第12話 ペットでも獣でもないけれど

【文披31題】DAY12 テーマ「すいか」


「あ、優史ゆうしさん」

「うげ、琉聖りゅうせい

「『うげ』ってなんすか」


 所属していたアイドル事務所の後輩――槍水琉聖やりみずりゅうせいと、隠れようの無い遠くに蜃気楼が視えるような長い一本道で声をかけられてしまった。

 少し嫌そうにする俺をようがぐるぅりと影の身体を曲げて覗き込む。


 ――食べるか?


 と、スナック菓子をつまむぐらいの感覚で聞かれてる気がしたので、首を左右にふる。


「……お前相手だと走ったって逃げ切れないんだよ、俺は」

「体力的にはオレのが勝ってますからね。久しぶりっす。炎天下歩けるほど元気でよかった」

「ああうん、久しぶり。お前が俺を吸血鬼か何かと勘違いしているのは十分わかった。琉聖りゅうせいも元気そうで何より」

「それで、優史ゆうしさんは……どうしたんすかそれ」


 だからこいつには会いたくなかったんだ。

 絶対に視えてしまうと思った。

 琉聖りゅうせいの元々鋭い目がさらに細められて鋭くなっている。

 俺の身体に纏わりついている、炎天下でも歩ける理由のひんやりとした冷たい影を見極めようとしているのがわかった。


「えーっと……ぺっと、かな?」


 ギロリ、と流石に赤い目で睨まれたが許してほしい。これはお前のためなんだ、と心の中で言っても届かない。万が一「敵対の意思がある」とでも思われたら無意識でようを吹き飛ばしかねない。

 琉聖りゅうせいは自身の父が何者であるか知らないだけ。

 そして自分自身が持つ力も知らない、竜神堂りゅうじんどうの息子なのだ。


「……随分と変わった、ペット、っすねぇ?」

「ははは、珍しいだろ。舐めたりもしてこないほどおとなしいし、心配はいらない」

優史ゆうしさんがそう言うなら、オレは良いっすけど」


 全然良くないんだろうな、というのが視線で分かる。苦笑いを浮かべて、話題を逸らす。


「これから事務所? それとも仕事?」

「いえ、今日は午前中に終わったんで……ってそうだ、待たせてるんだった」

「そうか。それじゃあ……」

「あ、そうだ、優史ゆうしさんも来ます?」


 世界が止まるような気がした。

 同じ事務所の他のヤツよりも、琉聖りゅうせいは俺がアイドルをやめた事情を知っている。誘うということは問題のない場所のはずだ。

 頭でわかっていても息が止まりかけた瞬間。


 ――食べるか?


 と先程よりも意思の強い赤い視線を感じて正気に戻る。

 感謝はしているが、ようの問いかけは無視して琉聖りゅうせいの質問に応える。

 冷静に考えると、俺を舐めるよりひどい目に合うから琉聖りゅうせい食べるなんてもってのほかだ。


「どこ、に、だ?」

竜神堂りゅうじんどうっす。他のやつにバレるのは厄介だけど、もう少し人がほしいかもって思って」

「……夜逃げでもするのか?」

「しないっすよ。今日はこれです」


 そういうと、今まで琉聖の肩の後ろにあったので気づかなかった大きな玉に気づく。


「……随分立派なスイカだな」

「はい、仕事先で貰ったんです。せっかくならスイカ割りしてぇなって話にはなったんですけど」

「今の事務所には俺より向いてるヤツは一杯いると思うんだけどな」

「どのぐらい食べるかで揉めるんでね。優史ゆうしさんは他のヤツに言ったりしないし、バレもしないし、これ以上無く適任だと思ってます」


 イタズラっ子のような無邪気な笑みを浮かべて、俺より背の高い年下の青年は笑う。


「他に誰が来るんだ?」

大冴たいがと俺だけっすよ。今日はれつさん休みなんで」

「そりゃあ随分と取り分の大きいスイカ割りだな」

「炎天下でお手伝いして貰ってきた分ですからね!」

「なら、俺が混ざるのは違くないか?」

優史ゆうしさん、事務所の集まりの時、いっつも自分の分少なかったでしょ」


 事務所に居た頃の話をされている、と分かる。

 まとめる立場にいたし、揉め事は少ないほうが良い。それなりに言い合いをしたりしてた頃もあったが、やめる前は何に対しても執着なんかなかったせいか確かに人に譲り続けていた。

 こんな所で気を遣われるとは思わなかった。


「気にしてないけど」

「オレが気になってたんすよ。それに、ペットの分ぐらいはありますよ。スイカ食えるならだけど」

「あ、ああ。ありがとう。なんでも食べるよ」


 琉聖りゅうせいからは見えない背中をぐりぐりと押されて抗議を受け止める。丁度硬くなったところが押されていて、マッサージにしかなっていないが。


「それなら行きましょう。他のヤツに見つかる前に」

「あ、ああ」


 一人っきりなら断ってた気がする。

 というより、炎天下を歩いていないから遭遇しなかっただろう。

 俺の事情に踏み込んで来ない琉聖から、活動の相談や面白かった出来事を聞きながら歩く。

 思っていたよりも自然に、そして楽しく話しているうちに竜神堂りゅうじんどうへとたどり着いた。


「あ、琉聖りゅうせい……優史ゆうしさん!?」

「幽霊でも見たみたいな驚きをどうも。生きてるぞ」

「いや!? 俺が言いたいのはその肩の」


 また同じ説明をするのか、と思っていると琉聖りゅうせいが間に入ってようを手のひらで示しながら笑った。


「気にすんな大冴たいが、ペットなんだってさ!」

「禍々しくない!?」

「ははは、珍しいよな!舐めたりもしてこないほど大人しくて心配はいらないんだってさ!」

「ほ、本当に?」


 疑われてるな、とようの方を見ると、今まで過ごして来た期間で見たこともない可愛いらしいくりんとした赤い目が3つの……得体のしれない黒い物体になっていた。

 目が可愛いだけで許されると思ってるのかこいつ。


「ほら、目も可愛いし」

「三つあるよ?」

「昆虫とか一杯あるじゃねぇか」

「確か、に? ん?」

「細かいことは良いじゃねぇか、陽が落ちる前にサクッとスイカ割りやろうぜー!」

「え、あ、うん。じゃあ折角だし、優史ゆうしさんに指示してもらおうかな!」

「今日は大冴たいがが割るんだ?」

「はい! 琉聖りゅうせいは仕事中にやったので!」

「なんの仕事しているんだお前たち……」

「地元を盛り上げるお仕事です! よーし、綺麗に粉々にするぞー!」

「粉々にしたらまずいんじゃないか」

「その時用のビニールシートっすよ!」


 性格的には神経質なのに、ところどころ豪快だったり天然だったりする。

 仕事していた頃から嫌いではなかったが、友人として過ごすなら楽しい奴らなのかもしれない。

 敬語を使われてる時点で厳しそうだけど。

 なんて考えていると、小声でようが話しかけてきた。


「たのしそうだな?」

「……そうかな」

「ウン、嬉しそう」

「暑さにやられたのかもな」


 そう言いながら撫でてみようとすると、赤い舌をベッと一瞬だけ出されて。拒絶された。

 琉聖りゅうせい達はスイカ割りの準備をしていたから気づかなかったらしい。

 大冴たいがが真っ赤なはちまきを額に巻きかけて、目に当てて隠して結ぶ。

 琉聖りゅうせいが棒を持たせてスイカ割りが始まる。

 急に琉聖りゅうせいが思っていた以上に上手な俺の声真似で大冴たいがを翻弄した。見事にスイカに当ててそこそこバラバラに散った。


「よーしじゃあ分けますねー」

優史ゆうしさんのペットどんくらい食うんすかー?」

「とめどなく食べるよ」

「……底なしかぁ、すげぇな」

優史ゆうしさん、本当に安全なんですかその子」

「スイカ割りの間も大人しかっただろ?」

「まあ、そうですけど……」


 大冴たいがは人間だけれど、なんと言えばいいのか。

 ようの側に片足を突っ込んでいるような。

 内側に「あってはいけないもの」が混ざっている。

 彼から見ればようが信用ならないのも分かる。

 だがそれでも、大人しくさえしていてくれば、何も言わない優しい男だ。

 頼むから変なことはしないでくれよ、と祈りながら俺とようの分の皿を受け取る。


 その直後だった。


 こいつにも野生が存在していたんだな。

 なんて妙に呑気な感想を抱きながら、餌を貪り尽くす獣と言う表現の似合う黒い影を見つめる。

 怒涛の勢いでスイカをシャクシャクシャクシャク食べてはバーリボーリと種も皮も砕いて食べ尽くす。ジュルジュルリと音を立てまくって汁まで啜る。今までそんなに御行儀の悪い食べ方なんて……花火でしてたな。荒ぶる獣をぼんやりとながめながら、スイカをゆっくりと俺は口に運ぶ。


 余程、ペット扱いがお気に召さなかったらしい。


 琉聖りゅうせいはそれを見て笑っていたが、大冴たいがは若干引いていたような気がする。

 皿の中身が空になり、もっと寄越せと言わんばかりのギラギラの赤い目とみつめあいながらそっと自分の皿からスイカを分ける。

 再び、激しく音を立てながら貪り始める。

 忘れていたが、事務所をやめる前からあまりたくさん食べられなくなったから人にあげていたのだった。


 後でちゃんと説明しよう、と思いながらプッと黒い種を皿に出した。

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