第23話 君と見る花

【文披31題】DAY23 テーマ「ひまわり」


「ほら、この前見せた葉っぱが大きく育ったのがこの花だ」


 庭に大きな黄色い花を咲かせた背の高いひまわりの横に立ち、両手を広げて楽しそうに彼は言う。

 その近く、足元で不貞腐れながら俺は転がった。


「ぼくに花が咲くわけじゃない」

「あー、うーん……そう、だねぇ」

「ぼくはこのままだもん、どうせようっぱだもん」

「葉っぱは大事なんだよ?」

「でも花は咲かないもん」


 うーん、と言いながら彼は困ったように笑いながらしゃがみ込む。

 手を伸ばして撫でようとしているのが分かって、避けるか迷ってるうちに手が乗せられた。

 優しく撫でられるのは嫌いじゃない。


「確かに、ようの耳は伸びることはあっても花は咲かないんだけど……」

「ふんっ」


 そっぽをむこうとするのをやんわりと手で防がれて、顔を合わせる。


「私はね、心に花を咲かせることは出来ると思ているんだよ」

「こころ?」

「そう、心」

「それなぁに」

「うーん、目には見えないけど、大事なもの、みたいな?」

「よくわかんない」

「そうだねぇ、私もまだよくは分かっていないから説明も難しいんだけど」


 頬を膨らませて睨んでも、彼はそれを柔らかく指先で空気を抜きながら微笑んだ。


「確かにあると、私は思いたいものでね」

「ふぅん。ないかもしれないの?」

「そういう人達も居るね。『そんなものはどこにもない』って。でも、私は信じたいんだ」

「わかんない。すきにして」

「ははは、ありがとう。好きにしているから、私はあると思っているんだ」

「ふぅん」

「うん。それで、私は心に花は咲かせられると思うんだ、よう

「……見えないのに咲くの?」


 問いかければとても楽しそうに、机に向かって物語を書く時の様に、彼は語り始めた。


「見えなくても咲くんだ。よう自身でも良いし、そうでなくても良い。自分を完全に変えるのは難しいことだけど、成長するのは誰にだって出来ると思う。難しいことはあるけど、一ミリも変わらないなんてことのほうが難しい、と私は考えていてね。自分じゃない誰かの、人の心にだって花を咲かせることは出来るんじゃないかな」

「むぅ。よくわかんなぁい〜」

「そうだね。ごめんね」


 ぴょんぴょんと飛んで痛くないようにぶつかるのを、彼はにこにこしながら身体と手で受け止める。


「葉っぱだって綺麗なんだよ、よう

「むぅ。でもお花のが綺麗だもん」

「うーんどっちも綺麗なんだけどねぇ」

「……むぅうう」

「そんなにむくれないで。ようはきっと心に花を咲かせられるから、大丈夫だよ」

「わかんない!」

「君はね、私の日常に彩りをくれたんだ」

「わかんなぁい〜!」

「うん、そうだろうね。知っていこうね、一緒に」


 そう言って腕から抵抗する俺が零れそうになるのを上手く転がしながら、彼は家の中へと戻っていく。


 真っ黒に赤ぐらいしか色が無いのに、何が彩りだったのだろうか。

 沢山の本を読んだ後なのに、今でも彼の言葉は分からない。


よう

「なに?」

「色々なものを見て、色々知って、考えていこうね」

「わかんない」

「ははは、大丈夫。全部分かる存在なんてそうそう居ないからね、仕方ないね」


 楽しげに言いながら、急によろめきそうになった彼を支えるように耳を動かす。


「ありがとう、ごめんね。助かったよ」

「ふらついてばっかり、だいじょうぶか?」

「ああ、大丈夫だよ」


 あの時、わからない事だらけじゃなかったら、その異変にもっと早く気付けていたんだろうか。

 無理して苦しそうに笑うのが、何を意味するのか俺は知らなかった。


 今目の前に居る青年が、時々同じ顔をしている気がして顔を覗き込んでしまう。


「……何だよ?」

「暑くないか、優史ゆうし

「ん? お前がちゃんと影を作ってくれてるから大丈夫だよ。それとも俺がそんなにやわに見えるのか?」


 最初に会った時よりもいくらか自然に、そして楽しげに彼は言う。夜はロクに眠ることが出来ない。食事も沢山食べれば戻してしまう。

 彼の身体はまるで、生きるのを拒絶しているみたいだった。


「丈夫そうには見えないからな」

「お前のおかげで健康になった方なんだけどな」

「もっとちゃんと寝ろ、そして食え」

「なんだよ、お前は小言いわないと思ってたのに」

「本当に、出来ないときには、言わない」

「……そっか」

「ああ」


 そこで急によろけた身体を、耳を使って支える。

 顔色があまり良くないのが見て分かるけれど、言った所で彼は出かけるのをやめない。

 だから、影を作る。


「……悪い、ありがとな」

「ふん、ちゃんと寝て食べないからだ」

「ははは、正論パンチがハートに突き刺さるなぁ」

「思ってないくせに」

「思ってるよ、思ってはいる」

「そう」

「うん」


 その足取りも言動も、まだどこかふわふわしているのを分かっているが、止めること無く揺れに身を任せる。


「どこに行くんだ」

「ん? ああ……ここが見ておきたかったんだ」

「……こんなところ、あったのか」


 吉野の桜の木の近くから見下ろせば、絨毯のように沢山のひまわりが咲いているのが見えた。


「綺麗だろ。ちゃんと咲いてるの見れたの久々だけど」

「ふぅん?」

「なんとなく見たくなったんだ」


 そう言いながら手を伸ばして、俺の耳に指先で触れる。


「葉っぱじゃないぞ」

「うん、知ってる。なんでだろうなぁ」


 楽しげに笑う姿に、あの人を重ねて目を細める。


「どうしたよう、眩しいのか?」

「いや……」

「俺が」


 元アイドルとやらは伊達じゃないらしい。

 太陽の光の中で自然に笑う笑顔は綺麗だと思った。


「やっぱり暑さでおかしくなってるだろう優史ゆうし

「そんなことないよぉ〜?」

「早く降りるか桜の所まで行け」

「え〜?」


 顔をいつもより赤くして、どこか目線も言動もおかしい優史ゆうしを移動させるのに苦労した。

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