第8話 あいつ、なんか、愛想が悪い気が…

 翌日のことである。阿久津久人あくつ/ひさとは、学校内にいた。


 丁度、今、昼休みになったばかり。

 午前中のチャイムと共に、授業担当の教師がいなくなり、クラスの人らは次第に、昼食モードになった。


 久人は辺りを見渡し、確認するのだ。

 多分、大丈夫なはず……。


 教室で昼食をとっている人らは、久人に対して、強い恨みの視線を向けていないのである。

 本当に生徒会役員の人らが、何とか、生徒会長の件を対処してくれたのだろう。

 凄い影響力だと思った。


 それよりも、今からあの場所に行かないと。

 久人は席から立ち上がった。


 教室で食事をしている者。

 食堂で昼食をとるために教室を後にする者がいる。

 そんな中、久人は教室の入口へと向かって移動するのだ。


 刹那、誰かが近づいてくるのが、感覚的にわかった。


「ねえ、変態?」

「――⁉」


 体をビクつかせる。


 教室内には人がいるのに、そういう変な発言はしないでほしい。

 そういう思いを抱いたまま、久人は声する方へと視線を向ける。

 

 そこにはショートヘアが特徴的な幼馴染――早坂汐里はやさか/しおりが佇んでいた。


「どこに行くの?」

「いや、それよりさ、変態って言わないでくれるか?」

「事実を言ったまででしょ?」

「事実って……」


 久人は教室内を見渡す。

 食事をとっている数人が、不思議な視線を、久人へと向けてくるのである。


 ヤバいと思い、久人は幼馴染を教室の外へと引っ張りだした。


「な、なに?」

「何って、あんな事、教室内で言われたら困るんだよ。というかさ、変態発言はするな」

「……別にいいけど」

「本当?」

「うん。だから、私と、キスして」

「は?」

「だから、昔約束したじゃない。大人になったら、キスするって」

「それ、昔の話だろ。いつまでそんな事……」

「してくれないの?」

「しない」

「へえ、あっそ、だったら、クラスメイトに言っちゃおうかな?」

「な、何を?」

「生徒会長と付き合ってること」

「いや、やめろ」


 汐里しおりは教室の方へと視線を向け、ネタバラシするかのように、声を出そうとしていた。


「ちょ、や、やめろって」


 廊下にいる久人は、背後から汐里の口元を両手で塞ぐ。


「んんッ、な、なにすんの?」

「だからそういうのは」


 久人は一旦、彼女の口元から手を離す。


「……じゃ、キスじゃなくてもいいから、明日までに、入部届を書いてよ」

「わかった」


 元々、入部すると決めていたのだ。

 久人は頷いた。


「へえ、意外と素直なんだね」

「まあ、な」

「じゃあ、私の事、好きになっちゃった?」

「ち、違うし……」


 そんなやり取りを行っている最中。辺りから、噂話が聞こえてくるのだ。


「もしかして、あの二人付き合ってるの?」

「というか、教室前の廊下で抱きついてるなんて」

「ヤバい奴じゃん……というか、あいつ、生徒会長から告白されてた奴じゃん」


 変なところを目撃されてしまったと思う。


 そもそも、ここは二階の廊下であり、昼休み時間中は、特に人通りが多いのである。

 そう思われてしまうのも無理ないと思った。


「そういうことだからさ。なんていうか。あとでな」

「え? あと?」

「ああ、今日の放課後さ、入部届を取りに行くから。それじゃ」

「え、ちょっと」


 久人は彼女に背を向け、廊下を走りだす。


 背後からは驚き声の幼馴染の呼びかけが聞こえる。

 が、久人は振り返ることはしなかった。






 はああ……。

 何なんだよ。


 久人ひさとは息を切らしていた。

 そんな中、校舎三階の生徒会室前に到達していたのである。


 久人は扉を開けた。

 室内に入る。

 すると、数人の生徒会役員から見られるのだ。


 久人は何となくお辞儀をするだけだった。


「……」


 辺りを見渡す。

 が、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩の姿はなかった。


「ねえ、君はなぜ、ここに来たんですか?」


 一人の男子生徒から問われた。

 生徒会役員専用のバッジを左の制服の胸元に付けていることから、生徒会関係者であることがわかる。


 それに、役員専用のバッジの隣には、二年であることが証明できる緑色のバッジがつけられていた。

 久人とは同学年である。


「えっと、恵令奈先輩は?」

「……あの人なら、隣の部屋にいるが?」

「そうなんですね」

「……」


 その男子生徒は少々高圧的な感じ。

 あまり積極的に話しかけてくることはなく。ただ、睨んでくるような視線を向けられているような気がしてならなかった。


「ここに用事がないのなら。早く隣の部屋に行けばいい」

「そ、そうですよね」


 久人は申し訳なさそうに頭を下げ、今いる生徒会室の扉から廊下に出たのである。

 一旦扉を閉めた。


 なんだったんだ、あいつは……。


 愛想がないというか、別に求めているわけではないが、もう少し親切にしてくれてもいいと思った。

 久人は生徒会室の左隣の部屋を開けたのである。


「阿久津久津?」


 久人が室内に入るなり、先輩の表情が少しだけ明るくなったような気がした。

 若干、顔色が変化したような感じであり、本当に変わっているのは定かではないが……。


「では、そこのソファに座ってくれない?」

「はい」


 久人は促されるがまま、恵令奈えれな先輩と向き合うように、ソファに腰を下ろす。


「んん……では、本題に入るからね」


 先輩は一度咳払いをする。


「昨日のメールの件なんだけど。入部するということなんだよね、あの二つの部に」

「あ、はい。一応は」

「そう。その入部届は持ってくれば受理するけど? 今は持ってる?」

「いいえ、まだ、入部届すら貰っていないので。えっと、放課後貰う予定ですね」

「わかったわ。それは今のところ、保留ね」

「はい」


 久人は頷くのである。


「それと、もう一つあってね」

「何でしょうか」

「……」


 恵令奈先輩は少々気まずくなったようで、声を押し黙らせてしまい、大人しくなる。

 久人は首を傾げた。


 先輩は頬を赤く染めており、口元を少々震わせていたのだ。


「えっと、だな……私のい……んん、なんでもない。今日は隣街までいかないか?」

「今日? 火曜日に?」

「まあ、そうだな。時間はある感じかな?」

「それは大丈夫ですけど」

「そうか。まあ、じゃあ、OKってことで、良いのかな?」

「はい。先輩が誘ってくれるなら」


 久人は内心、嬉しくもあり、勢いで頷くのだった。


「じゃあ、今日、学校が終わったら、地元の駅中で待ち合わせってことでいいかな?」

「地元駅、ですか?」

「そうだ。学校での待ち合わせになってしまうと、色々問題があるというか。他の役員にも迷惑をかけたわけだしな」

「そうですよね。わかりました」


 久人もそれで良しとする。


「まあ、そういうことだ。では、今日の放課後ね」

「はい」


 久人は承諾する。

 そして、廊下に出るのだった。


 久人はガッツポースしたのだ。

 今、三階廊下には誰もいなかったため、そのワンシーンを目撃されることはなかったのである。

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