第4話 後輩との生活と聞きたいこと
春見はその後も何度か家に来て色々としてくれた。
単純に話相手としてだったり、また耳かきをしてくれたり、添い寝をしてくれたり。全部、僕を癒すような事を目的としてくれていた。
たまに、何を参考にしたのか、予想外の事を提案される時もあったけど――。
◇
ある日。
「先輩が見ている配信者の人、たまに不思議な語尾の人がいますよね」
「……いるね」
キャラクターとして特色を出すために、あえて喋り方に特徴を持たせている人もいる。春見みたいな、あまりそういうものに興味の無い人から純粋に尋ねられると、少し居心地が悪くなるのはなぜだろう。
「私も何かつけてみた方がいいでしょうか」
「え?」
「『にゃ』とかどうでしょうか。猫って、見ていて癒されますよね……。なので、猫の声真似をして耳かきをすれば、もっと癒されるんじゃないかと思いまして」
春見はとても真面目な顔だった。
そう真面目に言われると、たしかにそうかもしれないという気がしてくる。
「じゃ、じゃあ……やってもらおうかな」
「はい、やってみますね」
その日は話す語尾が『にゃ』になる耳かきをしてもらった。
「せんぱい、お耳掃除をしますにゃ」
「ここは気持ちいいですにゃ?」
「にゃ~……にゃ~……」
やってるうちに春見の顔が赤くなってきたので、「普通で大丈夫だよ」と伝えてもとに戻った。
翌日、春見は僕の顔を見る度に頬を赤くしていた。
◇
また別の日。
「先輩、今日は私の事をママだと思ってください」
「……?」
「そして、先輩は私の可愛い息子です。ほらおいでー♪ 一緒におねんねしようねー♪」
「……いや、急に入り込むのは難しいけど」
流石に厳しいと思ってしまう。僕の中の春見は後輩のままだ。ママにはならない。
「先輩……だめですか?」
悲し気な目で見つめられる。
考えてみれば、断るという選択肢は初めから無かった。色々やってもらっているのに、今日だけだめだと言うのは気が引ける。
僕が赤ちゃんになればいいのだ。
「わ、わかった」
「はい♪ 精一杯甘やかしをしますね。じゃあ、おねんねの時間だよー♪ ぎゅっとしててあげるからねー♪」
ノリノリだ。楽しそうだからいいか……。
その後、ちょっと引くぐらい熟睡した。
◇
睡眠のために、耳かき以外の事もやっていた。
「今日は……動画で見たものを色々やってみますね」
「うん」
「まずはタッピングというのをしてみます」
「タッピング?」
何か叩くような感じだろうか。寝転がった僕に、春見が手を伸ばす。
「はい、お耳の周りをとんとん、と叩いたりするみたいです。やってみますね」
春見の人差し指が、両耳の周りを叩いている。とことこと早いテンポで叩いたり、とん、とん、とゆっくり同じリズムで叩いたりする。
「どうでしょうか……?」
「うん……気持ちいい」
「よかったです。あとは、お耳を塞いだり……」
春見の声がこもる。密閉感が意外と気持ちいい。
「ぐにぐにマッサージをしたり……」
耳がぐにぐにいじられる。耳周りがあたたかくなってくる気がする。
「あとは、耳に息を吹きかけたりします。ふー……」
「おわ」
春見が顔を移動させて、耳に息を吹きかけた。ぞくぞくして声が出てしまう。
春見の表情が心配そうなものに変わった。
「あ……お耳にふーはだめでしょうか……?」
「……いや。慣れたら、大丈夫だと思う」
「そうですか、わかりました。……そうしたら、もう少し優しくやりますね」
そんな感じで、色々と耳の周りをいじられながら過ごす日もあった。
◇
そう言う風にいくつかの日々を過ごしていた。今日もまた、家に春見がいる。
「おねむですよー……。まず足から力を抜いていきましょうねー……」
最近はほとんど毎日のように春見に寝かしつけられている。
「息を吸って……吐いて……」
初めの頃と比べて、だいぶ春見に慣れたと思う。
家に春見がいる事も見慣れてきたし、最近は膝枕にも抵抗を感じなくなった。自分を明け渡していると言ってもいい。気づいたら、眠る事を考える前に眠れている。
春見のおかげだ。
――ただ、一個だけ、どうしても。
ずっと聞きたいと思っているが、聞けないものがあった。
「あれ……先輩? 顔が硬いです。最近また寝つきが悪くなってますね……」
「……そうかな」
「私の寝かしつけが良くない……でしょうか?」
「いや、春見の寝かしつけは完璧だよ」
「では、悩みとかでしょうか? 私に言える事でしたら、言ってみてください。……先輩がよく眠れないのは、私にとっても深刻な問題です」
春見は心配そうに僕を見おろしている。
……言えない。言えないけど、言わなければ今後もずっとこんな顔をさせてしまうだろう。
今、言うしかないか。
きっといつかは言わざるを得ない事だ。
「……聞こうか迷ってたんだけど」
「はい」
「春見って僕が寝たあと、何か喋ってるよね……?」
「――へ?」
春見はぽかんと口を開いて、それから急速に顔を真っ赤に染めあげた。
「しゃ、喋って……!? 喋ってないです……!」
「え、ほんと……? 『好きですにゃー』とか言ってない……?」
「~~~~っ!」
たぶん僕の口から出たら一番恥ずかしいであろう台詞を選んで言った。
案の定、春見は声にならない声をあげている。
気づいたのは偶然だった。たまたま、眠る所とそうでない所の境目くらいで微睡んでいた時があって、その時に囁き声が聞こえたのだ。
その後も何度か、眠った後に囁かれる事があった。内容は同じ。
それを知ってから、どうしても眠る時にそわそわしてしまう。
「せ、せせせ、せんぱいは」
混乱しすぎて、台詞が壊れたビデオみたいになっている。
「その、い、いつから……?」
「一週間前くらい?」
「い、いっしゅう……」
絶望の表情だ。言葉を失っている。
この一週間の間も何度か聞いていた。早めに眠れてしまえば知らんぷりもできるけど、眠ろうとすると眠れないのは睡眠の常だ。春見を止める事もできないし。
眠り切れずにいるたびに、耳元で囁かれていた。すき。すき。すき……。
「……すきっていうのはさ」
「ひゃ、ひゃい」
「……そういう意味?」
しばらくしてから、か細い声で、「はい」と認められる。
「せ、先輩」
「ん?」
「もう、あれなので、言わせてください」
潤んだ瞳で見つめられる。
「私は先輩のことが好きです」
感情を抑えるような、静かな声。
「前からずっと好きでした。先輩、気づいてなかったですけど」
それはそうだ。そんな事、まったく気づいてない。前までは思いつきもしなかった。春見が僕を好きとか。
「時間が過ぎる度に、私の好きだけが増えちゃって、悩んでました。……もし伝えたとしても、急に自分を好きだって後輩が出てきたら、先輩はびっくりしますよね」
たしかに前までの僕が、急に春見から好きだと言われたらびっくりする。
接点も無いし、信じきれないかもしれない。
「この前、先輩の辛そうな姿を見て、このままじゃ倒れちゃうと思ったんです。どうしても何かしてあげたくて。……なので練習って事に」
春見の目に、僕が映っている。
きっと少し前の、辛い顔をしていた僕を思い出している。
「あの時は結構出まかせでしたけど、意外とあっているかもしれません。……私はずっと……先輩と恋人になった時にしたい事を練習していて……」
そこではっと気づいたように、春見が手で僕の目を覆った。
視界が阻まれ、春見の顔が見えなくなる。
「……その、返事はしなくてもいいです。知っておいてもらえたら、それで」
声音には照れとか、恥ずかしさとか、混乱とか、色々とない交ぜになっていた。
その様子に微笑ましくなる。
「返事はいいの?」
「え……!? いえ、その、私は今のままで満足と言いますか」
ここまでしておいて、現状維持は逆に難しいんじゃないだろうか。
「先輩、笑ってませんか……?」
「いや、そんなことないよ」
「絶対笑ってます……!」
焦った春見は珍しいなと思った。
いつも僕の方が寝かしつけられて、子供みたいな立場なのに。
春見を安心させるために僕を口を開いた。
◇
その日、僕たちは恋人になった。
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