第9話 冷たい影

【文披31題】DAY9 テーマ「団扇」


「……暑い」

「もう少しオレの温度さげる?」

「その方法はちょっと怖いのでそのままで」


 横になる俺の上に覆いかぶさるようにしながら、ようは冷やしてくれていた。

 ただ外に買い出しに行っただけでなんでこんなにもだるいのか。俺はまだ歩いてる時もようが居て涼しい方だったと言うのに、だ。

 まあ他に誰も歩いてないのが何より暑いのを示していた気もするが。


「団扇……を、とるのも面倒くさい……」


 机の上にある持ち手に向かって手を伸ばしたけれど届かず、そのまま突っ伏す。

 動くか、と反動をつけようとして顔をあげると目の前に団扇があった。手なのか、触手なのか、耳なのか。結局良くわかっていない3本のうちの一つで器用に団扇を掴んでいた。


「これか?」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 受け取ろうとするとひらりと躱される。

 もしかしておれは遊ばれているのだろうか。付き合う気力は残念ながらない。

 ゆっくりと追いかけようとすると、ぱたぱたと扇ぎ始めた。


「えっ」

「暑いんだろう」

「あついですけど」

「扇いでやる、人間はしょぼいからな」

「しょぼい……」


 そりゃあまあ人外に比べたらしょぼい、んだろうが……弱いぐらいにしといて欲しい。気力が足りない時に笑わせないでほしい。

 だから誰なんだそんな言葉を教えたのは。


 既にエアコンは付けてある部屋で浴びる風は格別だった。まして自分で扇ぐわけでもないのだ。なんとも言えない贅沢感があった。


「あー涼しい……」

「オレが扇いでやってるからな」


 ドヤァ、という効果音が見える気がした。

 真っ黒な物体が楽しげに横揺れしながらふんぞり返って見える。俺にそう見えているだけなのか、誰が見てもそうなのか。

 やることもないというより出来る状態じゃないし、他に考えが回るでもなくて揺れる団扇を眺める。持ち手から先を視線でたどると、3本の何かのうち2本が手持ち無沙汰になっているのが見える。頭のネジがゆるくなっているのか、脳で深く考えること無く口から言葉が溢れた。


「……全部使ったら扇風機になりそうだぁ」

「扇風機……」


 言われたくなかったのか、それともなにかあるのか彼はしばらく考えているようだった。


「……よし」

「はい?」


 勝手に納得したらしく、空いている2本を伸ばして部屋の中を何か探すようにうねうねと動いていく。怖いとかそういう感情を抱くべきなのだろうが、外の暑さにやられてまだ回復していない頭は回らなかった。

 動くのが面倒くさくて至る所に適当に置いてある団扇を残りの2本でそれぞれ持って戻ってきた。


「見てろよ」

「はぁ、見てますが」


 きゅっと根本で3本をくるくると自分で絡めていき、一定のペースで戻したり絡めたりして団扇を持ったまま器用に回し始めた。パタパタと音を立てて、こちらに風が送られてくる。

 そう、それはまさに。


「これでいいか」

「おっ、おぉ……!? 扇風機だ……!?」

「よかった、あってた」

「俺は涼しいですけど疲れませんか……!?」

「別に。最近食べすぎだったぐらいだし」

「え?」

「……なんでもない。涼んでたらいい」

「はーい」


 何時になく気の抜けた返事が出る。

 今なら襲われても文句は言わない、と思っても特に何をされるでもなかった。


 ただパタパタくるくると回る手動の扇風機で、ぼんやりとした意識がはっきりするまで俺は休んだ。

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