第13話 決意
帰宅した涼は、改めて自分が通っていた高校。遠州経誼高校について調べることにした。その理由は、未だに筋肉科なるものの存在を疑ってかかっているからであった。
「あ、本当に筋肉科ある」
経誼高校の公式サイトは、県立高校というだけあってあまりデザインには凝っていないが最低限の情報は見れる。学校紹介のリンクをクリックすると、普通科とともに筋肉科の文字が表示された。
「教育課程は……。え!? 何だこれ」
そこに書かれていた教育課程を見ると、3年間とも週33時間の内の半分以上が体育関係の学科に費やされているという進学校としてはありえないような代物だった。
「うっそだろ……」
涼は、異世界から帰ってきてから一番衝撃を受けた。
「進路どうするんだこれ」
授業時間の半分以上を体育関係の学科が占めている筋肉科、そうなると当然進路は体育大学への推薦がせいぜいだろうと思い涼は進路実績をクリックする。
そこに書かれていたのは、普通科も含めた輝かしい実績であった。普通科であれば難関国公立大学や国公立医学部。有名な私立大学まで並んでいる。だが、偏差値73であることを考慮すればおかしなことではない。続いて筋肉科の進路実績を見ることにする。
「……え?」
普通科ほどではないが、難関国公立大学が沢山記載されていた。もちろん、体育大学なども多いが普通科に劣らない大学ばかりである。
「どういうことなの……」
涼は頭を抱えた。
涼は経誼高校に入学できたが、もともと地頭はそこまで良くはなかったのである。勉強の末に、なんとか経誼高校に入ることができたのだ。それなのに、授業時間の半分を体育関係の学科が占める筋肉科から難関国公立大学の合格者が多数出ている。
異世界に行っていた涼も、一年間勉強をしていなかった。それはつまり、筋肉科も涼も、高校3年間の内受験に必要とは関係ないことにかなりの時間を割いているということだ。
それなのに涼は勉強する気が失せ、筋肉科の方は分からないが少なくとも公式サイトに書かれている情報を見る限りは皆楽しそうだった。
「……ゲームしよ」
なぜ自分だけがこんなにも惨めな思いに悩まされなければならないのか理解できなかった涼は、現実から逃げることにした。
数千時間プレイしたのに未だにすべての実績解除ができていない文明ストラテジーゲームを開くと、新しい文明でスタートする。
新しい都市を作り、斥候を作ろうとするとスマホの通知が鳴った。相手を確認すると碧人からであった。
『それで、通信制高校は決まったか?』
「あ、忘れてた」
なんと返事をしようかと考える涼。しかし、既に既読の表示が出てしまっている。安易な無視はできない。
そして、一通り考えた後涼は諦めて再びゲーム画面を見ることにした。
「よし、後で返信しよう」
筋肉科の進路実績を見てからさほど時間は経っていない。少し頭を冷やす時間が必要であると自分で納得し、ゲーム画面に出てくる斥候を古代遺跡に移動させようとした瞬間、涼の部屋の扉が開いた。
「よう、涼。どうせ既読無視だと思って来たぞ」
「ちょ、ちょっと!? 碧人? ノックも勝手に入らないでくれる? っていうか家に鍵かかってるよね?」
今日は母親は私用でいないはずである。なのになぜ碧人が家に入り込めたのか気になった。
「ああ、かかってたけどおじさんが開けてくれたぞ。というか、ゲームしてるだけなんだしノックなしでもいいでしょ?」
「まあ、そうなんだけれども」
母親が私用で出かけているが、代わりに父親が私用で有給を取り今の時間帯は家にいたことを思い出す涼。そして、碧人の言葉に何の反論もせずに肯定する。
「で、どうするの? というか、涼はどうしたいの? 一生このまま部屋に閉じこもってるつもりか?」
「別に、そういうわけじゃ……。いつかは働くよ。でも、やる気がね……」
涼だって、このまま甘んじるつもりは毛頭ない。
「そうか、ならわかった。できるかぎり手助けしてやるけど、俺がこの大学に行くまでにしろよ」
涼は碧人の、大学に行くまでという強調された言葉に引っかかりを覚えた。
「……何で?」
「何でって、俺大学一人暮らしするかもしれないから」
碧人という人間はなんだかんだ涼を甘やかしてくれていた。異世界に召喚される前からもそうであり、異世界から帰ってきた後はさらに顕著になった。だからこそ、涼も碧人に依存していたのである。
そのため、碧人が離れるという考えが涼にはなかった。
「涼? どうした、そんなに固まって」
「第一志望、どこ?」
神妙な面持ちをした涼は、恐る恐る碧人に聞いた。
「まだ決まってないけど、県内は多分ない」
国公立大学であれば三大都市圏への一極集中は少ない。しかし、私立大学ともなると話は別だ。基本的に私立大学の多くは三大都市圏に集中している。涼たちの住んでいる市は三大都市圏の外側にある以上、多くの学生は大学進学のために県外への移住する。何でそんな簡単なことも思いつかなかったのかと、涼はひどく混乱した。
「どうしよう、碧人!」
涼は碧人に縋る。
「いやだから、それを聞きに来たのだけど。それとも中卒で働くの? 一応学歴不問で給料のいい仕事もいっぱいあるけど、大抵有資格者とか大卒に取られるよ。残ってるものは、きつかったり非正規だったり……」
きつい仕事の場合、涼は間違いなく不適性である。男の頃だった時ならまだしも、同年代と比べても低身長な女子になってしまっているのだ。耐えられるわけがない。
どうすべきかと涼が混乱していると、一つの救済策を思いついた。
「高認」
高認は涼が通信制高校を選ぶ過程で、少し調べたことがあった。ただ、その時はテストが面倒くさいという理由ですぐに却下していた。
「ああ、高認か。いいな。でも高認だけ取っても中卒扱いだから、大学まで行かないと意味なくないか」
涼の戸籍は実年齢に合わせている。つまり、高認を受験できる年齢なのだ。高認にさえ受かれば碧人と同じ学年で通うことも可能だ。
「同じ大学に行く」
「え? 別にいいけど、勉強大丈夫?」
仮にも碧人は経誼高校の生徒、落ちこぼれではない以上難関大学と言われる部類の大学に行くことはほぼ確定だ。
「大丈夫、筋肉科がいけるならいける……はず!」
高認を受ける決意をした涼は、すぐさまリビングへと行き父親の前で畏まった。涼の父親はおかしな行動をする自分の娘を目で追いつつもコーヒーを飲み新聞を読んでいた。
「ん? どうした涼。そんなに畏まって。結婚相手でも連れてきたのか? そんな畏まらんくていいぞ。父さんも母さんの実家に言った時母さんの親父さんから罵詈雑言やら人格否定発言やら、熱々のコーヒーをかけられてだな。自分の子どもが結婚相手を連れてきたときは優しくしようと決めたのだ。その時の瘢痕がここに──」
服を脱ごうとした涼の父親を、涼は必死に止めた。
「別に結婚相手じゃないよ。高校の件だけど──」
「別に高校じゃなくても専修学校高等課程や高専、中等教育学校の編入でもいいぞ」
「ああ、そうじゃなくて高認を受けたいんだ」
親は高校進学を希望していた。しかし、高校を卒業するのと高認を取るのとでは若干意味合いが異なる。
「高認? ああ、昔でいう大検のことだな。別にいいぞ。母さんの実家に行った時に母さんの親父さんから大卒じゃないと嫁はやらんと言われてだな、俺は大検を受けたんだ。当時の俺は世間知らずで──」
大検について語り始めた涼の父親。この調子であれば母親も許してくれるだろうと思い一息つく。
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