第18話 彼の嫌いなもの、影の好きなもの

【文披31題】DAY18 テーマ「群青」


「俺さぁ」

「ウン?」

「青嫌いなんだよな」


 ぼんやりと、雲ひとつ無い空を見上げていう。

 目を何回かぱちくりと瞬かせて、ようは俺を見つめながら言った。


「なんだ。突然の空への憎しみの吐露か? オレ知ってるぞ、そういうの『厨二病』って言うんだ」

「なんだよ。今日難しい言葉使うな?」

「そうか?」

「使ってるよ」

「そうか。ふむ、してどうした青少年。上着もそれは群青色じゃないのか」

「……昔買ったヤツだからな」


 鮮やかな青色をしていた練習着だったジャージは、随分と色が落ちてしまっていた。


「嫌いなのにその色を選んだのか?」

「青だったんだよ、俺の色が」

「『俺の色』なんて傲慢だな? 色に所有者なんて居ないぞ」

「……そう、だな」

「だろう〜?」


 ユニットでのメンバーカラーの話をしていたんだけど、ちょっとうざったい言い方をされていても訂正する気にはなれなかった。


「好きな色はないのか?」

「……赤と黒」

「そうか。オレの事が好きなんだなお前」


 違う、そうじゃない。

 イラッとしそうになるのをこらえて深く息を吐き出す。

 確かにようは黒いし目が赤い。


「白と青が俺の色だったから、馬鹿みたいに反対っぽい色を選びたいだけなんだと思う」


 俯きながら言うと、ようは不思議そうにぐるぅりと身体を捻って覗き込んできた。


「目の色だな」

「え?」

「お前の左右の目の色だ、黒と赤」

「本当だ」


 既に近かった距離を更につめて、ようがじぃっと見つめてくる。

 ぐるぅんぐるんと左右に身体を揺らして角度を変えて赤い目を見つめながらようは言った。


「よく見るとお前の赤い方の目、不思議だな。変な感じがする」

「呪いみたいなものだから」

「ふぅん。嫌なのか?」

「嫌いじゃないよ」


 ――重いだけ。


 片方の目が『正しく赤い』のは、一族でも常に一人しか居ない。

 一度赤くなった目は戻らない。

 元は両方黒かったし、赤くなるのは『前この力を持ってた人間が使える状態じゃなくなった』ということ。

 それで俺は、兄が今はもう無事ではないと察したのだ。

 伏し目がちになったのがわかったのか、ようは違う質問をした。


「今の空の色とお前の思う青は同じなのか?」

「いや? 全然違う。もっと暗い色だから」

「そうか。じゃあ空が嫌いなわけじゃないんだな」

「ああ。吸い込まれそうで、いつか連れてってくれそうで、嫌いじゃあない」


 空を見上げていた俺の顔の上に、影が落ちる。

 上半身だけ人型になり、ランプの魔人みたいなようが不機嫌そうに俺の頬を摘んで引っ張った。


「……ほっぺたむにむにの刑」

「ふぁんらよ、ふぉまえにはふぇいふぁふふぁふぇてふぁいふぁろ」


 何だよ、お前には関係ないだろ。

 正しく伝わったらしく、左右と額にある赤い瞳は真剣に俺を見ていた。


「滅多なことを言うんじゃない。ただでさえオレみたいなのに好かれてるのに」

「ふひふぁのふぁ?」


 好きなのか。

 聞いた瞬間、顔が赤くなった気がした。

 パッと手が離れてくるるぅんと丸くなって肩に小さく収まる。


「おい? よう?」

「はやく、はやくかえるぞ! オレはハラヘッタ!」

「……お前さ、都合の悪い時。わからないふりしてないか?」

「してなぁい! ここにいたらゆだっちゃうぞ!」

「確かに。帰るか」


 もっちんもちんとほっぺたに当たる柔らかな感触を受け止めながら、俺は家に戻るために歩き始めた。

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