第16話 それはマニアックな話
大型書店へと向かう国道。その道路に一台の車が走っていた。涼の父親が保有する車である。
涼は碧人と書店へ行く約束をしていたのだが、その日はたまたま父親は有給を取っていたので涼と碧人を送っていってくれることとなったのだ。
「俺が大学受験の頃はな、参考書とかどれ選んだらいいかわかんなかったし、とりあえず河○塾にずっと通ってたんだ。既卒生のな。時々おすすめ参考書とか教えてもらったりして、朝から晩までがむしゃらになって頑張って大学受かったんだ。今思えばなんで受かったんだろうな」
必死に勉強した思い出を話す涼の父親。そんな中、ふと思い出したかのように話を続ける。
「そうだな、来年は三年生か。模試はやっているかい? 旺○社模試とか? 早めにやった方がいいぞ。人生の先輩からの忠告だ」
勝手にいい気分になってる涼の父親だが、碧人も涼も涼の父親が言っている意味がわからなかった。
「旺○社模試? 旺○社は模試やってませんよ?」
旺○社といえば、学習参考書をメインに発行している出版社というイメージしかない。その他には、某英語試験を実施する協会と蜜月だったり、受験情報雑誌を販売していたりといった具合に。
模試をやっているとは聞いたことがなかった。
そして、旺○社イコール模試のイメージしかない涼の父親にとって、碧人の発言は衝撃的だった。
「……ん? そうなのか? 模試といえば旺○社か福○書店ではないのか!?」
混乱する涼の父親をよそに、碧人もまた初めて聞く社名が新たに出たことで深く混乱した。
「福○書店……? どこですか? それ」
「なんだろう、すごくジェネレーションギャップを感じる。模試も変わったんだな。そういえば塾も変わっているようだな。昔は個人経営の塾とか多かったんだけど、滅法減ったな」
塾で調べれば、そのほとんどが三大予備校や大手個別塾、地元のローカル塾に集約される。
「まあ、ノウハウのない小さな塾がノウハウを持っている大きな塾の方が淘汰されるのは当然か。最近では授業をオンデマンドで配信するものも多いらしいじゃないか。全く、便利な世の中になったものだ。そういえば俺が河○塾で勉強してた頃、時々母さんの親父さんのところに挨拶に行ってたんだよ。でも、そのたびに殴られたりどなられたり、ボコボコになりながら塾に行ったんだ。血まみれに行ったんだが、耳をやられたのかイマイチ教師の話が聞き取れなかったときがあったんだ。あの時にこういうのがあればもっといい成績取れてたのかな」
受験時代を偲ぶ涼の父親、しかしボコボコになったという話がまとわりつきどうにも塾の話に集中できない。
「た、大変だったんですね」
碧人は苦笑いしながら、一言添える。
「ああ、何をしても人格否定してくるけど何だかんだ親父さんがいなければ俺は中卒だったからな。あの時はギリ正社員になれたかもしれんが、今は無理だ」
事実、涼の父親は親父さんと出会うまでは中卒だったのだ。涼はもし中卒のままの状態で結婚が許されたら、今頃矢那川家の収入はどうなっていたのかと考えるだけで悪寒が走る。
「さて、そろそろ書店につくぞ」
郊外にある大型書店へつくと、店内へと入り学習参考書売り場へと向かう。
「それにしても学習参考書? 正直どれ選んでも同じにしか見えんな」
涼の父親が一番最初に放った言葉がそれだった。実際、参考書よりも塾をメインにして頑張ったため、参考書らしい参考書といえば過去問と、僅かな参考書くらいしかやってないのだ。
「最近は色々凝ったものも多いですから……ってどちらに?」
碧人が涼の父親を優しく諭そうとすると、涼の父親は何かを見つけたのかとある本の売り場へと直行する。
「……こ、これは! 俺が使っていた参考書『現○文解○の基○』じゃないか! 大学合格後捨ててしまったが、社会に出て働くようになってからまた読みたいと思い探し回ったが売ってなかったあの本じゃないか。そうか、ついに復刻版が出たのだな。一冊しかない……通販でもう十冊くらい買っておくか」
涼の父親は、感極まって泣いておりすぐさまスマホでオンライン書店を調べ始める。
「めっちゃ興奮してるな、親父さん」
「……うん」
涼も、碧人も内心ちょっと引いていた。
学習参考書を理解していなさそうだったのに、あの興奮具合である。
「じゃあ、俺たちも行こっか」
「そうだね」
涼と碧人は、改めて学習参考書が置かれているコーナーへと向かう。
「そういえば、教科書じゃだめだったのか? 一番安いけど」
学習参考書を探しにきてこんなことを言うのもあれだが、正直な所教科書はよくできているのだ。おまけに安い。
「教科書は暗記科目はいいと思うんだけど、そんなに解説詳しくないから教科書ガイドとセットで買わないと。で、教科書ガイドってめちゃくちゃ高いよね」
涼には、記憶があった。経誼高校の入学が決まった際に、指定の教科書販売店に言ったときである。その時に購入品リストを見たのだが、教科書ガイドの高さに驚いたのだ。
特に数学は由々しき問題である。数学の教科書にある応用問題などは、詳しい解説がないことが多い。そのため、どこで間違えたのかわからず教科書ガイドの購入は必須となる。
「ああ、教科書はフルカラーで数百円なのに、教科書ガイドはモノクロで二千円とかするから結果的にその辺の参考書の方が安いのか。で、まずは数学だけどどれにする? 初学者向けはマ○マのはじ○じとか、○研のひとつ○とつわかりやすく。文○堂のや○しくわかりやすいと旺○社のとってもや○しいの奴とか」
碧人はB5サイズの参考書を3冊取り出した。基本的に優しめの参考書はなぜかB5版が多いのである。一方で、マ○マはそうでもない。
「うーん。でも、大学受験も視野に入れたいからな……。あんまり簡単すぎるのはちょっと」
基礎の取りこぼしを防ぐという意味では良いのかもしれないが、難関大学を目指す涼にとって、そこまでの猶予はないのである。
「そうか、なら○研のや○しい高校数学とか、文○堂のこれ○わかるとか、旺○社の入門問題○講とか。いっその事、直接問題集だけやるってのも手だぞ。公式の証明なんか見てる暇があったら手を動かす方が効率いいからな。そうなると、いきなりマーク式基○問題集をやるとかもありだなそれと、何だかんだ○ャート式は辞書として使えるから買ったほうがいいぞ」
涼は何冊かA5の参考書を見繕う。それも初心者向けだが、一応それなりのレベルまでの到達が可能な参考書である。
涼はこの三冊をどれも一通り流し読みをしてみる。
「○ャート式は基本的に問題が出そうな問題が網羅されてるし、比較的解説がわかりやすいからな。ああでも、日常的に使うものではないな。一周したら何ヶ月かかるかわからんし」
涼は一応○ャート式も見てみる。圧倒的に分厚く、そして重い。
「じゃあ、一番癖がなさそうな文○堂のこれ○わかると○ャート式で」
「次は理科だな。科学と人間生活? だけど、受験にないから参考書はない。地学基礎は暗記でいけるけど、参考書が不足している面が否めない。まあ、共通テスト程度なら地学基礎は使えるけど妥当なのは物理基礎、化学基礎、生物基礎だな」
科学と人間生活は基本的に進学校では目にすることは少ない。偏差値50以下や、普通科ではない課程にある教科である。しかし、高認の際に科学と人間生活を選んでいれば、残りの理科基礎は一つで済む。一方で、参考書が少ないということで科学と人間生活を外してしまうと、理科基礎を三つ選ばなければならない。
とはいえ、難関大学を目指す涼としては科学と人間生活を覚えても全く意味がない。理科基礎を三つ受けることは既に決めていた。
「正直行って、理科応用を受けないというのであればセ○ナーとかリ○ド○ight丸暗記で共通テストも事足りるんだよね」
セ○ナーは第○学習社が発行している問題集だが、学校専売であるため一般には流通していない。そのため、必然的に数○出版が発行しているリ○ド○ight一択となる。
「今の所文系でいいかなって思ってるし、化学基礎、生物基礎、地学基礎のリ○ド○ightで」
「次は、地歴か。涼は地理が苦手だから地理は論外。必然的に世界史A、日本史Aっていいたいところだけど正直地歴Aって参考書ないんだよな」
一応教科書の傍用問題集的なものは散見される。
「まあ、見る限り簡単だったしBの参考書でもいいかな」
高認の過去問をやった際、どんな問題が出るのかと心構えていたが一般教養があれば十分に解ける問題ばかりだったのだ。
「Bの参考書か……。ぶっちゃけ一番参考書らしい参考書は普通に教科書なんだよな。山○出版社の」
山○出版社の教科書は三種類があるが、そのうちの詳○シリーズの方である。そのため、山○出版社以外の出版社が出している教科書にあたった場合はわざわざ山○出版社の教科書を買う人すらいるという。
「じゃあそれで……。ところで教科書って売ってる?」
涼はざっと参考書の棚を見渡すが教科書らしきものはない。
「基本的に売ってないぞ」
「どうやって買うの?」
「教科書取り扱い店舗に取り寄せてもらうんだ。数日かかる上、取りに行かなければならないけどな」
「え? また行くのか」
教科書取り扱い店舗自体は基本的にチェーン展開しているような小さな書店ではないことが多い。涼の場合は、比較的遠くに出かけないといけなかった。そのため、ひどく億劫に感じる。
「いや、ただ県には最低一つ教科書専門の店みたいなところがあるけど、そこでも買える。ただ、電車賃だけで数千円飛ぶけど。それと、なぜか東京には六つある」
涼が住んでいるのか県境に近い県西部である。教科書販売店に行くためには、わざわざ県中央に行かなければならないのだ。
「ええぇ……」
自分の住んでいる街が県庁所在地だったら、なんで東京には六つもあるのか。そんなことを考えつつも現実は変わらない。どちらにしろ、教科書を買うのは面倒くさいということを理解する。
「安心しろ涼、第三の選択肢がある。一部の教科書出版社や、販売業者は通販をやってるんだ。ただ、県内限定だったり色々サイトが不便だったりするんだが一番のおすすめは広島のだな。一番サイトが見やすいし、送料も安い。カード払いもできる」
なお、一部の出版社では教科書を市販本として販売している所もあるが、教科書よりも遥かに割高である。
「じゃあ、そこで日本史Bと世界史Bの教科書を買おう」
「次は公民か……。そういえば涼、文系って言ってたから倫理と政治・経済を受けるのか?」
「まあ、可能性は広くなるに越したことはないし」
「そうか……。倫理・政治経済の参考書って基本共通テスト向けしかないし、おまけに厚いんだよな……」
碧人は、試しに倫理・政治経済の黄色い参考書を手に取って涼に見せた。
「うわ、厚いねこれ」
他にも、青っぽい本も見せるがどれもこれも分厚い。ここまで分厚いと、勉強する気も起きにくそうである。
「そうなんだ、どれがいいんだろう」
「薄そうなのは……このか○き出版のだな」
「じゃあ、それにしよう。えーっと、次は──」
「次は国語だな。現代文、古典、漢文に分けて考えないといけない。涼って現代文は得意か?」
「得意も何も、いつも特に勉強せずにフィーリングでやってたよ。大体中学の定期テストでは8割くらいは行ってたと思うけど」
現代文を勉強せずに、自分の勘だけで解こうとする人は多いのである。例に漏れず、涼もそうだった。
涼の話を聞いて、碧人は考え込む。
「うーん。中学で8割はいまいちレベルがわからんな。とりあえず、現代文で有名なのはこの○村のやさしく語る現代文なんだが、これでいいか? それと、評論と小説は別に考えろよ。評論が上がると大抵小説落ちるから」
「いいよ」
「次は古文……。はぁ……。古文は買わなきゃいけないのが多いくせに点数にならんからな。とりあえず、最低限古文単語と文法、古文読解が必要だな。古文単語は……正直どれでもいいんだよな。大体似たような単語乗ってるし」
古文は、古文単語は直接得点源にはなりにくい。だが、なおざりにしてしまえばいい点数は狙えない。
「一番使ってるの多いのは多分これかな。桐○書店の古文単語帳。古文常識もあるから、まあこれでいいか。次文法は……。これとか? 岡○先生が書いたKAD○KAWAから出てる本。古文読解は……文系だし、難関大学も目指すなら古文読解の実況○継シリーズだな。漢文は正直ヤマ○ヤマのが好き」
漢文の参考書は大きく二分されるが、碧人は別の漢文の参考書には見向きもしていなかった。
「なんか途中からわからなくなってきたから、それで。最後は英語か……。単語帳、文法は買うか。読解と長文読解、リスニングはいいか。あの調子なら受かるだろうし」
元々英語が得意だった涼からすると、最低限復習すれば受験前の基礎固めとして十分なのである。
「単語帳はどれにするんだ? シ○単派、ター○ット派、速○英単語派で血みどろの争いが起きてるが。それとも意表を突いてD○Oとか、デー○ベースか?」
どの英単語帳がいいのか、品定めをしようとするもシ○単を見た時ふとあることを思い出した。
「そういえば入学したての頃、確か碧人と一緒にシ○単買った覚えがあるんだけど」
例文を覚えるよりも、最低限のコロケーションを覚える方が楽だと思った二人はシ○単を買ったのである。
「え? ああ、そうだったな。でも学校指定はター○ットなんだよな。シ○単で決まりか? で、文法はどうする?」
文法といっても、辞書のようなものもあれば問題集のようなものもある。楽さでいったら薄い問題集である。しかし、涼は得意分野である英語をしっかり伸ばしておきたかった。
「とりあえず、確認だけしたい。辞書的なやつ」
「そうなると、いい○な書店のEver○reenだな」
最近でた新しい本なのだが、一斉を風靡していた別の参考書が出版社との契約を終了し新たにいい○な書店から出版した本であるためすぐに市場に浸透したのだ。
涼は今まで決めた参考書をすべて買い物籠の中へと入れると大きくため息をついた。
「ふぅ……。なんか疲れたよ」
勉強もしていないのに疲れていると、涼の父親が学習参考書コーナーへとやってきた。
「お? 終わったか? 涼」
「ああ、お父さん。ちょうど終わって……って何それ!?」
涼が驚いたのは、涼の父親が手にしていた買い物籠であった。
「ああ、懐かしい本が山ほどあってな、気がついたら籠に大量に入ってた。あと、仕事で使えそうな本も入れたらこんなに」
山盛りの籠を見る涼。どうせこの内の大半は読まないだろうと思っていると、ふと籠の中からピンク色の何かが見えた。
「ん? ちょっといい?」
「ん? どうした? ってやめるんだ涼!」
必死に止めようとする涼の父親の努力の甲斐も虚しく、涼が籠の中から取り出したのはピンク色の雑誌。とどのつまりエロ本である。
表紙には『酔った勢いで隣の家に入ってしまった僕。隣に住む人妻と一緒に一夜を過ごしてしまい、それ以降彼女を見るたびに興奮が治まらず──』と書いてある。
涼は、数年ぶりに父親をに軽蔑の眼差しを送った。
しかし、涼の父親は弁解するどころか涼から何かを感じ取ってみせた。
「……そうだったな、息子だと思っていた涼はもういないんだな」
涼の父親は後ろを振り向くなり、わずかばかりの涙を流した。
もし、涼が息子のままだったら今頃は一緒にエロ本を読んでいたかもしれないのに。そう思うだけで自然と涙が溢れ出たのだ。
「エロ本で性転換したこと実感するのやめてもらえる?」
その後、涼と碧人は口止め料として涼の父親から現金一万円をもらった。
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