第23話 気づいた?
「変わってないな……」
涼は、遠州経誼高校の門扉の前に立っていた。回りを見渡せば、一般開放されたとあって進学校の様子を一目見ようと地域住民がひっきりなしに訪れている。また、待ち合わせをしているのか門扉近くで屯している人も多いため、その点においては涼はそこまで目立ってはいない。
「大丈夫、バレないはず……」
本日の涼の格好は伊達眼鏡をかけ、帽子を被っていた。
涼が目立つ要因の一つである、日本人に見えない髪色については帽子の中に髪をできるかぎり入れることにより遠目に見ればそこまで目立たない程度にはなっていた。
伊達眼鏡についても、若干青みがかっている。碧眼についても、青色のレンズを透過したからだと言い訳ができる。
「よしっ」
涼は覚悟を決めて敷地内へと入った。
学校の門扉には案内役であろう人が何人かおり、その人たちは挙ってパンフレットを渡してくる。おそらく、配布した枚数に応じてインセンティブでもあるのだろう。
「どうぞお楽しみください」
「もしよかったらこれも」
野太い声を持つ筋肉科と思しき生徒からパンフレットをもらい、すぐさま別の生徒からも何かを手渡される。
何かと思い見てみるが、一枚目に手渡されたのはモノクロ印刷の学校のパンフレットである。構内図に各クラスの内容も書かれており特段おかしな様子はない。
ただ、問題は二枚目だ。やたらと肌触りの良い上質な紙にフルカラー印刷で描かれていたのは、エジプト壁画に出てきそうな黒く羽の生えた悪魔だった。そして、その下には文章が書かれている。
『魔王は導きを誤った。正しき魔王を据えて、今新たな世界を創るのだ』
「何これ? どこかのクラスの出し物?」
それとも、サプライズイベント的な奴なのだろうかと涼は思案する。
エジプト壁画のように見えるが、よくよく考えてみると色々とおかしな点が多い。エジプト神話において悪といえばアペプだが、アペプは白蛇のような姿をしているとされている。セト神に至っては悪神こそ言われるが悪魔ではないのだ。とはいえ、考えても仕方がない。たかが学校の文化祭のイベントに必死に考えるほどの価値などないのだ。
「まあいいか」
フルカラー印刷できるなら、パンフレットもフルカラー印刷にすればいいのにと思いつつ碧人へと連絡した。そしてそこから一分もしないうちに碧人はやってきた。
「よう、涼。来てくれたんだな」
正直な所、碧人は涼から文化祭に来るとは聞いていたが本当にが来てくれるのかと不安だった。
あまり考えずに誘ったが、やはり拭いきれない一抹の不安というものはある。それでも、来てほしいと願ったのは家に閉じこもってばかりでは大学に入ってからも苦労すると考えたからだ。
基本的に涼は一日中家に閉じこもっており家族と碧人以外話すのは稀であるからだ。
「うん、やっぱり人目もあるからね」
金髪碧眼というだけで、ジロジロ見てくる人が多くそれが涼にとっては堪えるのだ。
「安心しろ、ここでは変なコスプレをした生徒が沢山歩いてるからほとんど注目されないぞ」
学校の敷地内には、クラスの広告のためか奇怪なコスプレをしている生徒が多い。クラスの展示に関連するコスプレをする人もいれば、ただ注目集めのために某有名な漫画作品のコスプレをしている者もいる。コスプレを除いても、筋肉を誇らしげに主張させている変人もいるし、英語のリスニング音声を聞きながらシャドーイングしながら学校中を徘徊いる変人もいる。
彼らに比べれば、涼などほとんど小道に転がっている石も同然と言える存在であった。
「なら安心かな? で、どこ行くの?」
「筋肉カフェに行かないか?」
二人は校舎の中に入ると、入り口に堂々と掲げられた看板が目に止まった。
『筋肉カフェ』という文字が沢山の筋肉たちに囲まれている図である。
「結構評判いいらしいぞ」
「じゃあ行こうか」
せっかく涼が文化祭に来たのだ。良い体験をしたいと思い、すぐさま碧人に連れられて筋肉カフェへと向かった。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
胴間声とも取れるような野太い声をが辺りに響く。しかし、客は一切物怖じせずに中へ入っていった。
「すごい迫力だ……」
碧人は事前の情報で一年の筋肉科が筋肉カフェをするとは知っていた。けれども、予想の遥か上をいくものであった。
「二名様入店です!」
メイド服のような服を着た筋肉隆々の女子生徒に案内され、席に案内される。教室の壁一面には満天の星空のように筋肉が描かれていた。
客の反応はというと、概ね好評である女性陣は筋肉のために来た人が多い印象だが、男性陣もお遊び半分で訪れている。
「す、すごいね」
「ああ、すごいな」
涼も碧人もどちらも語彙力が喪失するほど筋肉の熱気に気圧されているところでメニュー表を確認する。
その中には筋肉が喜ぶドリンクと書かれた飲み物が並ぶ。
「筋肉が喜ぶドリンク? プロテインかなんかか?」
メニュー表の裏側を見ると、真面目に成分表示が書かれておりそこからおおよその見た目について想像できる。
味についてはココア、桃、バナナと至って普通である。
「じゃあココアにしようかな」
「俺もそうするか」
二人で一緒の物を頼むことにし、店員を呼ぶ。
「お! 来てくれたのか碧人。で、そっちは友だちか?」
やってきた店員は今にもはち切れそうな執事服を着ている也寸志だった。
也寸志は、友人の碧人が連れてきた少女に目を配る。
「ああ、リョウっていうんだ」
咄嗟に目にした旧友を前に言葉が出なくなった涼を、碧人がフォローする。
「リョウ? ……俺の名前は
リョウという名前は性別問わず、決して少なくはない。だからこそ、ほとんど違和感なく也寸志は受け入れることができた。
「よ、よろしく……お願いします」
涼が初対面を装い一礼する。その既視感のある仕草に也寸志は妙な違和感を覚えるもすぐに返事をする。
「ああ、よろしく。で、ご注文は?」
「筋肉が喜ぶドリンクココア味を二つ」
「畏まりました」
也寸志はテーブル席からは見えない裏方へと向かうと、すぐにプラスチックのカップに入れられた飲み物を持って涼たちのところへと戻ってきた。
「こちら、筋肉が喜ぶドリンクココア味です。お寛ぎください」
眼の前に出されたのは、何の変哲もない薄茶色く濁ったプロテインドリンクだ。
「今ならお買い求め頂いた方に一分間筋肉触り放題権がございますがいかがします?」
碧人が辺りの他の客を見ると、無闇矢鱈と筋肉を触っているようだ。不思議と筋肉というものは魅力的なのだ。
「俺は……いいかな。涼は?」
「うーん。別にいいかな……」
事実として筋肉は大変魅力的で、触ってみたいとも若干思うが相手が也寸志だということを考えるとあまり触ろうとは思えなかった。
その後、他に見る場所はないかと廊下を歩いているととある女子生徒が碧人の前に現れた。
「あ! 鶏谷くん! 委員長がクラス手伝ってほしいって」
2年6組では、何が用事があるらしくちょうど近くにいた碧人に目が止まったのだ。先日休んだ件もあり、碧人としてはこれ以上雑用を押し付けられたくない。
「悪い、涼。少し行ってくる」
碧人は、2年6組に向かうことにしたのだ。
「大丈夫だって、子どもじゃないんだから」
まるで碧人が自分の保護者になったかのような発言に、自分は精神までは大人になっていないとばかりに発言した。
「そうか、ありがとな」
そして、碧人は女子生徒とすぐに教室へと向かっていった。
「あ、あの紙のこと聞きそびれた」
涼が取り出したのは、パンフレットと一緒にもらった謎の紙。碧人は何かしっているのではないかと思ったが、運悪く忘れており聞きそびれていた。
「まあ、後でいいか」
涼はもらった紙をしまうと、他の展示を回ることにした。
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