プロローグ
ギャーギャーと鳴く黒鳥の声。赤い月が昇る、今にも溶けだしそうな赤い空。
どこかの世界のホラー映画のワンシーンのような窓の外の風景。
不気味でしかない風景からガラスとカーテンで隔離されるのは、子供用の可愛らしい部屋。
寝室であるその部屋の中央には、それを使用している人物に不釣り合いなほど大きなベッドが置かれており、真ん中に眠っていた私はぱちりと目を開けた。
むくりと体を起こす頃には、寝室の扉が音もなく開けられ、専属メイドのナムタルが爽やかな笑顔を向けてくる。
「おはようございます、姫様」
「おはよう、ナムタル」
いつもながらどうやって私の起床を察知しているのかしら?
「本日は姫様がお生まれになって半年目の記念祝賀会でございますよ」
「先月は五ヶ月目の記念日を祝ったわ」
「来月は七ヶ月目の記念日をお祝いします」
祝いすぎじゃなかろうか、とため息交じりに言ったつもりが、なぜか来月の予定を告げられてしまった。
そうじゃない、そうじゃないんだよナムタル。
「恋人記念日は毎月お祝いするの♡」みたいな付き合いたてカップルじゃあるまいし、そんなに頻繁に祝わないでいいんだよ。
とはいえ、主催しているのがこの国の絶対的権力者である以上、開催は決定か。
「うーん、パパにこんなに祝わなくていいって言おうかしら」
私の言葉にナムタルが一瞬だけ体に力を入れた後、まるで聞かなかったように笑みを浮かべ直した。
「さぁ姫様、朝の身支度をして陛下にご挨拶に参りましょう」
「パパはもしかしてまだ寝ているの?」
「はい」
おかしい、この世界に転生して三ヶ月程は一緒に寝ていたけど、少なくとも私より後に寝て私より先に起きていた。
なんで部屋とベッドを別にしてから私より起きるのが遅くなったのかしら?
しかも、私が起こしに行くまで起きない病らしいけれど、ないわね。
ナムタルの手を借りて顔を洗って歯を磨いて、スキンケアをしてもらってからお着替えのために他のメイドもいる衣裳部屋に移動する。
既に本日着るドレスの候補は決まっていたのか、いくつかの候補の中から一つ選んで着せてもらうと、衣裳部屋を出る。
「ネルガルおはよう」
「おはようございます、姫様」
私専属の護衛騎士のネルガルは魔王陛下の専属護衛騎士だったのだけれども、私という存在が現れて以降は私の専属護衛騎士になっている。
「今日もパパはお寝坊さんなのよ。困ったわね」
「ははは、陛下は可愛い姫様に起こしてもらいたいのですよ」
「我儘だわ」
プクリと頬を膨らまして言ってから、両手を伸ばして「抱っこ」とネルガルに言う。
もはや慣れたもので、ネルガルもにこやかに体重を感じさせない仕草で抱き上げると、そのまま部屋を出て廊下を歩いて行く。
ふう、この世界に転生して半年。この廊下を移動するのにも慣れたわね。
私は前世の記憶を持つ超絶稀少魔族の
異世界の魂がこの世界に紛れ込んだ際、魔王が月光浴をさせていた古代から伝わる銀月長石に宿った結果生まれた存在。
そしてこの肉体はとある人、隠すのもどうかと思うので言ってしまうが、魔王オルクス=ブランシュアの魔力と私の魂の精神エネルギーで出来ている。
オルクス曰く、記憶こそ『私』ではあるけれども魂は『ライラ=ブランシュア』という別の存在に昇華されているらしい。
「私の魔力と―――の魂の精神エネルギーを使用して生み出された子供だ。言ってしまえば娘のような存在だな。私の事は今後パパと呼びなさい」
ベッドの上で目覚めたばかりでポカンとしていた私に、初っ端からオルクスはそう言い放ったのがまだ記憶に新しい。
その日から、私はオルクスと共同生活を始める事になった。
曰く、肉体は作り出したものの、肉体に新しい魂と前世の記憶を馴染ませるため、オルクスと一緒に過ごし、常に魔力の補給を受ける事が一番だと言われたから。
日常生活を共にするのは構わない。いや、超弩級に美形なオルクスと常日頃一緒というのは緊張するんだけど、魔力の供給をしてもらっているからか、落ちつける相手なのも事実だ。
でも、お風呂まで一緒はないと思う。
思い出してネルガルの腕の中で悶絶していると、ネルガルが足を止めずに「どうしました?」と言ってくるので、「なんでもない」と顔を赤くして答えた。
まあ、二人きりで入っていたわけじゃないし、メイドも居たんだからノーカンよ。
そもそも前世で看護師さんや医師に裸を見られるのなんて慣れているんだし、自称パパに見られるなんてどうってことはないわ。
そんな事を考えているうちにネルガルがオルクスの寝室の前に到着し、そっと床に下ろされる。
「いってらっしゃいませ」
「はーい」
扉を開けてもらって中に入ると、そこには魔王の部屋とは思えない清潔感に満ちた寝室。
白を基調に優しいアイボリーが広がっていき、差し色に時折黒はあるものの、目立つというよりも引き締めるという印象が強い。
そんな部屋をとことこと横断し、ベッドまでいくと「よいしょ」と声を出して天幕をめくる。
そこには白銀の艶やかな髪、陶磁器のような滑らかなシミ一つない肌の超絶美青年がいる。
この美青年こそが魔王オルクス。
はぁ、今日もオルクスはかっこいい。
今は閉ざされている銀色の瞳ももうすぐ見ることが出来ると、ドキドキしちゃう。
「パパ、起きて。朝だよ~」
「……おはよう、ライラ」
「今日もいい天気だよ」
ベッドの上に乗ってオルクスの傍に行くと、その横にペタリと座り、ポフンと抱き着く。
ジワリと体に流れ込んでくる魔力の感覚が気持ちいい。
前世の経験で例えるのなら、日陰でのんびりしている時にふわりと温かい風が吹き込んでくる感じ。
はぁ~癒される。相手は魔王だけど。
「美味しい朝食の準備をしてくれているから、一緒に食べよ」
「そうだな」
オルクスはそう言って私の頭を撫でると、ベッドから移動してバサバサと夜着を脱いでいく。
いつの間にか寝室に入ってきていたメイドが水盆を用意し、下着だけを纏ったオルクスが顔を洗い歯も磨くと、すぐに着替えが始まる。
私の服はメイドが毎日楽しみながら選んでいるようだけれども、オルクスの場合は前夜に自分自身で選んでいるようでメイドが選ぶことは無いらしい。
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