第27話 夏の小さな水鉄砲大会
【文披31題】DAY テーマ「水鉄砲」
「あ、すみません、大丈夫で……うわ、
「あっ、ひどい!私の名前は妹じゃありませんー!」
この夏は呪われているのかもしれない。
今まで不思議と顔を合わせなかった人達との遭遇率が異様に高い。
曲がり角で人にぶつかるなんて、ただでさえ少女漫画みたいだと言うのに、知り合いなんてやめてくれ。同じ事務所だった女性アイドルと恋愛フラグなんか立ててたまるか。大体、相手に迷惑だ。
高い位置で作られたツインテールを揺らしながら頬をふくらませる姿は、ファンならきっと喜ぶんだろうなという感想がよぎる。
残念ながら仕事で見慣れてしまった俺には微塵も刺さらない。
俺の感情がザワついて居るのに気づいたのか、
首を左右に振ると、大人しく肩に収まった。
我の強いアイドル連中よりもしかするとこいつのが話を聞いてくれているかもしれない。
「相変わらず元気だな、
「はい! って、名前覚えてるなら最初から呼んでくださいよう!」
「ん? いや、今思い出しただけだから」
「ひどーい! なんで
「誰にだって平等に冷たかったと思うけどな」
「……そうでしたっけ? そうかもしれませんね。本当です。おもいだしてみるとあなたにはまるでひとのこころがない」
「オイコラ。ひどいのはどっちだよ」
「えへへ、これでおあいこです!」
「あー……そうだな」
名前間違えてる方が失礼だし、俺に心がないのは事実なんだ、無邪気に笑わないでくれ。
ため息でごまかして話を変えようと思ったら、相手の視線が意外なところにあることに気づく。
「
「これ、は……ぺっと、かな」
彼女には見えないと思って居たので、動揺が隠しきれない。
次の言葉に迷っていると屈託の無い笑みで言われた。
「可愛いです! 抱っこしていいですか!」
「え、いや、こいつは……」
「わぁ〜もちもちです〜!!」
断るよりも先に黒いまんじゅう……もとい、
「この子お名前は何ていうんですか!」
「あー……名前は、その、えーっと」
「考え中ですか! じゃあ『うささん』みたいなので『黒うささん』です!」
「ああ、うん、それで良いかな……」
「よろしくおねがいしますね、黒うささん!」
ぎゅむっとされるがままに抱きしめられている黒まんじゅうをなんとも言えない表情で眺める。
うささん、というのは彼女か普段連れている雪うさぎみたいなでっかい大福餅みたいな、一見ぬいぐるみなのに普通に生きてる。大体白くて耳が葉っぱっぽく緑で目が赤いうさぎだ。
最初の頃は何度か凝視してしまったが、考えるのを放棄したのでうさぎとして分類した。
……あれ、うさぎなんだよな。
「そういえば今日、うささんは?」
「おでかけしてるのです!」
「ああ、そう。なの……?」
「はい!」
飼ってるうさぎのはずではないんですか。
そもそも存在そのものがよく分からないので深く考えないことにした。
「この子はお耳三つあるんですねぇ、可愛いです〜」
「そう、か……?」
「可愛いですよぉ! あれ、おめめもくりんくりんです〜! こっちも三つもあってオトクな気分です!」
「お得かぁ……」
可愛いと言われたのが嬉しかったのか、くるぅんとしたキラキラの目をしていた。
お前もしかして可愛いって言われたいのか。
妙な疑問が浮かぶが問いは投げなかった。
正直彼女のテンションには以前からついていけない。感性が独特というか、少なくとも俺とは違うんだろうなというか。
楽しげにもちもちむにむにしているし、可愛いと言われて
「それで、運動が得意なはずの
「そうでした! 急いで向かわないとなのです!」
「ん? どこに?」
「ウォーターイベントの練習に!」
「ああ、そういやもうそんな季節か……」
その片手には水鉄砲が握られていた。
8月の中旬頃、商店街近くの公園に設けられたイベントスペースで水に濡れる前提のライブイベントを毎年千プロでは行っている。
「どのくらいなら痛くないか、どの程度なら寒くないか研究するのです!」
「お客様の安全第一だもんな。頑張って」
「そうだ、
「え? いや、俺は……!」
「きっと楽しいですよ!」
それを決めるのは俺だけど!
という言葉を口に出す前に後ろに回られて背中を押される。
下手に止まって怪我させたくない気持ちが先行して、されるがままに歩き出す。
顔文字みたいに笑うんじゃねぇ、腹が立つだろ。
「あのさ、俺、事務所なら行きたくないんだけど……」
「事務所じゃないです! 今日は公園の隅っこです! 誰も来ませんし!」
「人が全く集まらないのを元社員として喜ぶべきか、それとも嘆くべきか」
「暑いからだと思いますよ〜? 私達人気はありますし!」
「ソウダネ」
それは人払いがしてあるんだよ、誰も怪我しないように。
なんて真実は告げずにぱたぱたと少しだけ早く歩く。
「そう言えばその服、濡れても良いやつだよね。全員水着?」
「はい、許可は貰ってますので!」
「そうだろうな」
少しだけ懐かしくて口元が緩む。
俺は背中の傷が透けてしまうから、その手のイベント自体はいつもパーカー着用。参加してもメインで活躍するわけにはいかなかったから、準備には力を入れていた。
人が喜ぶ姿を見るのは楽しくて……もう少し昔の余韻に浸ろうとしていたら
「ここです! もう皆集まってますよ〜」
「え、皆って……」
昔のユニットメンバーが居たら、と足が震え瞳を閉じる。
おそるおそる瞼を上げると、そこには炎天下で輝く見慣れた踊る肉団子甘酢かけ……もとい鍛えられた上体が陽射しに照らされた琉聖と大冴が居た。
「あ、
「最近よく会うっすね〜!」
すぐに俺に気づいたのか、大きく手を振ってくれた。そんなに大きな声を出さなくても聞こえている。
小さく控えめに胸ぐらいの高さで手を振り返すと、二人の横にある日陰で座っている人物に気づいた。
帽子と影で顔そのものは見えないが、どことなく雰囲気でわかる。
あの人は怒っていると。
「……おかえりなさい、
柔らかいのにどこか凛とした声は、どこか冷たさをはらんでいた。
「な、なぁに、お姉ちゃん」
「どうして彼を連れてきたのかしら?」
「……え、えっと、寂しそうだった、から、かな、なんて……た、大冴くんあーそぼー!!」
「え!? 待って、
千プロが誇るアクロバティックな肉体派女性アイドルの本懐だ。
肉体派なのは琉聖と大冴も同じだが、
戯れるように急所は狙わず、水しぶきだけが相手にかかるようにしながら大冴と
飛び上がる時に
長い髪を揺らして柔らかく微笑みながら
「お久しぶりね、
「どうも」
「うちの妹が迷惑をかけたみたいで」
「あー……いや、まあ。前からこうだった気が」
「ごめんなさいね」
「いいえ、賑やかでいいんじゃないですか。相手は選ぶし」
「
「……もう部外者なんだけどな」
「だったらもっと怒ったほうが良いわよ。あのこ止まらないから」
「そうかもしれませんね」
自分で離れた場所のはずなのに、正直言うと今、居心地は良い。強引に連れてこられたけど、嫌ではないし、多分寂しそうだったのも間違いじゃないと思う。
大人しくしていた頃の、歩いていても誰にも気づかれない『目立たなくなった
ため息が思わず出ると、見極めるような鋭い視線をして俺の肩を見ていた。
俺の周り、いい人ばっかりだな。
「随分変わったうさぎさんを連れているみたいね」
「やっぱり見えるんですか」
「ふふふ、当然よ。いつも
「『得体のしれない白いうさぎ』さんですね」
「そう、あれとその子は違うと思うけど」
「『うささん』って結局なんなんです?」
「ふふふ、『うささん』は『うささん』よ」
なんの答えにもなっていないが、『1+1=2』の『1とはなんぞや』から疑うと定義が面倒なことになるのと同じようなものだろう。
『うささん』は『うささん』として定義してしまえば楽なんだ。
疑問は横に置くことにすると、相変わらず鋭い目をして、でも柔らかく笑いながら
「ねえ
「……害は無いですよ」
「そう。なら良いわ。撫でたら噛むの?」
「どうでしょう?」
視線でどうだ、と問いかけると大人しく彼女に向かって頭を下げた。
お前にもわかるのか、この人の怖さが。
「いいこ、いいこ。私、おとなしい子は好きよ」
「……ソウデスカ」
「なにか言いたげね?」
「い、いえ、そんな事は……」
「無害な相手になにかするほど野蛮じゃないわ」
「害があったらどうするんですか?」
「それはもう、キュッと」
「キュゥッ」
「あら、鳴くのこの子?」
「ええ、まあ……」
鳴くどころか喋ります。
若干怯えているのがわかる聞いたことの無い鳴き声に苦笑いをしながら話を変える。
「そちらにまかせているうちの『兄さん』、元気ですか」
「うーん、それは『何を基準に元気とするか』、ねぇ」
「あー……確かに」
「常に不健康みたいなものだから、貴方と一緒で」
「いや、俺はそんなに」
「本当に? 最近は倒れたりしてないの?」
結構な頻度でしています。
思わず空を見上げると、しばらく沈黙が流れる。
彼女の方から先に口を開いた。
「……立って歩いてるだけ及第点。で、お前の想定だと、健史は元気な方に入るだろうな。ま、相変わらずとんでも捻くれてるけど」
「そうですか」
「随分一緒に居ないと聞いてるんだが、そっくりだよなお前ら兄弟は」
「よく言われますね、そんなに似てると思ってないんですけど。そんな風に喋っていいんですか、妹さん近くに居ますよ」
「聞かれる距離で崩すわけないだろ」
先程までの穏やかそうで上品な顔は崩れて、どこか悪く笑う。
正真正銘この人は女の人。
だけど、もう少し前までは男性で、性別を変えたの自体は自分の意思でもない。
色々あって異世界から来た元傭兵。
ああ、身の回りが不思議に満ちて居なければ、『変わった事考える女の人だな』で済んだのに。
どうして『向こう側』で兄に関わった人物まで俺の方の人物相関図に参加してくるんだ。
なんて事を考えていると両手で
助けを求めるような視線と同時に情けない声が上がる。
「キュゥッ」
「あんまりいじめないでくださいよ、何するかわからないんだ」
「害はないんじゃなかったのか」
「いまの、ところは」
「お前も相手の事をよく知りもしないのに手をだすのか。変なのに付きまとわれても知らないぞ」
現在進行形で憑かれているし、そのよく知りもしなくて差し伸べられた手を掴んだ結果今一緒に居るのがもしかして兄ですか。
頭の中ではスラスラと言葉が出てくるが、不思議と音にならずもちもちむにゅむにゅと遊ばれる
「しかし、ちょっとオレは退屈なんだよなー」
「何がです?」
「一応、腹黒枠? というか、腹に一物抱えているヤツはそれなりに事務所に居るけどさ。お前ほどバランスを調整してうまく転がしてたやつはいないからな」
「そんなつもりはないんですけど。言われても事務所には戻りませんよ」
「分かってるよ。だから退屈だって言ってるんだ」
「俺が居なくても上手く行ってるでしょ?」
「ああ、仕事は上々だよ。けど、上手くいくのと面白いのはちょっと違うこともあるだろ。お前が関わるとスリルが違うんだ」
「……少年漫画の強キャラみたいなこと言うなぁ」
「そう、まさにそれ。『面白くなってきたじゃねぇか』ってやつ」
「ご自身でなんとかしたらどうです」
「イメージってもんがあるだろ。
「足開いてきてますよ、お姉さま」
「あら、いけない。つい癖で」
「元は程遠い性格してますもんねー」
「……褒め言葉として受け取っておくよ。演技上手いだろ」
「ソウデスネ」
俺との会話か、それとも
どちらかわからないが雑誌ではあまり見ない無邪気な笑みが綺麗で見惚れかける。
アイドルやってるだけあって顔が良いんだよな。
そろそろ
「あー! お姉ちゃんばっかりずるいですー!」
「ずるくないわ。これは
うふふ、と笑いながらまだ手放さずに遊んでいる。いや、預けてないし得体のしれないうさぎなんですよそれ。というかうさぎかもちょっと確証ないんですよ。
言った所でおそらくあの姉も妹も止まらないのを俺は知っている。
自由に動いて貰ったほうが絶対に『面白い』。
イベントの時、誰をどこにどう配置するのか、それを考えるのが意外と好きだったのを思い出す。
「
「はっ、そうでした! 練習して、勝った人が黒うささんを堪能するのです! ねえ、
「え? ああ、うん?」
勢いに頷いてしまうと、
「あ、俺達は別にそんなに。ねえ琉聖」
「あー、でもちょっと触ってみたいような?」
「えぇっ……?」
「黒うささんをかけて戦うのですー!」
そんなノリノリで戦うような存在じゃないと思う。ツッコミを放棄した俺を大冴と
一人で日陰に腰かけようとすると、
「せっかくなら参加していきなさいな」
「え? いや、でも、俺は……」
「傷があるのは琉聖くんも私も同じだから、大丈夫よ」
服を少しめくりあげると、そこには大きな入れ墨が入っていた。
話題に出されたのが聞こえたのか、琉聖もニカッと笑いながら昔事件に巻き込まれて刺されたという傷跡を指さしていた。
濡れたらどうしても気が引ける。
服の袖を思わず掴む。
「あなた、楽しいことの準備までは居るのに。いっつも参加しないんだから」
目線を逸しながらボソリと呟いた。
「俺は、裏方のが向いてるんですって」
俺の目の前に、水鉄砲が差し出される。
顔をあげると大冴と
「
「私も本気で遊びたいですー!」
「なんで、バレてんだ?」
「あらあなた、気づかれてないと思ってたの? 運動音痴のフリ下手くそなんですもの。受け身で怪我した事は無いし、競技系の順位で絶対ビリにはならないじゃない。スポーツ系の生放送で時間調整してるのわかってたわよ。バレない方がおかしいわ」
「……そういうの、ネタばらしされたら商売上がったりなんですけどね」
「もう事務所には戻らないんでしょう?」
煽るような笑みを浮かべる
もうこれからやることはないだろうし、確かにまだ時間があればミスするし、時間がなければ一発で決めていた。
どちらかというと失敗する印象があるせいか、ミラクルを起こす男、とか言われたような気もする。
「……言っておきますけど、飯もろくに食ってないし眠れてないですからね」
「いいわよ、負けても骨ぐらいは拾ってあげるわ」
「煽っといて負ける前提ですか……!?」
「大体あなた、眠れないの運動不足なんじゃないかしら?」
「なくはない、ですけど」
「それじゃあ、
「ふざけんな琉聖! 肉体派4人も捌けるか!」
「よーし前哨戦だー!」
「負けないよぉー!」
「ボッコボコにしてやりましょうね!」
「俺そっち側付きましょうか?」
「だから! もうちょっと手心を加え……相変わらず優しいな大冴!」
ふざけあっているうちに撃ち合いは始まったけど、もっと動けるはずの4人が手を抜いて居るのはわかった。
それでも息が上がるし、前より全然動けない。
寝てないし食べてないのもあるだろうけど、本当に体力が落ちているのを感じる。
いつの間にか
器用に耳を使って俺に加勢してくれていた。
久々に全身びしょ濡れになって前髪をかき上げる。カメラが回っていたら見せられない痕がきっと浮かび上がっているのに、誰もその事を気にしないで居てくれる。
正直本気と言うには酷い動きをしていたけど、怪我をしてから初めて好きなだけ水鉄砲で遊べている気がした。
結局体力切れを起こして、俺だけ日陰で休みながら4人を見る事になった。
勝敗的には俺のが負けているはずなんだけど、
――意外と楽しかったなんて、言ってやらない。
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