第17話 羊頭狗肉

「よし、勉強するか」


 書店で爆買いした涼と碧人だったが、碧人がどうせなら家に帰るなりすぐさま勉強しようということになった。

 しかし、高認までまだ時間はある。常に定期考査と模試に追われている碧人とは違うのである。


「勉強? もう少しあとでもよくない? 2か月もあるんだし」


 涼が一番危惧しているのは数学と理科基礎だけである。そこまで厚い参考書は買ってないので、直前一ヶ月で詰め込めば十分行けそうであった。


「違うぞ、涼」


 碧人は涼の言葉を否定した。

 しかし、涼からしてみれば意味がわからない。


「違うって?」


 碧人は涼の何を否定したのか。

 涼は少し首を傾げつつ碧人に問う。


「参考書はな、買った日が一番やる気出るんだ。今やらないと多分ずっとやらない」


 碧人は強い眼差しで、心の籠もった言葉を涼に送った。


「え? あ、うん。そうだね」


 いつもの碧人の像とは遠く離れた姿に、少々戸惑うも何か思うところがあるのだと思い涼は何も言わないことにした。


「とりあえず、数学からやったらどうだ?」


「どうして?」


「基本的に暗記ものは寝る前にやると定着し易いらしいから、計算メインの教科は寝る前よりも早く終わらせるんだよ」


 碧人は、学校で仕入れた勉強テクニックを涼に教える。中には眉唾ものもあるだろうが、それでもプラシーボ効果などもある。積極的に行ったほうがよいと考えたのだ。


「なるほど」


 涼は数学ⅠAの参考書を取り出した。B5変の参考書である。


「これ、表紙と帯で動物のイメージ全然違うんだよね」


 表紙にはゆるい動物が描かれているが、帯を見ると中々にえげつない形相をした動物が描かれている。


「一見すると難しそうな参考書だが中身は超ゆるいって意味じゃないか? 知らんけど」


 KAD○KAWAの参考書なんか、黄色い本だと表紙にアニメチックな絵が描かれていることが多いのに本の内容と全く関係ないことで有名である。それに比べれば決しておかしくはないのかもしれない。


「さて、やるか」


「ああ」


 しょうもないことを駄弁った後、涼と碧人は改めて参考書に向かった。

 二人とも高校受験では経誼高校に入れたことがあるため、集中力自体は非常に高い。黙々と参考書とノートを交互に見ながら手を動かすだけの作業だが25分間何も喋ることがなかった。


「数学は暗記が少ないって言ってたけど、多くない? サイン・コサイン・タンジェントとか、ヘロンの公式とかさ。今は短期記憶で覚えられるけど、明日には忘れてそう」


 沈黙を破ったのは涼だった。いざ数学をやってみると、覚えることが多いのである。


「そりゃ、一日で覚えられたら苦労しないだろ。広く、薄くを何日もやって覚えるんだよ。というか、図形って結構後じゃなかったか? 『数と式』と『二次関数』飛ばしたのか?」


 参考書によって多少順番は前後するが、基本的に真っ先に来るのは『数と式』である。


「イメージしづらいんだよね。二次関数とかも。とりあえず図形からやったほうがとっつきやすいかなって思ったんだけど、覚えること多いよ……。高校数学ってこんなんだったね……」


 ほとんど覚えていないが、涼は経誼高校での授業風景を少し思い出したようである。


「中学の頃は平均に合わせてたからな。私立なら違うんだろうけど」


 東京では30%の人が中学受験をするというデータがあるが、涼の住んでいる街は三大都市圏に属していないしがない政令指定都市。中学受験など、もの好きしかしない。


「よし、休憩」


 碧人は問題をキリの悪い解きかけた状態のまま、持っていたペンを投げ捨てるようにノートの上に転がす。

 涼からすると、どうせなら解ききってから休憩すればいいのにと思えた。


「休憩早くない?」


「ポモドーロだよ。知らないか?」


 碧人が取り出したのは、スマホ。そしてその画面にはタイマーが表示されていた。しかし、涼にはいまいち何のことが理解できない。


「……ポモドーロってどういう意味?」


「イタリア語でトマトの意味らしい」


 涼はますます意味がわからなくなった。トマトとタイマー、何の繋がりがあるのか。数学を勉強していることなんか忘れてしまったかのように、トマトとタイマーの関連性を熟考する。


「そ、そういうテクニックがあるんだよ」


 碧人は、涼に対してポモドーロテクニックについて解説し始めた。集中力を持続させやすいテクニックなのだと、涼は勉強そっちのけで碧人の話に耳を傾けた。


「へー、そういうのもあるんだ」


 涼からすると、わざわざ使うほどのものでもないと思えたのだ。


「小腹空いたし、一度家戻ってお菓子取ってくるよ。って間に合うか?」


 いくら碧人と涼の家が近いからといって、ポモドーロアプリで設定した休憩時間に余裕がない。


「よし、行ってくる!」


 碧人は大慌てで外に出ていった。そして、すぐ近くにある家の中に駆け込む小腹を満たしてくれそうなお菓子を探す。


「えーっと、キノコキノコ。タケノコは……いらんか。よし、キノコはこれだけあればいっか」


 碧人はお菓子を見繕うと、涼の家へと戻ろうとする。しかし、その時電話がなった。

 碧人はかかってきた番号を確認するなり、すぐさま応答ボタンを押しスマホを耳に当てた。


「はい、もしもし──」

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