第11話 緑陰
「針は抜けましたよ。まだ痛みますか」
「いえ、大丈夫です」
「病院に行った方がいいですよ」
「そうします」
毒性の弱いくらげで助かった。応急手当をし、海水浴場の近くの公園に移動して木陰を見つけてそこで休憩することにした。
杏珠は最初こそ不安気にしていたが、瑛太郎の足がたいしたことはないとわかると、早速公園の遊具で遊び始めた。誰も乗っていないブランコに飛び乗り、ゆっくりと漕ぎ出した。
「いきおいをつけるなよ」
「わかってるー」
まだ幼い杏珠の力ではそれほどブランコを揺らせない。ゆっくりと前後に揺れるブランコを見ながら、瑛太郎と志憧はベンチに腰をかけていた。
陽は傾き、気温も下がってきていた。過ごしやすい夕暮れ、くらげのおかげか志憧とゆったりとした時間を過ごせている。
みてみてーと大きな声で杏珠が片手をブランコからはずして振る。
「手を離しちゃだめだ」
「もってるよー」
注意された杏珠は両手で鎖をつかみ、足を振ってブランコを揺らす。
「本当にかわいいお嬢さんですね」
瑛太郎が言うと、志憧は目を細めて杏珠を眺めつつ答えた。
「杏珠は母親似で。性格はさほど似ていないんですが」
「じゃあ、志憧さんに似ているんですね」
「・・・いいえ?」
「え?」
「僕は杏珠の父親じゃありません」
瑛太郎は言葉を失った。やはりそうだったのだ。でも志憧の顔は晴れやかで、暗い過去があるようには見えない。
「じゃあ姪御さん?」
志憧は笑顔で首を横に振った。
「忘れ形見なんです」
「忘れ・・・」
それ以上志憧は語ろうとせず、立ち上がりブランコに歩み寄った。
「そろそろ帰るぞ」
「やだ、まだあそびたい」
「もうすぐ暗くなる。おばけがでるぞ」
「おばけ?!」
「そう、あたまから食べられるかもしれない」
「こわい!かえる!」
「よーし」
志憧はブランコから降りた杏珠を抱き上げた。杏珠は顔だけを向けて、瑛太郎に言った。
「またあそぶ?」
面食らった瑛太郎が言葉を探していると、志憧が言った。
「よかったら、家にいらしてください。いつでも」
「志憧さん・・・」
「それじゃあ、また」
ばいばーい、と杏珠は手を振り、志憧は小さく会釈した。海で使ったパラソルと敷物の入ったリュックを片側に持って、親子は帰って行った。
眠ってしまったのか、志憧の肩に頭を預けた杏珠の足が志憧の歩くリズムにあわせてゆらゆら揺れていた。
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