第20話 白い雲、黒い雲

【文披31題】DAY20 テーマ「入道雲」


「わーシュークリームが一杯だぁ……」

「疲れてるのか優史ゆうし?」

「憑かれてるからな」


 もくもくと青空に浮かぶ白い入道雲を見上げて気の抜けた声で言うと、身体に影を作っているように突っ込まれたので言い返す。


「むぅ! その手の維持費はかからない燃費の良い影だぞオレは!」

「あんだけ食っといて何言ってんだお前」

「食べなくても平気! お前の残りを食べてるだけだ」

「ああ、そういやそうだったなぁ……」


 何故だかぼんやりとした答えしか出てこない。

 普段より眠れているし、残りが無駄にならないと思う分食べる事が出来ているので元気なはずなのだ。

 ぐるぅりと身体を捻って覗き込みながらようが不安げに言った。


「……オレ、燃費は良い、はず、だよね?」

ようからの影響は無いと思ってる、けど、なんだろうな、ちょっとぼーっとするんだ……」

「そう、か。風が冷たくなって来たし早く帰ろ」


 言われてみると頬を撫でる風がようが居る居ないに関わらず冷たい。もうすぐ雨が近づいてくる匂いと空気を感じた。

 あの入道雲は、雨と雷を連れて迫っているのだ。


「……雨。最悪雷か、よく知ってたな」

「オレは雷が苦手だからな」

「あ、優史ゆうしさんたちだ! こんにちわ!」

「ん? あ、店員さんだ。今帰り?」

「はい、ちょっと夜ごはんの買い出しに」


 振り返ると、猫ノ目書房の店員さんが笑顔で立っていた。その両手に下げられた袋には猫用の餌が一杯に詰まっていた。


「一つ持とうか?」

「大丈夫です! あ、でも袋が破れちゃったら手伝ってもらえると」

「あ、じゃあ両手開けておきましょう」

「お願いします!」


 元気一杯に返事をされてなんとなく顔が綻ぶ。

 こういう純粋さが一欠片でも俺にあれば、と羨ましくなるような眩しさが店員さんにはある。

 同じことを思っているのか、ようもどことなく柔らかく目を細めて彼を見ていた。

 重い荷物を持って一生懸命に歩く横に並びながら、聞いてみたかったことを問いかける。


ようのこと、どう思う?」

「はい? ようさんが居る所で聞いちゃいます?」

「今の俺には一緒に居ない瞬間が無いもので」

「なるほどぉ! 納得です!」


 どうしてこんなにもニコニコと人と会話できるのか。いや、昔はできたのかもしれないけどもう感覚が思い出せない。


「どう、とは?」

「そうだな。良いやつで居てくれるのか本当は悪いやつなのか」

「わからないです!」

「そうかー」

「はい!」


 わからないことをわからないというのが年々難しくなっていく中で、これだけハッキリ言われると気持ちが良い。

 値踏みするように見ていたようは拍子抜けしたように目を丸くしていた。


「あっ、でもですね!」

「ん?」

「テンチョウは本当に嫌なら店に入れないですよ!」

「……そう、だよな」

「はい!」


 初めて猫ノ目書房にたどり着いた時がそうだった、と思う。水上町の路上で動けなくなったのは一回じゃないし、同じ場所で何度か壁にもたれかかって居た気がする。

 けど、本当に「ああ、ヤバいな、俺ここで終わるのかも」と思った時にあのテンチョウが目の前に居て、先程までなかったはずの店はそこにあった。


「じゃあ……テンチョウはツンデレなのか」

「なんですかそれ?」

「……意外とようの事好きなのかもってことかな」

「それはわかりません」

「だろうねぇ。結局ようがどっちかはわからない、か」

「はい。でも本当に駄目なら優史ゆうしさんと一緒には居させないと思います。テンチョウ、とても『気に入っている』から」


 それは先日、直接言われた事のある言葉でもあった。


 ――でもそれ言われたの、封印したいモノの囮にされた時なんだけど。


 その事を思い出して、頭の中で何かが繋がりかける。

 また俺は囮にされているだけではないのか。テンチョウが嫌がって居るのは本当にようなのか。

 何か、いつもと違う事があった気がするのにわからない。

 思考を回すには材料が、足りない。

 答えのでない問を考えるのはやめると、店員さんは考えながらゆっくりと言った。


「テンチョウは、興味のない存在には関わりません。優史ゆうしさんも知っての通り、あの人は人間じゃないですし。『面白いかどうか』、次に『自分がどうしたいか』です」

「あーなるほど、性質の悪い愉快犯だ」

「うーん? ちょっと難しくてわかりません」

「そうだな、『自分が楽しい最優先で、物語が面白くなることを望んでかき回す存在』、かな」

「ちょっと違う、かもしれないです」

「そうかな? 俺にはそう見えるけど」

「テンチョウは気まぐれで、自由だけど。自分が関わるのであれば物語は『幸せに綴るもの』なんだそうです」

「……初めて聞いた。テンチョウ話なんか書くの?」

「見たことないです。ただ、『関わるなら私は幸せに綴るものさ』って言ってましたね」

「へぇ……ちょっと意外な気がするな」

「時々、テンチョウ『らしくない』、っていうんですかね。みたいな事があるんですよね」

「理由が……」

「ギェエエエエエ……!!」


 会話を続けようとすると、静かにしていたようが急に叫んで小さくなって首にくっついてきた。


「何だよよう

「光った、今あっち光った!!」

「げ、思ったよりも流れが早いな」

「これ持って雨降られるのは嫌なので走ってもいいですか!」

「もちろん! 片方持つよ、その方が早い!」

「あ、すみませんありがとうございます!」


 駆け出しながら一つだけ彼はポツリと言った。


「テンチョウは何か、見たい結末があるのかもしれませんね」

「……それ、俺に関係あるのかな」

「さあ? よくわかりません!」

「そっかー!」


 追いかけて来るように迫る黒い雲に背を向けて、二人並んで全速力で走る。

 普段自由にしている影が、俺の首に纏わりついて小さくなったままだった。本当に雷は嫌いらしい。

 さすが猫、とでも言うべきか。俺よりも少し早い。

 少しだけ振り返ると青空に浮かぶ白い雲が、灰色に黒く染まるのが見える。


 入道雲が過ぎた後、晴れた空に俺は一体何を見るのだろうか。

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