二次元の怪

ミゴ=テケリ

第1話


 深夜二十三時、明かりの落ちたオフィスで30代ほどのくたびれた男が一人パソコンに向かい作業を行っていた。

「ふう、もうこんな時間か、なんとかあと一時間で5ページ仕上げないとな。全くなにが

全く何が号泣会見だよ、そんなのもうどこも書いているよ。何か話題が有れば編集長のヤツすぐに尻馬に乗るんだからな全く」

 何処でも特集しているあまりに面白みのない材料で書かされていることに自然と愚痴が零れた。期日が明日の記事に対し軽く伸びをし、首を回して気合いを入れなおすと再びパソコンとの格闘に戻った。

 二十三時五十八分、掛け声一つenterキーを押す。ラストスパートより格闘すること約一時間に及ぶ期日のデスマッチはこちらの勝利に終わった。

何とかできたか。入社してみたものの来る日も来る日も日常の域を出ない平凡な記事ばかり、経済やら天候やらの特別はあっても怪盗からの予告状や前代未聞の異世界の発見とか非日常の記事が書きたい。そんなことを考えつつ帰り支度をしていると不意にパソコンの一台が起動し画面の光が暗いオフィスの一角に青い影を落としていた。

「全くこんな時に誤作動かよ。まあ帰る前に気が付いてよかったと考えるか」

 疲労で重い瞼を指でこすりながらパソコンに近づく、ふと画面をのぞいてみるとそこには映画「俺達のデスゲーム」のポスターが映し出されていた。

「俺デスか懐かしいなこれ子供時見たよ」

 懐かしいチラシをみて、俺は幼いころに思いをはせる。あの時はよかったな、したいことができたし将来に悩みもなかった、何より毎日が初めての事でわくわくしていた。翻って今はどうだ将来がわからないからしたくない事でもしなくちゃいけない、この不景気かつ就職難の最中やりたくないからと言って辞職しても新たな職に就けるとは思えない。

「俺、何言ってるんだろ」

 疲労のせいかおかしな事を口走ってしまう。

「相当疲れてるなこれ」

「なあなあ」

 ヤバいな徹夜のテンションで仕事してたせいか幻聴が聞こえる。

「あんさん、あんさん」

 本気でヤバいな、聞こえるはずのない声に加えてなんかパソコンの画面まで歪んで見える。明日は休みとって病院行くか。

「画面見ぃや! あんさんっちゅうて呼んどるやろが」

 苛立ち声と共にパソコンの画面の歪みが大きくなり、俺の前にはポリゴンのような四角い立体的な模様が津波のように迫り垂直を形成したところで制止する。そしてその形を変えていき、爬虫類と猛禽類を合わせたような四本指の手が現れ、俺の顎をつかむ。次に足のない昆虫の腹のような胴体が現れ、最後に原住民の仮面のような細長い楕円形をした頭部が形成され、釣り目、頬まで裂けた口と言う悪魔のような顔が具現化し俺を至近距離から睨みつけてくる。

「あんさんな、一応驚けや、恐がれや。ふつう暗いトコで画面が歪んで一人やのに話しかけられたらふつうビビるやろ」

アニメに出てくるようなどこかコミカルでカートゥーン的な恐怖を与えるそれは、なぜか関西弁で語りかけてくる。至近距離で目玉をグルグルと回し鋭い歯を見せつけてくる様は確かに威圧感があるが、そんなことは今の俺には何の苦にもならなかった。

「……だ」

「なんや、言いたいことがあるならはっきりと言えや」

「最高だ。最高だよ、夢でも妄想でもこの際、なんでもいい。俺はこういった非日常を待っていたんだよ。あの、俺、橋口和真と言います、すみませんがお名前はなにモンですか」

興奮のあまり舌が回らず、テンションもおかしなことになっているが、これが興奮せずにいられるだろうか、俺は両手で相手の右手を取り激しくシェイクハンドしながら自己紹介をすると相手は無言で空いている左手の方で俺の脳天にチョップをかましてきた。

「落ち着けやボケ。あと俺はデジタルなクリーチャーとちゃうで全く」

 映像的な外見から実体が薄いと油断していた俺が予想外の痛みで悶絶しているとなぜか俺の勘違いに冷静に突っ込んでしてきた。

「割と物知りなんですね、悪魔さん」

「悪魔ちゃうわ、俺は画添魔(がてんま)っちゅう日本妖怪の端くれや」

 頭をさすりながら対応するとようやく名乗ってくれた。しかし西洋風のファンシーな外見に似合わずに日本出身とはこんなやつもいるんだな。

「すみませんが私はあなたのような妖怪は見たことも聞いたこともありません」

「まあ、道理やな、日本妖怪、神仏数あれど俺は生まれて高々数十年程度の新参者で小童やからな」

片手を額に当てやれやれと言った風に首を振りながら歎息する。

「そうなんですか、私が言うのもなんですがかなり貫禄あるし怖がる人も多いと思うんですが」

「自分、会話かみ合ってへんで、会話のキャッチボールしようやドッジボールやのうて。まあ実際は怖がる奴はそんなおらへんけどな」

 なぜかあきれられてしまったが、実際俺も高揚感が勝っていなければ恐怖を感じると思うし何より登場の仕方も迫力満点だからかなり怖がられると思うのだが。

「だいたいあんさんのように喜ぶ奴が大半なんやここまで会話するヤツはおらんかったけど、引きづり込んだっても喜びこそすれ怖がる奴はおらへんから結局出してまうしな」

 なるほど妖怪には妖怪の苦労もあるんだな。と言うより最近は二次元を理想郷と考えるやつも多いだろうし……

「そうだいいことアイデアが有りますよ」

「なんや、安さん人間のくせに妖怪に協力するっちゅうのか」

「もちろんタダでとは言いませんよ。ちょっとお耳を拝借」

 画添魔は困惑の声を上げるが俺は気にせず耳元で今思い付いたアイデアを囁く。


___続いてのニュースです。ひと月前から相次いで起こっている不可解な連続窃盗事件についてです。犯行の手口は深夜に忽然と物品が盗まれ、現場にはⅠ、m winnar see you next taim by thief D と書かれたカードが残されており警察は悪質な愉快犯として捜査を進めています。 たった今新しい情報が入りました。先ほどDと名乗る犯人より予告状がスタジオに届けられました。これによると今夜の深夜二時に都庁ビルの展望台にある商品を目こそぎ強奪するとのことです……。


 深夜一時五十分、予告状のあったビルの展望台には夜半にも関わらず多くの人間が集まり全員厳戒態勢を取り、緊張した面持ちで各々の配置についていた。あるものは世話しJ無くあたりを見渡し、またあるものは自分の装備の最終チェックに余念がなかった。

「いいか、警察の威信にかけて必ずあのふざけた犯罪者を確保するんだ」

 現場の指揮を執る警部は監視室に置いて劇を飛ばし士気を高める。

 そして、とうとう予告された深夜二時が音連れた。現場の各員はもとよりモニター室にも緊張が走る。深夜二時になると同時にすべてのモニター、監視カメラに砂嵐が巻き起こった、そして監視カメラは展望台の一角、土産物コーナーに向け光を照射する。次の瞬間先行と共に足のない昆虫の腹のような胴体、爬虫類を連想させる四本指の手、原住民の仮面のような細長い楕円形をした頭部が映し出される。釣り目、頬まで裂けた口と言う悪魔のような顔の異形の者がクキャキャキャと甲高い声で高笑いを上げる。

「お初にお目にかかりますなあ。警察の皆々様方、俺が今日招待状を送らさしていただいた怪盗をやっとります、Dっちゅうモンですわ。一つよろしゅうに」

ひとしきり笑い声をあげるとニシャリと口角を釣り上げ愉悦の笑みを浮かべ、高らかに、そして陽気に名乗りを上げる。

「なんや皆揃いもそろってハトが豆ハジキ喰ろうたような顔しくさってからに」

 監視カメラのモニターをはじめ個人の端末の画面にまで一斉に姿を現した怪盗Dに配備された警官隊、警備員は開いた口が塞がらないといった様相であり、皆一様に目を見開き放心し凍りついてしまった。

「お前の目的はなんだ。おとなしく投降するのなら、まだ軽い罪で済むのだぞ」

 いち早く混乱から立ち直った警部がDに自首を勧める。

「何アホな事言うてんねん、やめろといわれてやめるお人よしおらんやろが、それよりもそんなに見とれとってええんか? もう貰うもんは貰ろとるで」

 その言葉を聞くと疑問に首を傾げるもの、共学に目を見開くもの、様々な様相を呈している。指揮を執り、直に話している警部は一瞬信じられないような顔をした後、徐々に状況が呑み込めたのか蒼白な顔に変化する。

「いかん、奴をすぐに逮捕しろ」

「警部、あれは立体映像ですよ。どうやって捕まえるんですか」

 映像にも関わらず捕まえようとする警部は部下に突っ込まれてつつも確保を命じる。

「警部はんは気ぃついたみたいやけど、ちょいと遅かったようやな」

辺りを見わたし己を誇示するかのように両手を広げ再びクキャキャキャという奇怪な笑声を上げる

「ほな、今回も俺の勝ちっちゅうことで、次もまたよろしゅう頼んます」

 一礼するとともに監視カメラの一台にDの姿が吸い込まれるようにして掻き消える。消え去った後にはただ己の勝ちを示すカードが一枚あるだけであり、警察側の完全敗北は赤子の目にも明らかであった。

「ヤツを探せ、まだ近くにいるはずだ」

 警部は苛立ちまぎれに壁を強く打ち付けつつ追撃を命じる。すぐさまビルの絵入口は封鎖され一フロアづつ虱潰しに探されていくが証拠は何一つ残されておらず、唯一の手がかりは全員の端末に送られた勝利文に映画のポスターが添付されていたが愉快犯の外連味と判断されたがこれこそが最大の手がかりであることはまだ誰も知る由はなかった。

「いやーうまくいったで和真はん」

 展望台のはす向かいのビル、そのトイレの個室にて首から清掃員の首証をかけた和真とトイレの壁に貼られたポスターから上半身を出した画添魔の姿があった。

「こちらも首尾は上々ですよ、いい記事が書けそうです。タイトルは怪盗Dの華麗な犯行、警察は手も足も出ず完敗」

「まあそっちのほうは和真はんの好きにしたらええ。あんさんは俺のことを面白おかしく掻き立てる、俺は和真はんのアイデアを基に警察相手に恐怖を与えるそういう約束やからな」

 お互いに握手を交わし今後の談笑に入る。

「そうそう盗ったものは警察にでも送り付けてください」

「そりゃまたなんでや。せっかく盗ったのに」

 俺の発言に画添魔さんは疑問を浮かべるがこちらにはいいアイデアがある。

「正直あってもかさばるし、使わないくらいなら政治家や警察上層部の名義で帰してやったほうが嫌がらせにも攪乱にもなりますよ」

「うわ和真はんえげつないでんな、真っ黒でっせ。でも確かにその方が面白そうや、いっちょやったりますか」

 画添魔さんにドン引きされるがまんざらでもないようだ。この位した方が世間を引っ掻き回せると思う。長い付き合いになるんだしお互いにウィンウィンでないとね。さて、この記事でまずは一発あてて編集長の鼻を明かしてやるか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二次元の怪 ミゴ=テケリ @karochi1105

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る