第29話 断ち切るモノの在処

【文披31題】DAY29 テーマ「揃える」


「もうすぐだねぇ優史ゆうしくん。でも、もう少し時を早めたって構わないと私は思うんだけど、どうかな?」

「まだ一緒に居るからな!」


 穏やかな笑顔だが、どこか悪意を孕んだ声でテンチョウが笑う。

 ぐるぅりと俺を取り囲んで、そして頬に身体をむにっと押し当てながらようが不服申立てをする。


「あと数日なのでこのままでもいいじゃないですか」

「そぉだそぉだ、ぷん!」

「随分と親しくなったようだねぇ。油断しすぎじゃないか」

「テンチョウは嫌いすぎじゃないですか、珍しく。なにか事情でも?」

「そんな話すると思うのかい?」

「しないでしょうねぇ、テンチョウはそういう、煙みたいな存在だから」

「ん? 邪魔だって言いたいのかな?」

「違いますよ。確かに匂いもして見えてるのに、なんか触った気がしないっていうか、そういう感じ」

「なるほどねぇ。……君は本当に勘がいい」

「そういう大人は嫌いですか?」

「取って食ったりしないさ、私は別に変な研究をしていたわけでもない」


 意外と漫画も読んでるんだ。

 口には出さずに、どこか戦闘態勢に入ろうとしているようを撫でて宥める。

 大きくなろうとしていた影を膝の上に丸め込むと、テンチョウが変わった道具を持っている事に気づいた。


「……それって、ハサミ、ですか?」

「ああ、うん。そう。鋏。大きいと分からなくなるよね」

「あ、はい」


 普段使いするには大きすぎる全て鉄で出来た大きな鋏。銀色の光を放つそれは古書店の中にあるには不自然だった。


「それで切らないといけない本でもあるんですか?」

「まあ、時々そういう本もあるけど、今のところは」

「じゃあどうして……」

「揃えているのさ」

「……はい?」

「君は君なりに夏を楽しんでいただろう。私は私なりに準備をしているんだ」


 どこか、含みのある鋭い視線。

 ぞわりとするようなレンズ越しのその表情に、おそるおそる問いかける。


「もしかして、『夏の嵐』みたいな?」

「あれほど大きなものではないね」

「似てるんだ」

「さあ、どうだろうね?」


 穏やかに微笑むその顔が、何より胡散臭い。

「善意でやってても悪人に見えるぐらい胡散臭いですからね、テンチョウ!」

 とは店員さんが屈託の無い笑みで放った言葉である。

 何を考えているのか読めないのは怖いけれど、きっと悪いことじゃない。

 ただその道具がどうにも物騒な気がして、反射する刃に目が行く。


「キミは、『断ち切るモノ』をどう使う?」

「……そりゃあ、切るために使うでしょう」

「そう、鋏とはそういうものだ。覚えておくといい」

「言われなくても知って、ッ……」


 急に右目だけに痛みを感じて押さえる。

 ぐるぅりと身体を回して、ようが俺の顔を覗き込む。


「どうした?」

「いや、目に何か入った、かな」

「この店はどうしても埃っぽいからねぇ。おや、こんなところに大きなゴミが」

「オレはゴミじゃなぁい!!」

「捨てないから落ち着け、よう。お前はゴミじゃないよ」

「むぅううう〜!!」


 テンチョウに摘まれそうになって膨らみかけたようを撫でて抑えると、目の痛みは引いていった。


「まあ、それはあと少しでなんとかなるとして。道具は揃えておくことだ。大事な時に使えなくては意味がない」

「はぁ……」

「あいつわけわかんないことばっかりいうぞ、変なやつだ」

「聞こえているんだけど。ゴミはつまみ出してしまおうかな」

「ゴミじゃない!!」

「はいはい、分かってるって。お前は『よう』でごみじゃない。そこにいるとつまみ出されちゃうから膝の上に来いよ」

「むぅうう〜。行く」


 そこは素直なんだ。

 不機嫌むき出しで頬だけ膨らませながら転がった黒まんじゅうを、宥めるようにゆっくりと撫でる。柔らかくて気持ちがいい。


 テンチョウはその間に、鋏が開かないようにして、机の中にしまった。


「そうだ、この鋏はキミも使ってもいいからね」

「……俺には必要ないです」

「そうか」

「ええ」


 この人は一体、どこまで俺の事を知っているんだろう。

 痛みは無いが赤い右目を隠すように目を閉じた。


「いたいのか?」


 肩に上がってこようとするようを手のひらで転がすようにして膝に戻して笑う。


「もう痛くないよ。ただ、そうだな」

「うん?」

「……使いたくはないんだよな」

優史ゆうしもわかんないこといいだした、テンチョウがうつったか?」

「ははは、そんなのうつらねぇよばっちぃ」

優史ゆうしくん? 今のどういう意味かな?」

「え、菌扱いは良くないって言っただけだよな〜よう

「ウン! 優史ゆうしの言う通りだヨ!」

「キミ達、本当に仲が良くなったね?」


 ようのもちもちとした感触を楽しみながら、テンチョウを程々に躱しながら会話をして過ごした。

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