第30話 あの日、影とここから始まった
【文披31題】DAY30 テーマ「張紙」
「うんまぁい」
「……コンビニのチキンで喜ぶ怪異かぁ」
「別にいいだろぉ」
もぐもぐしながら肩の上の影は少しだけ不満そうに膨らむ。
まあ、たしかに美味しいし。
俺も一口食べながらぼんやりと歩く。
買い食いなんてするつもりなかったのだが、適当に流していた動画に出てきたのを
最寄りのコンビニで買った後、猫ノ目書房へと向かっている。
こんな事するの高校以来か?
いや、祭りとかライブ後にあったかもしれないけど。
考え事をしていると、前から買い物帰りらしい家族連れが近づいていた。
少しだけ、すれ違う時に緊張しても、何も起きない。
横を誰が通り過ぎても、
それは夏祭りまでの約束、だけれど。
「このままここに居れば良いんじゃないか?」
「うん? オレをここに置いていくって話か?」
「違う」
「じゃあなんだ?」
「明日までとか言わず、ずっと俺と一緒にいればいいじゃないか」
「ッ……」
そして三つの黒い耳をピンと立てて、少しずつしおれるように降ろすと言った。
「本気で言ってるのか?」
「冗談で言うと思うか?」
「……言わないだろうな。でも駄目だ」
「なんで」
「約束だから」
「だったら」
「駄目ったら駄目」
新しい約束を交わせばいいじゃないか。
言おうとした言葉は、強い意思のこもった視線と、どことなく今までにない圧にかき消される。
「とにかく、それは、だめ」
「……そうか」
「ウン」
妙な沈黙が流れて少し気まずい。
でもなんだか明日は時間が無いような気がして、聞けるうちに聞くことにした。
「一つだけ、聞いてもいいか」
「なんだ?」
「俺と居て楽しかった?」
「それはたのしかった」
「そっか。ならよかった」
「なんだそれ」
「聞きたいのはそれだけだよ」
「ふぅん?」
「食べ終わったら猫ノ目書房に行くからな。お前食べてる最中はわかるけど食べ終わったタイミングが分かりづらいんだよな」
「ん、まだ食べてるぅ」
「そうかそうか」
肩に感じる柔らかな影を撫でながら、いつもの道へと戻っていく。
何もしなくても時間は流れていくし、誰が、何が居なくなろうと勝手に明日は来る。
どれだけ違う道を通っても、同じ家に帰るかのように。
昨日までと確かに同じだけれど、知らなかった事を知った後の、ほんの少しの違い。
それでもなんとなく、慣れた道を選んでしまうかのように。
このまま俺は一人の日常に戻っていくんだろうか。
そんな事を考えていると、
なんとなく、あの日は少しだけ遠回りをしていたから、今まで通らなかったのだ。
この辺で『夏祭り』の張り紙を見たんだよな、とふと壁を見る。
「……あれ?」
「ん? どうした、落としたか?」
「いや、チキンは無事、なんだけど」
「そうか。ウン? ならどうした」
何度か瞬きをして、かけていたメガネを外してかけ直して、
「痛っ! 急になんだよぉ!」
「あ、ごめん。自分の頬がつまみたかったんだ」
「自分の? 言っておくけど今は夢の中じゃないぞ?」
「そう、だよなぁ」
「……俺の見間違いだったみたいだ」
「うーん? 何かあれば今のうちに言うんだぞ。オレが居るのは明日までだから」
「分かってるよ」
あの日、夏祭りのポスターがあった場所には、『張り紙禁止』と書かれているだけだった。
肩の上で上機嫌にコンビニのチキンを咀嚼する影を撫でながら、不安と期待が入り交じる。
一ヶ月前、人生を投げ出す気満々だったのは本当なんだ。
だから今も、どうなってもかまわないと思っている。
この一ヶ月は疲れる事もあったけど、俺もたのしかったんだ。
――明日は一体、何があるのだろう。
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