第17話 その影はゆらゆらと揺れる

【文披31題】DAY17 テーマ「その名前」


「……よう、なんてのはどうかな」


 和服に身を包んで、丸い眼鏡をかけた人物が柔らかく微笑みながら縁側で言う。

 その横に寝そべって転がりながら問いかける。


「どうして?」

っぱみたいじゃない、それ?」

「それ? どれのこと?」

「耳」


 真っ赤な瞳と同じ数の、真っ黒な長い3つの耳をさして相手は言った。

 視界の端に映るそれを忌々しげに眺めながら答える。

 元々は黒でもなくて、みんなと同じ2つだったのに。そんな気持ちが隠せない。


「そう、かな」

「ああ。私は、そうだと思うなぁ。双葉からまた次が伸びて、大きくなっていくんだ」

「よくわかんない」

「ははは、そうだろうねぇ。キミは言葉は覚えたばかりだ」


 男はゆーっくりと、身体を少し横に揺らしながら楽しげに笑った。


「少しずつ理解していけば良いんじゃないかな。どうだい。その名前は気に入りそうかな?」

「それできまりなの?」

「嫌だった?」

「……よくわからないから好きにして」

「うーん、そんなに無責任には扱えないなぁ。気に入らないなら変えないといけない」

「どうして?」


 困ったように眉根を下げながら、眼鏡の男は開いていた本を閉じる。それから顔に手を当てて考え、ゆっくりと説明を始めた。


「名前は存在を縛るもの、だからね」

「そうなの?」

「そう。キミに私が名前をつけた時点で、キミは今そこにある胡乱なものではなくなってしまう」

「……つけなきゃいいんじゃない?」

「それは困ってしまうなぁ」

「どうして困るの?」

「私はね、キミと――」


 その後、あの人はなんて言ってたんだっけ。

 覚えていたい出来事ほど、零れ落ちて行くのは何故だろうか。

 視界が真っ暗になるのと同時に、誰かの呼ぶ声がした。


「――う、おい、よう。どうした?」

「え、あ、ウン。何」


 目を開けると、目の前には一時的に一緒に暮らしている青年が居た。


「小さく丸まって動かなかったから、どうした?」

「別に。寝てただけだ。なんだ、心配したのか?」

「いや、ついに食べ過ぎでおかしくなったのかと」

「……お前、馬鹿にしてるな?」

「いやいやいや、してないしてない」

「……本当か?」

「ほんとうほんとう」

「ふぅん……まあいいや」


 スルリと優史ゆうしの膝の上に滑り込んで転がる。

 ゆーっくりと身体を揺らすと、真っ黒でパッと見では何か分からなくなった耳が左右に揺れた。


「なんだよ」

優史ゆうしは本を読んでるんだろう。邪魔はしないからこのままここで寝る。動かなくても気にするな」

「……飯は?」

「食う。起こせよ」

「はいはい、手のかかるペットだことで」

「むぅっ! ほっぺたぺちぺちの刑!」

「はいはい、俺困っちゃうナー」


 ゆったりと揺らす耳を少しだけ伸ばして、頬にペチペチと当てる。

 困ると言いながら、全然そんなことはないのが表情で見て取れる。

 当然だろう、耳の先まで柔らかいのだから。


「……おやすみ」

「ん? ああ。おやすみ、よう


 誰かが本を読む膝の上で寝るのは心地が良い。

 遠い昔の記憶の続きが見れたらいいのに、とオレはゆっくりと眠りに落ちていった。

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