プロローグ2

 隙の無いきっちりとした服に着替えると、オルクスは未だにベッドの上に座っている私を見る。


「今日の服は……」

「可愛いでしょう? この小さいリボンが特にお気に入り!」

「……髪飾りはそれじゃない方がいいな。あとで変えさせよう」

「そう? わかったわ」


 よかったぁ、ドレスにダメ出しされなくて!

 前に似合わないって理由でドレスをその場で切り裂かれて消し炭にされたし、そのドレスのデザイナーの首が物理的に飛びかかったんだよね。

 あの時は、罰として私の意見を取り入れたドレスをいっぱい作る事でなんとか誤魔化した。

 オルクスは腕を伸ばして私を抱きかかえると、そのまま寝室を出る。

 向かった部屋は簡易的に食事やお茶なども出来るスペースで、そこにはすでに朝食が準備されていた。


「今日もとっても美味しそう」

「そうか」


 仕方がないのかもしれないけど、洋食なんだよね。

 嫌いじゃないけど、和食がそろそろ恋しいよ。

 オルクスに言ったら大騒ぎになりそうだから言わないけど、こっちの世界にあるかな、納豆。

 オルクスが私を指定の席に座らせるとそのすぐ隣に座る。

 外見年齢が幼い私の食事は、全て切り分けられているから、気にすべきところはカトラリーの扱いだけ。

 もっとも、それもまだ早いというオルクスと、ワンプレートでいいという私の希望により、大分簡略されている。

 初めの頃に出ていた朝からこってり料理はちょっと……。

 私にやたらと食べさせようとしたオルクスは、朝食では果物しか食べないしね。

 もぐもぐと刻んだベーコンと人参、ほうれん草、玉ねぎが入っているオムレツを食べていると、ふとオルクスの動きが止まる。

 どうしたのかと視線を向けると、オルクスが手にしていた苺をお皿に戻した。


「ライラ、今日の苺は瑞々しさが足りない。口にはしないように」

「え、そうなの?」


 見た目では新鮮プルプル。何だったら朝一で摘んだばかりのように見えるのだけれど?

 うん。真っ赤でまさにルビーのごとく煌めいていて、熟していて食べたらさぞかし甘いんだろうって思えるんだけど、瑞々しさって……。


「柔らかすぎる。こんなものを私やライラの食卓に出すなど……」


 それは純粋に熟しているのでは?

 いやっ、それよりも今日の果物を準備したコックの首(物理)の危機!


「熟したのを選んでくれたのよ。知ってる? 私、熟した果物も意外と好きよ。もちろん、若いものがいい時もあるけどね」

「……ライラがそう言うのなら」


 そう言ってオルクスは再び苺を手に取って食べ始める。

 よかったぁ、(物理的に)首が飛ばなくて。

 内心で息を吐き出しながらシャキシャキのサラダを食べる。

 あー、サラダ美味しい。

 よく転生物だと食文化が遅れていてそれを発展させるチートとかあるけど、この世界は前世と似たような食事事情なんだよね。

 この国は基本洋食だけど。

 塩コショウだけの味付けじゃないのは、やっぱりこの世界が乙女ゲームの世界にそっくりだからかな。

 ……そう実はこの世界、『フルール・ド・フルール』略して『フルフル』は、恋と冒険と魔法の女性向け冒険・戦略・恋愛シミュレーションゲームの世界に凄まじく似ていたりする。

 むしろ、その世界にイレギュラーの私が飛び込んだような感じだ。

 そして何を隠そう、私の隣で無表情に苺をゆっくり食べているオルクスは、『フルフル』における攻略対象の一人。

 妹姫ヒロインが女王になる為に協力する可能性も、敵対する勢力につく可能性もあるキャラクター。

 その行動は「面白いものが見たい」で決定されると言われるが、正確には妹姫ヒロインのステータスとかそれまでの外交回数とか、味方につけている国の状況とか、色々細かい条件がある。

 もちろん、どちらの勢力にも加担せずに登場しない事だってある。

 オルクス=ブランシュアは、ゲーム内では『白の魔王』『動く彫刻』などと言われている。

 実際に魔国内では『冷酷無慈悲残虐非道の鉄仮面』なんて言われていたりするけど、本人の前でそんな事を言ったら即座に消し炭か、氷の彫刻になった後に木端微塵になる未来しか想像できない。

 そしてここで最大のポイント。

 ゲーム内のオルクスに娘などいない。繰り返そう、娘などいない!

 妹姫ヒロインの陣営につく時に「退屈な時が少しでも減りそうだ」とか言うのに、娘が居たら台無しでしょ。

 現状、寝る時とお風呂は三ヶ月を過ぎたあたりから別々にしてもらっているけど、それ以外はべったりなのに、退屈も何もないでしょう!

 私を着飾らせるために魔国の有名デザイナーを集めて、無表情だけどウキウキとドレスのデザインをする男が、退屈なわけ無いよね!

 あああ、私というイレギュラーのせいで台無しだよ!

 ダークヒーローとして、正統派のヒーロー系攻略対象と並んで人気のキャラなのになんかごめんなさい。

 食後のミルクを飲みながら心の中でしくしく泣いていると、ポンと頭を撫でられる。

 魔力が未だに繋がっているおかげで、オルクスは私の大きな感情は読み取れるらしいんだよね。


「詳しくはわからないが、自責の念に囚われる事は無い」

「でも……」

「乙女ゲームとやらは興味が無い。私にはライラがいればそれでいい」

「それっ妹姫ヒロインとエンディング迎えた時の台詞のアレンジっ」


 どこか聞き覚えのある言葉に思わず涙が流れてしまいそうになる。

 こんなタイミングで聞きたくなかった!

 『フルフル』はボリュームのある乙女ゲームだったから、全部のシナリオを網羅しているわけじゃないけど、どんなシナリオにでもオルクスの娘なんて登場しないだろう。


「混乱のあまりパパには乙女ゲームの事話しちゃったけど、妹姫ヒロインはどう動くのかな?」

「さてな、お前の言うペオニアシ国の動向を探っているが、言っているように二人の王女に継承権を争わせる予定のようだな」

「予定……今はまだしていないの?」

「王女はどちらも国の中等学園に通い始めたばかりだ」


 その言葉に「ふむ」とカップを置いて顎に手を当てる。

 中等学園が始まっているという事は、前哨戦がスタートしているという事だ。

 まずは中等学園で出会う攻略対象を、自分の陣営に引き入れる事からスタートしなければいけない。

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