第三章 懊悩の文化祭(9月~10月)

第14話 むしむしじめじめ

 夏休みが明け、経誼高校二学期初日。多くの生徒が死んだような顔をしてやってきいた。理由としては、勉強疲れがほとんどであり課題を前日ですべて終わらせたものも同様である。

 その上、いきなり冷房の効いていない体育館で校長の挨拶である。暦の上では処暑だというのに、暑さは一向に下がることはなくも35度を超える日々。久しぶりの登校で体力が落ちている生徒も多い中でいきなりサウナのような体育館で校長あいさつとは、これが艱難辛苦の精神なのかと多くの生徒は思った。

 そして、ようやく冷房の効いた教室へ戻るも節電だのSDGsだのと理由をつけられて非常に微弱な冷気しか流れない。そんな中で行われる課題テスト。当然生徒のパフォーマンスは最低であり、多くの生徒が絶望した顔を見せた。


「そうそう、二学期早々で悪いが文化祭だから文化祭の案を出したい何か案があるやつはいるか?」


 2年6組では、教師が生徒に問いかけをした。しかし、生徒の心情は晴れない。元々この学校に入学してくる生徒はウェイ系はほとんどおらず一日中机と向き合うことに特化した人物ばかりである。


「えー? 面倒くさい」「やらなくてもよくないですか?」「最近物騒ですし、生徒の安全確保の名目で中止しましょう」「県立高校、つまり公共機関なんですから、きちんと生徒の意見も取り入れるべきです」


 批判的な意見しか聞こえないが、教師は屈しない。眉間に皺を寄せつつも空気に流されないようにした。


「開催することは決定済みだ。案を出せ」


 そんな中、一人の生徒の手が上がった。


「我々は、文化祭で来てくれた人に商品やら見世物やら何かを提供しなければならないという概念に囚われ過ぎだと思うんですよね。そこで、あえて何もないという虚無を提供するのは──」


「却下。つまり何もしないってことだろ」


 その後、文化祭の案の議論は平行線を辿った。教師にとってまともな案が出されたとしても衛生面の問題、法律の問題、配慮の問題からあらゆる案が潰されていき無難に地場産品の販売で決定した。


「やっと終わった……」


 2年6組所属の碧人は、ようやく学校が終わるなりスマホを開き現在時刻を確認する。


『13:02』


 本来であれば昼休憩の時間だが、生憎と碧人は弁当を持参しておらず学校にあるカフェテリアも今日は休業日である。今から家に帰って何かを食べるか外食をするか。そんなことを悩んでいると後ろから碧人を呼ぶ声がした。


「よお、碧人。飯食ったか? 食ってないならどこか行かね?」


「ん? ああ、也寸志か。まあ予定ないしどこか食っていくか」


 碧人の後ろから現れたのは、碧人の友人にして筋肉科に在籍している也寸志だった。

 碧人と也寸志は近くのラーメン屋に一緒に向かうことにし、歩いて向かっている間は駄弁ることにした。


「で、筋肉科って文化祭の出し物何にするの?」


「ああ、筋肉カフェになった」


「知ってた」


 出し物に困る普通科とは違い、筋肉科は個性が強すぎるため出し物など簡単に浮かんでしまう。特に、筋肉カフェなどその筆頭である。

 碧人は、何の抑揚もつけずに即答した。


「俺は筋肉の形を模した筋肉唐揚げを主張したんだが、次点だった」


 也寸志曰く、揚げ物ということで、火の管理などが厳しく教師が消極的だったのが響いてしまったらしい。


「次点? 他にも候補あったのか」


 碧人の所属している普通科ではほとんど候補が出なかった。そのため、真逆の様子である筋肉科は同じ学校だというのにどこか同じ学校だという感じがしない。


「ああ、もちろん。筋肉に関する展示にしようという案や、筋トレ教室を開こうなんて意見もあって、結局結論がまとまらずに学校終わるのがだいぶ遅くなってしまった。碧人たちもそうだろ?」


 碧人のクラスも、也寸志のクラスも予定されていた下校時刻を超過していた。そのため、也寸志は碧人のクラスも同様だと思っていた。


「いや、俺の所はその逆。誰もやりたくないみたいでいかに疲れない、準備がいらない、簡単な出し物にするかで盛り上がったよ。普通科は大概そうだと思うけど」


「本番で盛り上がらずに準備で盛り上がってどうすんだ……。まあいいや、ついたぞ」


 到着したのは経誼高校からもほど近い個人経営のラーメン屋である。経誼高校の生徒も多く利用していると聞く。

 ちょうど昼時のためか、店内は混んでおり碧人が率先して開いている席へと座った。

 しかし、その碧人が座ったちょうど隣に座っている人物は見知った顔だった。


「……って飽海、なぜいる」


「あら奇遇ね、碧人くん。私はただラーメンを食べにきただけよ? ……ああ、あいつもいるのね」


 飽海は碧人に対してはにこやかな表情を浮かべるのだが、也寸志には軽蔑の眼差しを向ける。


「俺に対する言動いっつも冷たいよな」


 也寸志と飽海は、どちらも碧人と繋がりがあるため三人が一堂に会することは決して珍しくはない。しかし、飽海は也寸志に対してはかなり冷たい。


「別にあなたに限ったことじゃないから心配しないでいいの」


 特別なのは也寸志だけではなく、碧人なのだ。そのため、飽海は碧人以外には基本的に同じような態度を取る。


「職場で嫌われるタイプだぞ。やめとけ」


「大丈夫よ、私弁護士になる予定だから。社労士も取ろうかしらね」


 飽海は不敵な笑みを浮かべた。少しでも嫌がらせされようものなら、あらゆる法的手段を用いて潰す系の人間の笑みである。


「そ、そうなのか……。飽海はなんで弁護士になろうと思うんだ?」


 落ち着いてラーメンが食べられないと考えた碧人は、強制的に話を変えることにするため飽海に話しかける。


「小学生の頃ね、うるさい男子がいたの。で、その男子は学校にゲーム機を持ち込んでいたの。だから先生にチクったの。そしたら先生から目を腫らすまでこっぴどく叱られたようでね。あんなに生意気な男子が惨めになったのが忘れられないほど快感だったの。だから弁護士になって悪い人からこってり絞り取ろうと思ったの」


 恍惚とした表情で弁護士志望の理由を語る飽海。しかし、性格の悪さがにじみでる内容に也寸志は引いた表情を浮かべた。


「うわぁ……」


 也寸志と同様に、碧人も少し引いた表情を浮かべる。


「それはちょっと……。というか、被告の弁護依頼受けたらどうするんだ」


「まあ、仕事だしきちんと真面目にするわ。というかこの理由は嘘よ。こんな幼稚な理由があったらたまったものじゃないわよ」


 飽海は冗談半分で言ったようだった。そんな中、飽海が頼んでいた料理がカウンターに置かれる。


「塩ラーメン大盛りと炒飯と餃子お待ち」


「結構食うのな」


 見た目からは想像もできないほど大食いであることは弁当の中身からして知っていたが、ここまで食べるのは碧人にとっては初見だ。


「……俺も塩ラーメンにするか。もちろん普通盛りで」


 飽海の塩ラーメンを見てたら食べたくなってきた碧人は、食券を買いに自販機へと向かう。


「よし、なら俺も塩ラーメンに──」


 二人が塩ラーメンならと、也寸志も塩ラーメンにする決意をするが飽海の冷たい言葉によって遮られる。


「真似しないでくれる?」


「辛辣すぎない?」


 一体なぜ飽海は、碧人にだけ優しくして他の人には辛辣なのか気になったが、プライベートを詮索することは褒められたものではない。也寸志はただ黙って塩ラーメンを買うことにした。

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