第6話 影の文字

【文披31題】DAY6 テーマ「筆」


「それなに」

「昔の……宿題ですかね」

「しゅくだい、イズなに?」


 不思議な喋り方するよなぁ。

 考えてから足元に転がる得体のしれない黒い、赤い光が三つある物体を見る。

 そもそも存在が不思議じゃないか、と飲み下して目の前に広げた半紙を見る。

 遥か遠く、まだ俺が小学生だった頃の習字の文字が書かれたそれ。

 普段ならやる気も起こらない片付けに、手をつけてみようと思った結果見つけてしまったもの。

 まだ俺が、普通に勉強についていけてた頃のもの。

 見ているだけで苦い気持ちになる。


「物事を教えてくれる所で、次に来るまでにやっておきなさいって言われるところですかね」

「面倒くさそう」

「あってます」


 無理矢理やるから嫌になるし、やらされていることをやった気になるから記憶にも残らない。なんてひねくれた事を考えながらファイリングされた習字を全て別の場所へと動かす。

 なんでこれがメインで使っている生活コーナーにそのままあるんだ。


「何で書くの?」

「筆ですね」

「筆、苦くてまずい」

「基準は味なんですね……?」

「ウン」


 最後に握ったのはいつだっけ。

 考え始めてファイルがここにあった理由を思い出す。事務所の頃に書き初めとかしたんだった。


 机の下にまだあるかも、と思って覗き込むと丁寧に扱ってきた習字道具がキレイに収まっていた。


「あった」

「それなに」

「習字道具です。文字が書けます」

「アッ、苦いヤツ」


 返す言葉も見つからないのでそのままにして道具を引っ張り出す。

 その周りをころんころんぴょんぴょんしているのをぼんやり眺める。


「書くの?」

「あー……中身が無事か見る、だけですかね」

「書かないんだ」

「見たいんですか」

「書きたい」

「書きたい?」

「ウン」


 若干大きくなった赤い光が期待に満ちている気がする。まあ、良いか。道具を机の上に並べて、墨汁を出す。

 半紙を用意して、文鎮を乗せて、筆を近くに転がす。おもむろに赤い舌で巻き取って掴んだので一瞬引いてしまった。


「……にがいぃ」

「手で握ればいいのでは」

「アッ」


 パッと筆を落としてしゅるるんと人型に近づく。真っ黒な手で太い筆を掴む。


「書いていい?」

「どうぞ」


 何を書くんだろう、と思って見つめる。

 紙の真ん中にスラスラとものすごく綺麗に書かれた文字に混乱した。


「えっ」

「やっぱり下手だった? 昔よく怒られて」

「いや! いや……すごく上手です」

「嘘ついてる?」

「こんなところでウソついてどうするんですか」

「やったー」


 身体を左右にゆったりと動かしながら、楽しげにようは言う。

 一体どこで習ったのか。

 筆で書かれた綺麗な文字をまじまじと見つめる。


【食欲旺盛】


 何を思ってこの四字熟語を教えたのか問いただしたい。

 いや、理由は大体分かるんだけど。


「どこで習ったんですか」

「ナイショ」

「他にも書けます?」

「ウン。色々書けるよ」


 次々と食べ物に関する単語と言葉が達筆で書かれていくのを笑いをこらえながら俺は見ていた。

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