第5話 影とするたのしい花火
【文披31題】DAY5 テーマ「線香花火」
「……面倒くさいな」
「なにが?」
先程薬局のくじ引きで当ててしまった景品を片手に俺が呟くと、首周りに纏わりついていた影がぐるぅりと小さく傾きながら問いかけてくる。
寝ぼけて「暑い!!」と叫んだらしく、
何がどう冷たいのかとかあんまり考えたくはないけど、心地は良いのでそのままにした。
周りに人が居ないのを確認して質問に応える。
「家に置いておくには火薬だから危ないんですよ、これ」
「食べる?」
「お腹壊しますよ」
「ううん、ぱちぱちしておいしい」
「まじかー……」
思わず俺の素が出てしまう。
というより食べたことがあるのか。
いやあるか。
今でこそ平和ではあるけど、遡ったら「何もなかった」場所じゃあない。
テンチョウと顔なじみなら、はるか昔から居るかもしれないし。
「……花火見たことあります?」
「おっきくてどーんするキレイなやつ。おいしい」
「おいしい……」
職人さんが手掛けてるんだけど、という感想は飲み込む。もしかすると打ち上がった方の火花を食べて居たかもしれない。都合のいいように受け止めて流す。手元の家族用の、そこそこ値段のする花火セットを見る。
「これはほとんど大きくはないんですけど」
「ふぅん?」
「やってみます? 夜の川辺でやるのでちょっと大変ですけど」
「ああ、いっぱい居るもんね」
何が?
聞いても良い答えは得られないのがわかっているので俺は言わなかった。当然のように頭っぽいところを揺らして彼は勝手にうんうん、と言いながら頷く。
「虫が一杯来ますからね」
「それぐらいならなんとかする」
「おぉ……」
「それ以外は無理」
それ以外って何?
夜の
「どこいくの?」
「そういうのに強そうな人のところへ」
「本屋はいや」
「そっちじゃないです」
「どこ……あ」
看板と、ちょうどその下で掃き掃除をしている人物を見て少しだけ怯んだのが分かる。
だがテンチョウを見た時ほど萎縮していなかった。険しい顔をしながら、和菓子屋・
「……また拾い物か」
「いえ、期間限定で預かってます」
「なおたちが悪い。お前たち兄弟は」
「彼と花火がしたいんですけど、どこかいいところ知りません?」
いつもどおり始まる小言を受け流して、自分の聞きたいことを聞く。今、兄弟って言ったか? 兄さんもなんかやらかしてるのか。気になりはしたが遮ってしまった以上続きは聞けない。
俺が花火セットを持っているのを見て、
「神社の『裏』でやればいいだろう」
「それで良いんですか神様……」
月末のお祭りの会場の一つ。
その神様の一側面、それが目の前に居る
彼の言う裏とは神社の裏手ではない。
人間はうっかりか、招き入れられないと入れない『裏側』のことだ。
ホラーゲームだと入ったら真っ赤だったりするまずい方になるが、あそこは穏やか。
穏やか過ぎて誰も居ない場所。
「それを連れてやるなら一番安全だと思うが」
「長居したら彼だけ徐々に消えたりしないでしょうね」
「保証は出来んな、それの性質は俺とは相性が良くはない。終わったら速やかに帰ることだ」
「じゃあ、夜にお借りします」
「帰り道が危ないだろう。今、借りていきなさい」
「え……」
言い返すまもなく、気がつけば神社の『裏側』に居た。
誰も居らず、静かで心地よさを感じる程度にひんやりとしている。
火を使っても問題のなさそうな、開けた場所。
ご丁寧にバケツに入った水が3つも置いてあった。多分だが花火を使い終わったら勝手に戻ってこれるんだろう。
この街の人外は話が出来そうで聞いてないか聞かないことが多い。慣れたくもなかった日常を受け入れて、ビニール袋を開く。
「親しいのか」
「え?」
「親しいのか?」
「ああ、
「和菓子屋なのか?」
自分で言っておいて、前の職業を口にするのが少し憚られた。不思議そうにぐるぅんと身体を回してこちらを見ている。
言った所で
「アイドル」
「それなに?」
「……自分の人生を消費して他人に笑われて後ろ指刺されて好き勝手言われる仕事?」
「つらそう」
「ははは、今はもうなにも感じてないですよ」
赤い三つの光が俺をじぃっと見つめたまま動かなかった。反応としては間違えて無いと思うんだけど、何かおかしかっただろうか。
反動をつけてぽよんと首元に当たって来たかと思うと、急にせわしなく身体を揺らして話題を変えてきた。
「花火、花火、はやく、はやくみたい」
「え、あ、ああ。はい」
裏側なら別に、魔術を使ってもいいか。
そう思って線香花火を一つ手にとって火を付ける。
昔なら大爆発してたかもなぁ、と思いながら火加減がうまくなった事に口が緩む。
ぼうっと明るく点ったそれを少しだけ大きくなった赤い三つ目が見ている。
「きれいだけどちいさいね」
「そういう花火なので」
「ふぅん……いつ終わるの」
「落ちたら終わりですね」
「じゃあ、下で待つね」
「え?」
首からするりと器用に、蛇のように這いながら砂利に着地する。
小さく灯った火花の下で、赤い舌を出して待っている。
「これでよし」
何が。
おかしいな、そういうんじゃなくてこう。
普通切なさとか儚さとか感じる花火だった気がするんだけど。
若干混乱しているうちに落ちた火花が舌に乗り一瞬飛び跳ねる。
そしてごくんと飲み込むと満足げな声がした。
「ぱちぱちひさびさ」
「お、おう……美味しかったですか?」
「ウン。ほどよい刺激と苦味。もっと」
「はいはい」
バケツいらなかったみたいです、
なんて思いながら火を灯してはその輝きを、赤い舌に落ちるのを、影が飲み込むのを眺める。
事務所に居た頃は夏場に大人数でやったっけ。
正直まとめる方に意識が行ってたから楽しいというより疲れのが強かったような気がする。
そうして気持ちが暗がりに引きずられかけるのも、火の玉が飲み込まれるのと同時に戻される。
感傷に浸るには目の前の絵面が面白すぎる。
口を開けて待ってるところに落とすのはこう、なんだっけ。そう、ツバメで見たことある感じ。
食べてるものが危険すぎるけど。
気がつくと線香花火は無くなっていた。
「もう終わり?」
「他の花火ならありますけど」
「食べる!」
「……あ、ハイ」
目的が代わりつつあるけれど、二度とやらないと思っていた花火が楽しめている。
身体を伸ばしてもいいだろうに、何故かぴょんぴょん跳ねながらねずみ花火を追いかける黒い塊に思わず呟いていた。
「ありがとう」
「ん? ふぁに」
ちょうど花火を口でキャッチした葉が返事をする。ごっくん、と丸ごと飲み込む音がする。お腹壊さないか心配ではあるが、今日はゴミが少なくて片付けも楽そうだ。
「楽しそうですね、って言ったんですよ」
「ウン。楽しい。ありがとう優史」
「どういたしまして」
袋の中にあった花火を全て終えて戻ると、午後2時の焼き付けるような太陽と暑さが俺達を待っていた。
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