戻すのもいいだろうしさ」

「まあ、そこは久人に任せるわ。どうする? 久人は」


 汐里から問われ、久人は首を傾げる。

 確かに、すぐに剣道の稽古などは厳しい。であれば、汐里の方の部活に、最初行った方がいいのかもしれないと思った。


 東海先輩と汐里から言われ、久人は考えつつも、”まだ保留ということで”と一言告げる。そして、一旦、席から立ち上がった。


「では、一先ず生徒会室に行ってきます」


 これで、目的達成の準備は整ったというわけだ。


 久人は二つの入部届を手に、空き教室から立ち去ったのである。






「失礼します」


 と、久人は生徒会室の隣の部屋の扉を開けた。


 その室内。

 生徒会長の神崎恵令奈かんざき/えれな先輩は待っていましたと言わんばかりに、すでにソファに座っていたのである。


「では、久人。そこに座って」

「はい」


 いつも通りといった感じに、先輩と対面するようにソファに腰を下ろす。

 そして、二枚の入部届を渡したのだった。


「……」


 先輩はまじまじと入部届に目を通してくれていた。


「それで、久人は、料理研究会と剣道部に入るということでいいかな?」

「はい。そのつもりですね。剣道部に関しては、再入部という形になりますね」

「そう、よね。まあ、頑張ってね」


 恵令奈えれな先輩は一言、不安げな口調でありつつも、呟くように言ってくれた。


「そのつもりですから……恵令奈先輩のためにも」

「そうね。お願いね、久人」


 爆乳な先輩から上目遣いで言われ、ドキッとしてしまう久人。

 好きな先輩からの問いかけにどぎまぎが止まらなかった。


「この入部届は一旦、貰っておくから。正式に入部するのは、明日からね」

「はい」


 久人は今後の先輩とのことを考え、真剣に部活に取り組もうと思った。

 一先ず、汐里と東海先輩が、なぜ好意を抱いてきたのかを知る必要性がある。

 それがわからないと、対処できないだろう。


 久人は無言になり、真剣な表情を見せ、一人で思考し始めるのだった。


「久人?」

「な、何でしょうか?」

「えっとね、家に来る話なんだけど。土曜日でもいい?」

「土曜日?」

「うん……その時だと、両親もいるみたいだし」

「そうなんですね……」


 というか、やっぽり、両親と関わることになるんですよね……。

 久人は内心、ヒヤヒヤしてしまう。


 好きな先輩の両親と直接出会うことに、気まずさを感じ始めていた。

 やはり、自分が両親からどういう風に思われるのか、考えるだけで不思議な気分になるのだ。


 出会ってしまえば、何とかなると思われるのだが、そこに至るまでが途轍もなくハードルが高いような気がする。


「本当に両親と出会うんですか?」

「ええ」

「やっぱり、どうしてもですよね?」

「そうよ。私の両親に一応、伝えないといけないですし。じゃないと、両親も納得しないと思うの」

「そうですよね」


 恵令奈先輩は、高校卒業と共に付き合う相手が決まっているのである。

 でも、先輩自身が好きな人を両親に見せ、両親が納得してくれた場合、結婚相手を切り替えることも可能。


 先輩は、久人と付き合って、結婚したいと思っているのだ。

 先輩の想いを守るためにも絶対に乗り越えなければいけない山場であることは確かである。


「……では、土曜日ということで」

「ええ。お願いね」

「はい……」


 緊張する。

 先輩の両親と出会う日付けが決まったものの。心臓の鼓動が早くなっていく。

 この胸の鼓動はなかなか、すぐには収まることはないだろう。


 そんな複雑な想いを抱き、久人はソファから立ち上がり、その部屋を後にしたのであった。

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