第2話 見知らぬもの
涼は、自分の意識がゆっくりと覚醒していくことに気がついた。瞼は半分も開いていないが、差し込むのは日光。そのことに気がつくと、体を仰向けの状態から回転させうつ伏せになり手を地面につく。
しかし、その地面に違和感を覚えた。
「……あれ?」
久しく見ていない地面だなと思った。幻覚かと思い地面を手で触り確認し、コンクリートであることを理解する。
涼が召喚された異世界は、いわゆる中世ヨーロッパ風の世界であった。ということは、コンクリートなどは存在しない。石畳でできた道など極稀で、基本的には簡易的に舗装された土道。膝の高さまである草木を掻き分けながら歩いたこともあるのだから。
「コンクリート……? もしかして……」
元の世界に帰れたのだろうか。そんな期待が一瞬涼に浮かぶ。しかし、まだ油断はできない。証拠は今のところコンクリートしかないのだから。仮に元の世界だったとしても、海外に転移した可能性だってある。
涼は断定せずにこの辺りのことを調べることにし、体を起き上がらせると周囲を確認する。
すぐ近くには海が見え海には遠くには大量の島々が並んでおり、涼のいる場所はコンクリートで海に突出している。そのことからも、涼は今自分がいる所は埠頭なのだろうという推測を立てた。陸の方を向いてみると、海岸沿いに住宅が密集しておりその後ろは山々で遮られている。
「さて……」
凝った体をほぐそうと軽くストレッチをして今までずっと気になっていたことを考える。妙な違和感の正体、それは声が高いのだ。
「あー。あー」
何度も発声して確認するが、明らかに違う。自分が喋る時に聞く声と、録音して聞くときの声は異なって聞こえるというが涼は断言できた。何年も聞いてきた自分の声を間違えるわけもない。
これは女性、それも思春期真っ盛り程度の少女のような声であると。
そして、もう一つ気になることがあった。立つときにも少なからず頬に触れていた物。涼の髪の毛であった。
「そういえば……」
涼は、異世界転移の代償として体に何らかの異変が起こると言っていたことを思い出す。だが、髪の毛が伸びたくらいなら何の問題もないと割り切り、指で頬に当たっている二、三本を摘んで視界に入れる。
「……あれ?」
てっきり真っ黒い髪の毛かと思いきや。目の前に映し出されたのは金髪。指の腹でこすってみても色は変わらない。
「ま、まあ。そういうことも……あるよね?」
髪の毛の色が変わってしまうことも、転移の影響であるかもしれないと自問自答し解決する。
「で、どこだ? ここ」
住宅が密集している方を向いて涼はそう口にする。まだ元の世界だと断定できない以上、不安はある。しかし、これが人気の全くないゴビ砂漠のど真ん中だったり世界最大の無人島であるデヴォン島だったりするよりかはマシである。
何か情報を得られないかと、取り敢えず住宅街へ行くことにした。
だが、それにすら問題はある。この金髪のせいで不良や外国人に間違えられないだろうかということだ。尤も、ここが元の世界にによく似た世界ではあるものの髪の毛の色がアニメ見たくバラエティに富んだ世界という可能性もあるのだが。
「……あれ?」
外国人に間違えられないだろうか。
涼は、思案していて何気なく思ったことが引っかかった。一度引っかかってしまったからには、何度も脳裏をよぎってしまう。
最悪の可能性を脳裏に、涼はすぐに足を止めた。
髪の毛が金髪になったのはほぼ確定である。しかし、金髪になったのではなく、そもそも体が東アジア系から縁遠くなってしまったという可能性だってある。
「まさか、ね……」
顔を引き攣らせながら自己暗示をかける。
涼は街へと向かっていたが、方向転換をし埠頭から海を覗き込むことにした。そして、海に顔を近づけようと歩いてみるがぶかぶかの靴のせいで転んでしまう。
「いった……え?」
だが、涼は痛みなんて一瞬で忘れるくらいの衝撃に思わず絶句した。
魔王の言っていた代償というのは中々に大きいようだった。
まず、水面に映ったのは碧眼だった。
鏡のように反射する海を見ているため細かい色まではわからないが、青系統ということはわかった。だが、絶句した理由はそこではない。
涼が絶句した理由、それは顔だ。涼自身見惚れるほどに可愛らしい、顔だった。大きな丸い瞳が海に映り、丸で南国の海をそのまま取り込んだかのよう。
そして頬にかかる金髪、声のことも合わさり見た目は完全に少女そのものだ。
あまつさえ、年齢も若返った様に思えた。涼は十六歳だが、十二歳位ではないかと見紛うほどに。
戸惑いを隠せず口を開けっ放しにしている少女を見ている涼は、あることに気がつくとすぐに胸部を弄った。
胸部には男の時にはなかった膨らみが。大きくはないが、真っ平らというわけでもない。なだらかな丘陵ができていた。そのことを受け、涼の恐怖と緊張は最頂点に達する。恐る恐る手を股間に赴かせるが、そこには何もない。
「ない……」
必死に股間を確かめるも、何も確認できない。長年連れ添ってきた未使用の相棒の突然の失踪に、涼は急激な喪失感に襲われる。
「嘘だろおおお!」
涼はパニックを引き起こし、遠くに見える山々に向かって叫んだ。急激な体の変化を受ければ、これも仕方のないことかもしれない。そしてその瞬間、涼の視界が急に揺らぎ頭痛を引き起こす。
涼は息を荒げてその場に座る。だが、頭痛は収まるどころか激しさをます。視界のゆらぎも瞬きをするも効果はなく、そのまま平衡感覚がなくなり倒れてしまった。
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