第15話 準備

「って高認の受験締め切りもうすぐじゃん!」


 涼が高認受験を決意し、高認の公式サイトをアクセスすると受験の締め切りが目前に迫っていることに気がついた。

 締め切り日は9月14日消印有効となっている。もう少しゆっくりしていたら確実に間に合わなかった。


「まずいまずい、と、とりあえず願書入手しないと」


 急いで受験に必要な事柄について検索する。


「えーっと? 郵送の場合三日から五日? 間に合うかな。あ、でも市役所に直接取りに行く方法もあるのか」


 調べてみると、幸いにも住んでいる市の教育委員会で願書を入手できることが判明した。


「それと、収入印紙、写真、住民票の写しまたは戸籍抄本か」


 涼は戸籍の再発行時にマイナンバーカードを取得したため、住民票の写し自体はコンビニで手に入れられる。しかし、収入印紙はコンビニにおいてある保証はない。それに、締切がもうすぐである。余裕を持って出すというのであれば郵送で願書を取り寄せるよりも直接市役所へと向かったほうが早い。


「市役所に行くか……」


 涼の家から市役所まではかなり遠い。いつもなら近場の出張所で済ませるが高認の願書はさすがに市役所まで行かなければならない。


「だるいな……」


 涼が市役所に行きたくない理由は、この暑さである。暦の上では秋だが、暑さは一向に引く気配がなく連日30度は超えている。

 願書取り寄せは明日にしてゲームをしようとした時、リビングから声がかかった。


「涼? ちょっといい?」


 母親の声だった。断るわけにもいかず、涼はリビングへと向かう。


「どうしたの? お母さん?」


「ちょっと市役所に用事があるんだけど、願書まだ取り寄せてないならもらってこようか?」


 渡りに船とはまさにこのことだった。


「うん、お願い。で、なんで市役所行くの?」


 基本的に市役所などあまり行かない。大抵のことは出張所で事足りるからだ。


「実は、涼も落ち着いてきたしパートしようかなって」


「パート?」


 涼は、母親が以前パートをしていたことを思い出した。しかし、帰ってきた時にはなぜか母親はパートを辞めていた。今思うと、不思議なことである。


「以前、パートしてたでしょ? でも、涼がいなくなってから涼を探すために一度辞めたの。涼が帰ってきた後も色々忙しかったからパートできなかったけど、そろそろしようと思って。で、その新しいパート先が住民票必要だから、市役所の近くにあるから住民票を発行してもらって渡そうと思ったんだけど」


「そうなんだ。まあ、今の世は共働きが普通だよね。ところで、そのパート辞めた後ずっと探してたって言ってたけど、どんなことしてたの?」


「ビラ配ったり、NPO法人に掛け合ってみたり? 大体一千万円は飛んだよ」


 涼は思わず口を閉じることすら忘れ顔を引き攣らせていた。一千万を飛ばしたというのに、先程まで涼は平気でゲームしようとしていたのだ。涼は軽率な自分の行動を悔いた。


「少しでも申し訳ないという気持ちがあるならきちんと高認に合格することね。ああそうそう、碧人くんに建て替えてもらった病院代だけど私がちゃんと支払っておいたから。その分も合わせて──」


「わかった! わかったから! 高認絶対受かるから」


 これ以上プレッシャーを掛けられたら、高認を取る前にやる気がなくなってしまう。母親の言葉を遮ると、すぐに母親を家の外へと誘導する。


「それじゃ、行ってくるね」


 母親が出ていった後、涼はため息をついた。合格しなければならないというプレッシャーが増したことに対するものだ。


「とりあえず、調べてみるか」


 この状況でゲームなどする気にはなれない。


 自分の部屋に戻るや否や、高認のサイトへと行き過去問をダウンロードしてみる。


「やってみるか……」


 手始めに選んだのは、英語である。一応涼は高校卒業レベルの英語の検定を所持していたため一番ハードルが低いからだ。


『次の傍点のある英単語の中で、一番強く発音するものを選びなさい。


Do you know what time that concert  will start?』


「……え? 嘘でしょ?」


 涼はあまりの簡単さから高認の過去問が本物かどうか確認した。しかし、きちんと文科省の公式サイトからダウンロードしているし、ネット上の意見を見るにこのレベルで間違っていないようだ。

 このレベルならと他の教科の過去問もダウンロードして見てみる。

 英語の他に、国語の現代文、日本史、世界史、現代社会はほとんど勉強しなくても大丈夫のようだった。国語の古典、理科基礎は若干の勉強が必要。数学Ⅰは勉強が必要といった感じであった。


「とりあえず、数学かな」


 涼は経誼高校に通っていた僅かな時間とはいえ、一応基本的な数学Ⅰはやっているのだが如何せん記憶が全くない。参考書もないため、当分は数学の勉強が必須である。


「とりあえず、数学Ⅰの参考書……。でも、一応大学受験にも使うからその辺に対応してる参考書にしないとな」


 基礎的な参考書は多く出回っているが、大学受験では全く歯が立たない。そうなると、初歩から応用まで効く参考書が望ましい。


「そうだ、碧人に見繕ってもらおう」


 スマホを取り出すなり、碧人に向けて明日の放課後一緒に書店へ行こうという旨の連絡をするとすぐに返信がきた。碧人は先日参考書を買ったばっかりだが、終わらせてしまったためにまた別の参考書が欲しくなったらしく了承という言葉が帰ってきた。

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