第28話 抜けた後を想う

【文披31題】DAY28 テーマ「しゅわしゅわ」


「瓶ごと飲んでいいのか?」

「瓶は返すから駄目だ」

「そうか」


 昨日琉聖に貰ったラムネの瓶を前にしながら、想定外のことを聞くようを受け流す。


「……そもそも瓶はまずいんじゃないのか?」

「中々の歯ごたえ」

「はごたえ……」


 それは別に瓶じゃなくてもいいんじゃないのか。

 そんなツッコミは飲み込んで手に取る。


「飲むのか?」

「その為に一晩冷やしてたからな」


 ふー、と少し緊張しながら左手で押さえて、右手で勢いよくビー玉を中に落とす。

 しゅわしゅわと溢れ出そうになるのを口にふくもうとすると、先を越された。


「……おい」

「ん?」

「ん、じゃないんだよ。俺の分だったのに」


 じゅるるるる、と溢れない所まで啜った後、ようはこっちを見た。


「もう一本あるだろ?」

「あるけど……」

「じゃあいいじゃないか」


 そう言うと再び瓶に吸い付いた。

 なんだ、こういうひっついて吸い上げる……ヒルか。

 言ったら怒りそうなのでそのままにして、冷蔵庫の中にあるもう一本を取り出す。

 机のど真ん中に陣取る黒いヒルのついたラムネ瓶を少しずらす。瓶しか掴んでないのに本当に全く離れる気配がない。

 自分の分を改めて置いて、椅子に座って落ち着いてもう一度ビー玉を落とす。

 急いで口につけてみたものの、上手く行かずに手にラムネがかかりベタベタになる。


「……チッ」

「や〜い、へたくそ〜」

「覚悟してる時に黒まんじゅうが飛び出してくるからおかしくなったんだろ」

「むぅ! オレはまんじゅうじゃない!」

「はいはい、黒い黒い。ようようだよな」

「そう! 扱いが雑な優史ゆうしには指をぺろぺろの刑!」


 ラムネを溢した方の指をそっと舐め取ると、サラリとした感触の後ベタベタが一瞬で取れた。

 何も考えずにされたが、事の重大さに気づいて問いかける。


「お前今なにかした?」

「舐めた! あまい!」

「それだけなら影響はない、のか……?」

「なにがだ?」


 手を見ても何もなっていないし、ようは機嫌良さそうに左右に耳を揺らす。


「いや、お前の舌ってさ……人食うときにも使うんだろ」

「舌で触れたぐらいで全部食べられるわけないだろ。なんのための口なんだ」

「……飲み込まれなきゃいいのか」

「よくわかんない」

「まあそうか、意識してない事は認識出来ないもんだし、いままで食べたものの数なんか覚えてないのと一緒だもんな」

優史ゆうしの部屋にあった漫画にも書いてあったな」

「真似するなよ?」

「しないぞ?」


 深夜、ようがベッドの上に転がりながら、勝手にオレの手持ちの本を耳を使って器用に読んでいたのは知っている。

 時々読んだものが怖かったのか急にタックルかましてきたり、服に潜り込んできたりしていた。

 自分自身も得体のしれない存在なのに、なんだこいつ。なんて思いながら都合がいいので枕にした。これが結構気持ちがいいのだ。


「お前意外といいやつだもんな」

「ふふん、もっと褒めてもいいんだぞ」


 少しだけようの頬がピンク色に染まる。

 綺麗にしてもらった指先で額から耳をそっと撫でる。


「はいはい、優しい優しい」

「心がこもってなぁい」

「気持ちがラムネに向かってるからなぁ」

「むぅ。なら仕方ないか」


 納得したらしく、ようは撫でる指先にすりよる。

 反対の手でラムネを掴んで飲み始める。

 少し置いてしまったラムネは炭酸が抜けて行く途中だった。ほんの少しずつ、炭酸はしゅわしゅわと抜けて風味が変わっていく。時間が経てば独特の舌に伝わる刺激は無くなるのだろう。

 黒いまんじゅうのような丸い表面をまた撫でながら呟く。


「……こうなるのかな」

「ん? なにがだ?」


 じゅうじゅうと瓶に残ったラムネを吸い上げながら、ようが聞いてきた。


「なんでもない」

「そうか?」

「ああ」


 泡の抜けきった炭酸に似た物足りなさが、待っているような気がしてしまう。

 今のどこかおかしな非日常が、思っていたよりも楽しくて名残惜しい。


「むぅ。なにするんだ優史ゆうし

「あ、悪いちょっと考え事してて」


 撫でるはずがうっかり潰していたことに抗議の声で気づく。ふぐみたいに膨らんだ頬を親指と薬指でへこませて、またゆっくりと撫でていく。


「そう、それでいい」

「なんだそれ?」

優史ゆうしはなでるのがうまい」

「……あ、そ」

「ウン。もっとなでろ」

「はいはい、仰せのままに」


 こいつも、惜しいと思っているのだろうか。

 聞くつもりはない疑問ごと、残ったラムネを飲み干した。


 もうすぐ、夏祭りが来る。

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