第21話 灰燼

「まずいな……このままだと科学勝利されてしまう。戦争を仕掛けるべきか? しかし、相手の軍事力の方が上。とりあえず、モンちゃんに金を渡して戦争してもらうか。そのうちに高度な弾道学を開発して……」


 涼は、PCの前に座りながらゲームをやっていた。

 勉強の方はきちんと進めている。しかし、息抜きも必要だ。そのため、空いた時間を見計らってゲームをプレイすることにしたのだ。尤も、このゲームは非常に中毒性が高いことで知られるが。


「あ、テノチティトランすぐに陥落した……ん?」


 涼は、スマホを見ると碧人から新着メッセージが届いていた。

 中身を読むと、『明日の文化祭来ないか』というものであり思わず顔を顰める。


「文化祭か……」


 正直な所、涼は乗る気ではなかった。

 文化祭に行けば、元同級生と大勢出会うだろう。相手側は何も気にしないだろうが、涼は気にする。

 もし、自分がこんな姿になったと知られたら。そう考えるだけで、自然とあの学び舎が怖くなってしまうのだ。


「とりあえず、返信しないと」


 スマホを手にして、なんと返信しようかと考える。しかし、中々いい返信の文面は思いつかない。無理して指を動かすも、その指はスマホの画面をタップすることなく寸止めになる。

 少しばかり苛立って来た頃、母親の声が聞こえた。


「涼? ちょっといい?」


 特に返信に急いでいなかった涼は、母親の元へと行くことにした。


「何? お母さん?」


 リビングへと向かうと涼の母親は一枚のチラシを見ており、涼が来たのに気がつくと涼の方を向いた。


「これ、涼は行くの?」


 そう言って、手に持っているチラシを見せつけてくる。

 しかし、その正体は事もあろうに遠州経誼高校の文化祭であった。


「文化祭? ……いや、いいよ」


「どうして行かないの? 友だちとかもいっぱいいたんでしょう?」


「だからだよ」


 涼は不貞腐れた。


「いっぱい、仲良かった友だちもいたよ。だから、こんな姿見せたくない。バレたくないんだ」


「碧人くんには言ったのに、他のみんなにはそのこと言わないの?」


 なぜ碧人は良くて、他の人は駄目なのか。その質問に対し、咄嗟に答えは出てこなかった。


「だってあれは……」


 涼は自分自身の感情を整理する。

 涼が碧人にすべてを伝えようとしたのは、どうすることもできない状態だったからというのが大きい。

 SNSを開いてなければ。あるいは、二段階認証をしていれば。他にも、既読機能がなければ。きっと涼は未だに碧人や家族にすらすべてを告げず、一生あの御調の地にて保護されたいたことだろう。

 だからこそ、既読機能により碧人が涼のことを気づいた時、千載一遇の機会だと思った。この機会を逃してしまえば自分は一生誰にも言えずに、闇を抱え苦悩しながら生きていくことになる。

 つまり、追い込まれたからこそ涼は一歩踏み出すことができたのだ。

 しかし、ただの友だちになると訳は異なる。

 涼は現時点では特に不自由な立場になく、安定している。つまり、追い込まれていないのだ。不安が大きく上回りすぎているのだ。


「あの時は伝えないと、家族との繋がりまで断つことになっちゃうから。でも、今回はそんな不安なんてない。逆に、正体がバレた時になんて言われるかわかんないっていう不安の方が大きいからさ」


 涼には碧人がいる。家族がいる。これだけでも、涼は楽だった。

 碧人や家族は、涼のことを奇怪な目で見ることはなかったが、他の友だちはどうかわからない。もしかしたら、涼だけが友だちだと思っているだけなのかもしれない人もいる。


「いいよ、別に。友だちだって、いつかは会えなくなるだし。今このままひっそりと消えたほうがお互いのためだからさ」


 涼が、友だち。否、友だちだと思っている人は、性転換という非科学的な現象を経た涼を奇怪な目で見るかもしれない。その不安が大きいのだ。だからこそ、関係の薄い友だちとは、今ここでさよならしたほうがお互い幸せなのだ。


「……。怖がっていたら何も進めないよ」


「わかってるよ。そんなこと。お父さんみたいに、強くないからさ……」


 涼の父親は、母親と結婚するために罵詈雑言も、熱湯も耐え凌いで見せた。しかし、涼には勇気がない。


「そうね、別にいいのよ。強くなくたって。私だって強くないからさ。私も、思春期の頃は色々あってね……。あの人が助けてくれたけど、自分でも行動しなくちゃって思えたの」


 曰く、母親も自分自身が強いとは思っていない。ただ、父親のことだけを言い続ける。


「人間、何にしても怖気づいて当然なの。それが一種の防衛反応なのだから。大昔、常に外敵から命の危険にさらされ続けた動物は、無駄死にしないようにと思って自らの心に恐怖という枷をつけたの。今の世だって、命の危険は少なくなったとはいえ社会的な危険というものがあるでしょう? 人間はこの先もずっと、恐怖とともに生きていくの。だから、恐怖と仲良くなりましょう? 涼」


 涼の母親は優しく涼の手を取った。


「大丈夫よ、涼。あなたの家はここ。苦しくなったらいつでも帰ってきていいのよ」


 異世界にいた時とは違う。

 涼には帰る場所があるのだ。


「……頑張ってみる」


 震えた言葉だった。無理して虚勢を張ってるのかもしれないと思えるくらいに。


「そう……」


 母親は、これ以上何も言わなかった。

 涼は、少し文化祭に行ってみることにした。思えば、死ぬかもしれない異世界で一年近く生き残ってきたのだ。今さら文化祭程度で怖がることなどない。

 そう意気込んで碧人に返信しようと部屋に戻ろうとすると、玄関の扉が開いた。


「ただいま」


 息を切らした涼の父親が、汗だくになって帰ってきた。


「あらおかえり。どうしたの?」


 母親が様子のおかしい父親に状況を聞く。


「ああ、散歩してたら、頻りに飲み会に誘いたがる上司がいたから全速力で逃げてきた。やっぱり人間逃げるが勝ちだな」


 涼の父親は、高らかに笑っていた。

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