異世界帰りのTSっ娘が高認を取る話

豊科奈義

第一部

第一章 あなたは誰なの?(4月)

第1話 事実は小説より奇なり

 事実は小説より奇なりという言葉がある。

 とある少年は、初めてその言葉を見た時に思った。そんなことあるわけないじゃないかと。

 しかし、少年はその考えをすぐに捨てた。


「事実は小説より奇なり」


 いつしか、少年はその言葉を頻りに呟くようになった。

 全くもってその通りだと思えるようになったからだった。



 空一面にはただ黒が広がるのみ。星が見えないため、夜というよりかは暗黒という方が正しいだろう。そんな暗黒の中心部の下。むき出しの岩が延々と続く荒野に、場違いな城が建っていた。物語のラスボスが住んでいてもおかしくないような紫や黒といった暗い色をふんだんに使った城。城の最高部は天を穿つのではと見間違えるほどに高い。

 中も同じ様に暗く、不気味さ故に人間はなかなか立ち入ろうとはせず獣人、魔人と言った人々が働いていた。

 そんな城内の最奥部。王の間にいるのは二人。黒髪黒目の少年と赤髪赤目の魔王だ。少年は血で染まった剣を手にしている。何を隠そう、王の間にて行われていることは激しい攻防戦なのだから。


「さすがは……異世界より召喚されし勇者だな」


 世界を混沌の渦へと落とし込んだ元凶。魔王が今現在、少年の攻撃によって倒れ地に伏している。息切れをし、腹部からは大量出血。もう長くはないだろう。苦痛により悶絶の表情をしていてもおかしくないが、魔王は爽やかな笑顔を少年へと見せていた。


「最期に、名を聞いても?」


 少年は剣についた血を振り払うと、鞘へと収める。そして、魔王の顔を見た。


「涼だ」


「リョウか。災難だったな。さしずめいきなり召喚されたということなのだろう。つらいこともあったろうに」


 魔王は、まるでよく分かると同情するように発言する。

 これは魔王の罠だ。時間稼ぎをして何かを仕出かすつもりなのだ。今の涼を見たらそんな声をかけたい人は大勢いるだろう。

 だが、涼にとってその発言は心地が良かった。


「全くだよ。突然使命を果たせだの言われるし。なにより、元の世界へ帰れる保証もないさ」


 心の枷が外れてしまったのか、今まで言えなかったことを言い尽くさんとする勢いだ。

 涼は今までの鬱憤を晴らしたかったのだ。

 涼の発言通り、一方的に召喚されるも元の世界に帰れる保証はない。一方的に魔王討伐を命令してきたのだ。

 涼は命令通り魔王討伐のためにここへと来た。

 だが、魔王を倒したところで元の世界へと帰れる保証なんてどこにもない。自分がやっていることは無意味なことなのではないかと思い、ため息をついた。

 しかし、その言葉に魔王は違和感を覚えた。


「ん? そうなのか。我は別世界へと送る魔法を持ってるぞ」


「え?」


 衝撃の発言に、思わず涼は真偽を確かめるために魔王のへと振り返って動きを止める。そして、命乞いのために嘘をついていると可能性が脳裏をよぎる。

 だが、それでも涼は体が固まっていた。本当か嘘かなんてわかりやしないが、もし本当なら。僅かでも可能性があるのなら。そう考えると嘘だと魔王の発言を一蹴することなんて涼にはできなかった。


「本当なのか?」


 涼は帰れるかもしれないという気分の高揚によって震えた声でそういった。本当かどうか確認しているが、涼の意識はほぼ魔王の発言に乗るということに賛同していた。


「我は今、リョウに負けた。嘘をついて何の得があるというのだ。それに、リョウは元の世界へ帰りたいのだろう? こちらも確証はない。だが、一抹でも希望があるなら託そうとは思わんか?」


 帰りたい。そんな思いが涼の全身を駆け巡る。

 そして、意識すればするほどその思いは強くなる。

 涼の鼓動は早くなり、体は熱くなり、全身から汗がにじみ出る。


「わかった。何をすればいい」


 仮にこれが嘘だったとしても、そのときはそのときだと涼は覚悟を決めた。


「魔力をくれ。さすれば、魔法を行使できる。言っておくが、保証はできんぞ。転送できないかもしれんし、リョウの世界とは別の世界に飛ばされるやもしれん。一見すると似ていてもどこか違う世界という可能性もあるだろう。仮に上手く転送できても、体に異常がでるやもしれん」


 まるで一般用医薬品に書かれている注意書きのようなくどい説明をした魔王。そんなに喋られるなら割と元気なんじゃないのと、涼は脳の片隅で思った。


「それでいい」


「そうか、なら魔力を送ってくれ」


 涼は魔王の側まで行くとそのまま魔王の体へと触れる。出血多量ということもあり、人肌よりはだいぶ冷たくなってしまっていた。尤も、魔王の平熱など知らないが。

 そして、涼は滾る魔力を魔王に向けて注ぎ込む。念には念を入れ、魔力を魔王につぎ込んでいく。多大な魔力を送ったためさすがの涼も苦しくなる。しかし、この機会を逃したくないという一心から限界まで魔力を込める。一般人ならすっかり音を上げてしまうほどに。


「なんと豊潤な魔力。うむ、できるやもしれんな。では、リョウよ、魔法陣の上に乗ってくれ」


 魔王城の地面に直径数メートルはあろうかと思われる銀色の魔法陣が出現する。魔王が作ったものに恥じない出来であり、どこかおどろおどろしい。

 いざ転移が可能になると、不安が大きくなってしまい決断したはずだというのに脚が思うように動かない。


「どうした? 長くは持たんぞ」


 急かしてくる魔王の言葉が聞こえ、涼は意を決して魔法陣の上へと移動する。


「乗ったか。ではいくぞ」


 魔法陣から銀色の光が見えた。その光は見る見る増していき、そのまま周囲の景色が見えなくなるほどまでに強くなった。そしてその瞬間、まるでジェットコースターにでも乗ったかのように強烈な浮遊感が涼を襲う。

 それと同時に全身に激痛が走った。思わず地面に転げ回りたくなるような痛みだが、浮遊感のせいで地面にきちんと脚がついているのかさえわからず転げ回ることができない。

 苦しみのあまり声なき声が辛うじて出ただけで、光が逓減を開始すると涼の体からは生気が抜けたように光を漂った。

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