第4話 曇天

「一応失踪届を確認しましたが、該当人物はいませんね。まだ日が浅いのかな……」


 涼が目覚めてから数日。心労故か落ち着いて寝られない日々が続いていた。

 二人の女性警官が毎日のようにやってきては事情を聞きとり、そして手元の資料とにらめっこをしながら唸っている。しかし、涼はこんな自分になってしまったことに未だ動揺しており本当のことを言う気にはなれない。

 だが、涼以上に心労しているのは警察の方である。一般成人が記憶喪失になったとかならともかく、見た目小学生の子どもとなれば話は別だ。倒れている以前の情報が全く手に入らず、本人には記憶が戻る気配すらないのだから。

 必死に居もしない人物のことを探してくれている県警や関係者の姿を見ると胸が締め付けられる思いだ。


「涼ちゃん? なんでも良いから覚えていることない?」


 目に隈のできている女性警官は、涼の病床の側に来ると涼に優しく語りかけてくれた。


「いえ……。すみません」


 涼は軽く会釈をする。


「いいのよ、涼ちゃんは悪くないんだからね」


 そう言って頭を撫でてはくれるのだが、実際関係者に対して嘘を平然とついており涼は悪いのだ。それも軽い会釈ではなく土下座でもしなければいけないほどに。

 それを知らない女性警官は、涼に笑いかけてくれる。


「取り敢えず、今日は失礼します。何か思い出したらご連絡ください」


 警察官は付き添ってくれた看護師に連絡先を述べると、涼に小さく手を振りそのまま病院を後にする。


「涼ちゃん。大丈夫だからね、きっと探し出してくれるよ……」


 涼が目覚めた後、さまざまなことを確認した。異世界とこちらの世界で時間の経過が異なる可能性も考えたが、同期しているようだった。

 家族は、……親友は無事だろうか。そんな思いが交錯し深いため息をついた。


「自分が誰かわかんないなんて、不安だろうね」


 嘆いている涼を思ってか、実際は違えど看護師が心配してくれる。


「ええ、まあ」


 入院中は他にすることもないので、会話をすることにした。涼の場合、お見舞いに来て暇つぶしの道具をくれる人もいなければ、お金がないのでテレビカードを買うことすらできない。ただ一日を何もせずに窓の外を眺めて過ごすしかない。雨の日は惨憺たるものだった。

 その状況を不憫に思ったのか、看護師はやたらと涼に話しかけてくるのだ。


「それにしても涼ちゃん、年齢の割に大人びてるね」


「そ、そうですか?」


 そりゃ高校生なんだから大人びているのは当然だと叫んでみたいが、そんなことをすれば本気で閉鎖病棟に入れられかねない。本当のことを噤み、謙遜する態度しか取れなかった。


「そうだよ、このくらいの子なら遊びたいだの外に出たいだの言うからね。涼ちゃんはどう?」


「いえ、全く。むしろもっとここに長くいたいですよ」


 外に出たいのは本当だ。だが、外に出てどうなるのか。お金も、家も、戸籍もない。放り出されたら生きて行けなどいけない。児童養護施設に入るのが限界だろう。少しでも長く入院して、考えたいという気持ちがあるのだ。


「そうは言うけどね、涼ちゃん。あなた健康体なのよ? 体に異常はない。あるのは記憶喪失のみ。普通だったら退院してるわ。記憶が戻って、家族が来たらすぐに退院よ」


 看護師は、涼のことを思って言ったのだろう。だが、涼にはとても残酷に聞こえた。

 だが、健康体であれば多少の記憶喪失があろうとも退院することが普通だ。今回の場合は、子どもであることと保護者と連絡が取れていないから入院期間が無理に伸ばされているだけなのである。

 何かまずいことを言ってしまったのかと感づいた看護師は、浮かない顔の涼をどうにかしようと急いで脳を回転させる。


「そ、それにしても涼ちゃんってとってもかわいいよね? 何か子役だったり、アイドルとかしてたりしてね……」


 涼は、今の顔を我ながら可愛いと思った。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。

 例えるなら、テレビでたまたま写った人が可愛かった。その程度の感覚で、それどころか自分の顔なのだとうまく認識できていないのだ。

 子役やアイドル。自分で想像してみるが、そこに思い描いた少女は自分である気がしない。

 不思議な感覚だった。


「えっと……」


 看護師は、自身の発言を受け急に黙り込んでしまった涼を心配していた。何か地雷を踏んでしまったのでないかと思うと、「あ、私他の仕事あるから」とそのままそそくさと小走りで病室から出ていった。

 涼はその様子を見送ると、病床から立ち上がり窓際に頬杖をつく。そして、満開の桜を見下ろす。


「はぁ……」


 大きくて深い、わざとらしいため息を一回つく。

 今まで何も聞かれず、看護師に聞かれて今まで認めたくなかった部分を認める羽目になってしまった。一見すると日本人に見えない外見のことである。幸いにもよくよく見れば日本人らしい顔立ちということはわかるのだが、金髪碧眼という外見。排他的な日本の社会に戻れるのかという不安が頭の中を駆け巡る。

 復学しても無事にやれるだろうか? そもそも、復学できるのか。それ以前に、涼が涼であると認められるのか。家族と親友は──。

 涼の悩みはつきなかった。

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