第5話 後輩と僕
付き合いを始めた後も、春見は暇を見つけては同じようにうちまで来てくれた。
今日も、いつものように隣同士で寝ている。
春見の息が触れている。優しい目で見つめられている。時折、肌が触れ合って、わずかにくすぐったさを覚える。
「先輩、狭くないですか?」
「大丈夫だよ」
添い寝をする距離は付き合う前と同じか、それよりも少し近い。
以前も距離は近かったが、これ以上はだめだという無意識の境界みたいなものがあった。心の中で抑えていたそれが、今はない。
告白をして、受け容れてくれた。
恋人とかいう、どこにでもいるのに、自分には遠いと思っていた関係になった。
彼氏彼女とか、まだ実感がわかない。
この幸福な空間を、ふわふわしたまま漂っている。
ふと、不安が口をついて出る。
「春見は……本当に僕でいいの?」
「当たり前ですよ」
優しくて、落ち着いた声だ。春見の声はいつも落ち着いていて、安定している。最近は声を聴くだけで力が抜けてくる。
「先輩はきっと、自分をだめな人だって思ってるんですよね」
そうだと思う。折に触れて、どうしてこんな何もない僕が、と考える事がある。胸とか頭のどこかに、ずっと前からそういう思考が巣食っている。
「自分をだめだって思う事自体は……だめではないと思います。自分が自分の事をどう思っても、それは自由です」
春見は否定をしない。ただ囁いて、頷いてくれる。
「でも私は、自分をだめだって思ってる先輩を好きになりました。私が先輩を好きなのは、伝わってますか?」
楽しそうに言われる。当然だと頷く。
春見はくすくすと笑った。
「私は先輩でいいんです。いえ……先輩がいいんです。だめだめな先輩でもいいですよ。それなら、私以外の人は見ないと思いますし」
幸せだなと思う。隣で彼女が……春見がこうして静かな声をかけてくれて、様々な物から救われている。
「だめな先輩が好きです。先輩はそんな私だけを見ていてください。自分をだめだと思っても、私は先輩を好きでいますから」
だから今日も、安心して眠ってください。
そう囁いて、緩い力で抱きしめられた。
やがて微睡みが降りてくる。今日もまた深く眠れる事だろう。
目が覚めた時も、春見が傍にいてくれる。その事を思うと、何か大きなもので包まれているような安心感も覚える。
そのまま二人で眠りに落ちた。
何か幸せな夢を見た気がしたけど、よく覚えてはいなかった。
恋人の練習なのでという理由で清楚で優しい後輩が寝かしつけてくる。~天使な後輩は辛そうな先輩を癒したい~ じゅうぜん @zyuuzenn11
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