第13話 影を抱える手紙
【文披31題】DAY13 テーマ「切手」
「はぁ……」
「食べるか!」
郵便受けから取り出したばかりの手紙にため息を落とすと、間髪入れずにキラキラとした期待の眼差しで見つめられる。
何度も届いている同じ人物からの手紙。
少し暗めの赤い封蝋で閉じられたクリーム色の封筒。
毎回違うデザインの見たこともない切手。
調べてもこの世界にはないが俺はもう見慣れてしまった消印。
それは定期的に、律儀に届く異世界からの手紙。
猫ノ目書房と関わったからではない。
町が不思議だからでもない。
これは俺が引き寄せた縁。
嫌なわけではないが、嬉しいとも言い切れない。
そんなことは出来ないのでもう一度軽くため息をついてから答える。
「食べなくていい、大事なものだから。美味しくないだろうし」
「紙はものによる。……大事なのに、ため息か。なんでだ?」
「……なんでだろうな」
玄関の扉を開けて中に入る。
靴を脱ごうとする俺に
「相手が嫌いか?」
「嫌いじゃないな。むしろ好きな方」
「いやな内容か?」
「嫌……ではないかな。ただ」
「なんだ?」
「……気遣いが辛くなる、みたいな」
「劣等感?」
「意外と難しい言葉使ってくるじゃないか」
「馬鹿にしてるな?」
「してないよ。どこで知ったのかな、と」
「物語でよく出てきた」
黒い影なのでよくわからないが、多分
そう言えば、初めて会った時に本屋は知っていたのを思い出す。
「……よく読んでたみたいに言うな?」
「オレのことは良いだろ。手紙どうするんだ」
「そりゃあ、読むよ。返事を書かないといけない」
「義務なのか?」
「違うけど。お礼ぐらいはしないとな」
「ふぅん」
そう言って退屈そうに首元にぺちぺちと軽くぶつかってきた。舌を出してるでもなし、俺を食うでもないからまあ良い。
帰ってきてから一通り行うルーティンを済ませ、自室の机に腰掛ける。
気は進まないけれどカッターを手にとって、ゆっくりと開けた。
いつも通りの丁寧できれいな文字。
本来、俺のことなど気にかける必要は無い相手。
兄の同僚からの『ウソ』が書かれた優しい手紙に頭痛を覚えながら内容を流し読みする。
「誰からなんだ?」
「この前のスイカ割り覚えてるか」
「オレはペットじゃない!」
「覚えてるのはわかった。あの時に後で合流した方、
「会えるのに手紙なのか?」
「……のお兄さんからです」
「はやとちりした、ごめん」
「気にしてない」
いつもなら読むだけでどっと疲れるような気分になるのが、
それを言う義理もないので俺は黙って視線を戻した。
だが、最初の頃は真実が綴られていたこの手紙はもう、意味を成していない。
別の誰かの出来事をうまく織り交ぜているのか。
それとも別の誰かが俺の兄――
ただ、既に『無事ではないはずの兄』の『存在し得ない出来事』ばかりが羅列されている。
相手は俺が知らないと思っているのだろうし、知らないままのが幸せだと思いこんでいる。
不毛な手紙が、最低でも月に一度、俺の家には届くのだ。
幻想を壊す気にもなれないし、もういいと言うには俺と兄の関係が難しすぎる。
また一つため息を着くと、ぐぅんと顔だと思われる部分を伸ばして俺の目の前に
「……食べるか?」
「なんでまた聞いた?」
「むずかしい顔してたから」
「……良いペットだなー」
「食べられたいのか
俺はそれでも構わない。
なんて言いそうになるのを飲み込む。
凄まれても怖くはないし、それに屈しているわけでもない。
元々自分への執着が薄いだけ、そもそも
「ごめん」
「オレは怒ってる」
「そうだろうな。ごめん、だったら良いなと思ったんだよ」
こぼれた本音に
そんなに嫌がらなくてもじゃいいじゃないか。
言い訳を考えているうちに、
「……飼いたいのか?」
「ははは、どうだろ」
ぷくっと膨らむようになって、俺の周りを影が覆う。ああやばい、本当に俺どうにかされちゃうのかもしれない。
少しだけ期待している自分が居ることに世界が遠く感じた。
「ゆるさん! ほっぺたもちもちの刑だ!」
「アァー、それは俺困っちゃうな〜」
大福餅みたいな感触がほっぺたに複数回当たる。
なんのご褒美だこれは。
気分が誤魔化されているだけでも随分マシだというのに。
受け取るだけで起きるのも億劫になる手紙を前に、すぐに行動出来そうだ。
引き出しを開けて封筒と便箋を取り出す。
「手紙、今書くのか?」
「返事はしないといけないし」
「嫌そうだな」
「嫌、じゃないんだよ」
――嘘をつくのに疲れているだけなんだ。
ステージの上でも、仲間の前でも。
笑い続けて、強く見せて来た弊害。
本音が一つも音にならない。
「あいつなら一人でも大丈夫だから」
何度言われたっけ。
嘘をつくためのエネルギーがゲームみたいに数値化されてたら俺は多分もう0なんだ。
それでもウソを続けるほうが円滑な事はある。
別のスキルポイントが足りない時に、自分の体力を削るのはよくあることで、まさにそれ。
返事が浮かばないわけじゃない、出力して形にするのがしんどいだけ。
「じゃあ面倒なんだな?」
「あー……そうかも」
思っていた以上にゆるい返事をして薄く笑う。
「面倒、そうか面倒なのかもしれない」
「印刷じゃ駄目なのか?」
「パソコンが立ち上がるより俺は書くほうが早いんだ」
「ふぅん」
ボールペンを手にとって、慣れた手付きでウソを書き始める。便箋のすぐ上、俺と向かい合わせの位置に
見られて困る話は書いてない。
報告は嬉しい。俺は元気。
薄っぺらい内容だが、この手紙には意味がある。
最後に、本当の事を書いている。
俺のことも兄のことも気にかけてくれた人物の、無事を祈る言葉。
これに嘘は全くない。返事を書くのも相手の無事を確認したいからだ。
代筆になったら俺には分かるし、そうなればやめてしまうつもりでもある。
面倒ではあるが、今の所やめる理由も無いのだ。
いつもよりもずっと早く書き終えて封筒に入れる。この人に送るためだけに、柄の違う記念切手を揃えてある。
夏らしい涼し気な海辺のデザインの物を選び切り取る。糊を取りに行こうとすると、赤い舌が目の前にんべっと伸びた。
「使うか?」
「……悪いものついたりしない?」
「しない。ついでに綺麗に貼ってやる」
「え、じゃあお願いしようかな」
「なんだ。ぶきっちょか」
「自分で言うのもなんだけど器用な方だよ。なんかこれはいつも上手く行かなくて」
机の上に切手を裏返して置くと、赤い舌を当てて持ち上げる。すぐに離れてひらひらと落ちて行く。
「え、ちょっと……!」
「みてろ」
ふぅっ、
「……うそぉ」
「すごいだろう」
「すごいな」
ふふん、とわざとらしく得意げに
指先でなぞっても濡れすぎているわけでもなく、フチまできっちりと張り付いていた。
「次も頼みたいぐらいなんだけど」
「夏祭りまでなら良いぞ」
「じゃあ、無理だな」
「そうか」
別れを惜しんでくれる程度には情が湧いたりしてるんだろうか。
伏し目がちな赤い目を見つめていると、不服そうな声音が零れ落ちた。
「糊、美味しいのに」
「お前が手伝った理由それか?」
「ウン。軽めでいい塩梅の薄味」
「うすあじ……」
スナック菓子感覚か、と思いながら手紙に封をした。日が沈む前にポストに投函して、いい塩梅の薄味のポテトチップスを買った。
スナック菓子なんか事務所辞めてから食べてないけど、1枚ぐらいなら俺でも食べられる。
普段は一週間かかる返事がすぐに終わって、少しだけ気が軽くなった。
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