第22話 幕が上がる前

 文化祭当日、碧人ら2年6組は来る文化祭に向けて最後の準備を行っていた。


「鶏谷! 準備終わったか?」


 碧人は、クラスの一員の証明として配られた派手な形容しがたいシャツを着て、最後の準備とばかりに飾り付けの最終チェックを行っていた。


「ああ、できたぞ。っていうか地場産品じゃがいもなんだな」


 碧人は、物販スペースに堂々と置かれているじゃがいもの山を見る。どこから仕入れてきたのか、土埃にまみれたじゃがいもが一メートル近くそびえ立っており、その近くには『一個四〇円』と値札もついている。


「ああ、そうだけど前回……ってああ! 前回のLHRの時にクラスの代表者が会議したんだけど、地場産品が被っちゃって、色々と交渉の末にじゃがいも販売することになったんだよ。ちなみに、その被ったクラスはみかんだ」


 ご丁寧にも答えてくれた生徒に感謝し、改めてじゃがいもの山を見る。


「うん。まあ確かに地場産品ではあるけれども。これ売れるのか?」


 文化祭まで来てじゃがいもを買いたい人というのはいるのだろうかという不安が碧人を襲う。

 一部の農業大学とかでは農作物の販売があるとはいうが、それはその大学が農業大学として有名だからだ。一方の遠州経誼高校に農業系の学科はない。


「まあ、なるようになるでしょ。ところで、鶏谷はシフト覚えてる?」


「えーっと、午後からでしょ?」


 鶏谷は、きちんと自分のシフト時間も把握している。基本的に生徒は、クラスの他に部活動のシフトも担っており、一部の人はそこからさらに実行委員なども務めている。生徒たちにとって、文化祭というものは楽しむものではなく適当に仕事を終わらせてから勉強するための時間であった。


「そうそう、忘れないようにね。それじゃ私は宣伝にいってきまーす」


 碧人に話しかけてきた生徒は、クラスの宣伝のために看板を掲げながら適当に練り歩く予定のため一足先にクラスの外へと行ってしまった。


「とりあえず、涼を迎えに行くか」


 碧人はスマホを取り出し、涼の動向を確認する。ただし、涼はまだ出発すらしていない様子だった。


「この様子だと、開始には間に合わないか……。まあ、適当に暇を潰すか」


 碧人が廊下に出ると、既に文化祭準備の終えたクラスの生徒が歩いていた。楽しそうに浮かれているものもいるが、参考書とノートとペンを持ち歩いている人もいる。


「どこで勉強する?」

「トイレでいいっしょ」

「さすがに迷惑だろ……」


 勉強ガチ勢の側を通り抜け適当に歩いていると、人の流れが体育館に向かっていた。


「あら、碧人くん。あなたも体育館行くの?」


 偶然か必然か、碧人が出会ったのは飽海だ。


「ああ、そのつもりなんだけど、体育館で何をやってるんだ?」


 碧人が休んだ日に行われたLHRで文化祭について色々伝えられたらしいが、碧人は聞いていないし聞く暇もない。


「吹奏楽部の最終確認よ。一応まだ文化祭は始まってないから他のクラスに入れない。だから暇つぶしに最終確認を聞きに行っているのよ。尤も、体育館には椅子があるから勉強しに行っている人もいるでしょうがね」


 文化祭よりも勉強のことしか頭にないであろう生徒たちが、大勢体育館へと向かっている。しかし、学年一位の飽海は特に勉強道具を携えていない。


「飽海は行かないのか?」


「行く予定はないけど、碧人くんが行くってなら私は行くけど」


「まあ、今は特に予定もないし行こうかなって」


 涼が文化祭に来るのは、しばらく後の予定だ。クラスの準備も大方終わっており、基本的に暇の人も多い。碧人はどこかで暇を潰したかった。


「じゃあ私も行く。ところで碧人くん、文化祭一緒に回らない? いつ空いてる?」


「ああ……悪い飽海。実は俺、一緒に回る人もういるんだよね」


 飽海の顔が急激に曇る。しかし、そんなこといつものことであり碧人はもはや気にしない。


「……誰? あの也寸志ゴム野郎?」


 飽海から、殺気が放たれた。

 当然だが、これで気づかないほど碧人は鈍感ではない。

 しかし、涼とは一緒に何時間も文化祭を回る予定である。そんな中で、一度も飽海と出会わずに隠し通せるだろうか?

 もし、下手に隠した挙げ句にバレてしまったら飽海という人間は何かとんでもないことをしてしまうのではないか。そんな不安が碧人の中にあった。

 そもそも、あんな金髪の涼を連れ回す時点で目立たない訳がないのだ。


「也寸志じゃないよ。ほら、以前書店であったあの金髪の子だよ」


 碧人は、大人しく飽海に伝えることにした。予め伝えておけば、そこまで飽海は変なことをしないだろうと考えたからだ。


「……そう。まあいいけど」


 誰が見ても明らかなくらい、飽海の声色が変わった。

 異常とも言える変容に、碧人は戸惑うも飽海は体育館の方へと歩みを進めた。


「彼女が来るまでは、一緒にいましょ?」

 

「あ、うん……」


 碧人は、先に行ってしまった飽海を追いかけるように小走りをした。

 そして二人が体育館に入ると、体育館に敷き詰められた椅子はその半分近くが既に埋まっていた。また、壇上には吹奏楽部が汗水垂らしながら必死に楽器を操っている。

 しかし、吹奏楽部が奏でる音楽は校歌など味気のないものばかりである。そのためか、椅子に座っている人の中には寝ている人も大勢いる。


「どうする? 座る?」


 あの中に座ってしまうと、吹奏楽部に申し訳ないことをしているようで少し気が引けてしまう。


「いや、ここで」


 飽海たちは、体育館のキャットウォークへと登ると盛り上がりにかける音楽を聞きながら柵にもたれかかった。

 しばらくの間、お互い何も言わずにいたが碧人が切り出した。


「そういえば飽海は、塾とか予備校行かないのか?」


 飽海の成績は学年一位だ。だからこそ、単純に独学以外もしているのかと思ったのだ。


「行ってないわね。独学した方が早いし。碧人くんは、塾行くの?」


 改めて独学だけで学年一位を取る飽海に感嘆すると同時に、頬杖をついた。


「いや、……なんでもない」


 碧人には、予備校に行く予定はない。


「……そう?」


 飽海は単純な好奇心からとは思えぬ質問に違和感を覚えるも、すぐに学校の放送から異音が響く。


「在校生の皆様へお知らせします。まもなく、文化祭が始まります。今回は、チケット制を廃止し、より幅広い皆さまへ楽しんでいただくことを目的としています。皆さん気を抜かずに、誉れ高い遠州経誼高校の生徒として務めを果たしてください。それでは、文化祭開幕です!」

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