第2話 金魚
少女の父親にしては、その男は若かった。表情は柔らかく、娘のヨーヨーを持って手本を見せている。彼が手を叩いて喜ぶ娘の頭を撫でると、少女はもう一度ヨーヨーのゴム紐に指を通し、ぱしん、ぱしんと繰り返す。
父親は唇の端を少し持ち上げて笑顔をつくり、会釈をした。瑛太郎も慌てて会釈を返す。少女は瑛太郎と父親を見比べたが、すぐにまたヨーヨーに夢中になった。沈黙が気まずく、瑛太郎はその場を離れようと一歩後ずさった。
「金魚がほしい」
少女の声が聞こえて、瑛太郎はまた立ち止まってしまった。
父親は娘の頭をぽんと叩いて、立ち上がった。ヨーヨーを持っていない方の手を引いてゆっくりと歩き出す。二人は細い路地を瑛太郎に向かって歩いて来る。瑛太郎はなぜか、その二人が向かってくるのを見つめていた。立ち去ろうと思ったのに、足が動かない。親子は瑛太郎のすぐ前まで近づくと、少女は人懐こい笑顔で瑛太郎を見上げた。
「おまつり、いく?」
その言葉が自分に向けられていることに気づいて、瑛太郎ははっとした。父親は穏やかな笑顔で娘の手を握ったまま、瑛太郎の言葉を待っている。
「う・・・うん」
間の抜けた返事をした瑛太郎に少女は、ぱか、と口を開けてうれしそうに笑った。親子は瑛太郎の脇をすり抜け、大通りに出てすぐに左に曲がった。
それにしてもこんなところに家があった記憶がない。細道の奥は整地されていない空き地じゃなかっただろうか?それとも気にしていなかっただけで、いつのまにか新しい家が建ったのだろうか?瑛太郎は焦げ茶色のドアに近づいた。住宅そのものは新築には見えず、表札もかかっていなかった。見上げると、少女が着ていた金魚と同じ朱赤の屋根。
瑛太郎は振り向いた。当然親子の姿はもうなく、大通りに出ると、手を繋いだ二人は屋台の出ている神社の方向に、右に左に揺れながらゆっくりと歩いてゆくところだった。
ころん、ころんと丸い音が耳に残る。父親は娘を愛おしそうに見下ろし、お団子頭を繰り返し撫でた。少女の浴衣の金魚がはためく裾で楽しそうに泳いでいる。
瑛太郎の足はなぜか、彼らの後を追っていた。
首筋を伝う汗を、手の甲で拭った。
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