第5.5話 人の悪意のカタチ 2.2
勝手に話が進み、どうしたものかと信久は呆れつつも、あまりに嬉しそうにしている自称妻、彼女を無下には出来ず、なんやかんやでこの生活が気に入っている部分が様な気がして、信久は悩む。
薄々ではあるが、信久自身で気が付いてしまっているからなのかもしれない。
「嬉しそうにしてないで、少しは自分の状況に危機感とかないのか?」
「ありますけどぉ。慌てふためき、泣き叫び懇願したところで、誰も助けてはくれませんので。地道にコツコツとやるのが良いのですよ。
幸い、私は一様神様なので、時間ならはいて捨てるほどありますので」
「オイこら土地神、言い方を考えい」
そう言って少し乱暴に茉菜を抱き寄せ、その頭をクシャクシャと信久は撫で繰り回した。
「お主、かりにも神をぞんざいに扱うとは・・・怖いもの知らずか?」
「この程度で死ぬようなことがあるならば、所詮俺の存在なんてそんなものなんでしょう。幸か不幸か、だいぶお気に召していただいてるようですよ」
そう言って、信久が視線だけで指示した先には、撫で繰り回されて髪の毛ぼさぼさなのに、妙に幸せそうな顔をした女性がそこに居た。
寿は「こんな娘に育てた覚え、ないんだけどなぁ」とつぶやくが、本人には届いていないのか、聞こえているのに無視しているのか、どちらにせよその表情は幸せそうである。
「話を戻しますが。どうしたら、彼女が元の状態に戻るかですけど・・・」
「う~ん、神としての存在が消えてないゆえ、まぁ社の穢れをなんとかできれば問題は解決しそうではある」
寿の言葉に、やっぱりあの疲れる掃除を毎朝しなければならないか、と信久はうなだれた。
「一朝一夕にて事は無しえない、という良い見本ですね旦那様。それにそれだけ長く私たちは一緒に居られるという事で」
「問題は。なんでその取り除いたはずの穢れが、短期間でよみがえった。あるいは、戻ってきたのかという話だと思うのですが、寿・・・さんは、どう思います?」
未菜が嬉しそうにはしゃぐのを横目に見つつ、話が進まなそうなので無視して話しを進める信久に、多少不満げに頬を膨らませた未菜。
それよりも寿をきやすく呼んで良いものか迷ったが、信久は寿に対してそう聞くと、寿自身もさして気にした様子もなく。
「そうだなぁ。お主、えっとぉ・・・この時代だとなんといえば伝わるか。おばけ、などは見えたりするか?」
「いえ、まったく見えませんけど」
寿と信久のやり取りを聞いていた未菜が、伺う様に口をはさみ。
「あのぉ、寿様、旦那様にちょっと、ほんのちょっと穢れとかが見えるようにできません?」
どうやら穢れが見えるか見えないか、に直結するような話だったらしく、信久はなんでそんなにうかがう様に聞いてるんだと思いながら、小首をかしげる。
「無理だ。このものが眷属になればそれぐらい見えるようになるだろ」
「で、ですよねぇ。と、とりあえずその、この穢れ流し、頼んでいいですか?」
「え? 穢れって消えたじゃん」
目に見える状態では消えているように見え、さきほどどす黒いものは一瞬にして溶けたと思っていた。
その証拠に、泉には澄み切った水が滾々と湧き出ている様に見える。
「自然の流れに戻す、と言ってやれ。そこで不思議そうにしてる嫁(男)が意味不明そうな顔をしておるぞ」
あ、ごめんなさい、と未菜が頭を下げるので、こちらこそ済まないと信久も頭を下げる。そんな二人を見て、上役の神である寿は、これはこれでうまくいくのかねぇ、と内心で少しほっとしていた。
「信久殿」
「あ、はい、寿さん」
「この至らない者で大変申し訳ないが、これでも大切な私の・・・私のぉ・・・」
「寿様、なんで言いよどむんですか。娘、娘みたいなもので良いじゃないですかぁ!」
未菜のその言葉を聞いた寿は、実に嫌そうな顔をしていたが、本気で嫌がっているのではなく、親しみのある戯れの様な、そんな印象があった。
「門はお主でも開けられるように・・・ほれ」
そう言って、寿は信久の右手首に何かを巻き付けた。
そこには、赤い紐に小さな銀の鈴が付いた、包帯? の様なそんな形でいつの間にかまかれており、どこが紐の終点かも良く分からないものだった。
「これは?」
「普通の人には見えないから、特に付け外しはしなくて大丈夫だ。ココに来れる要はぁ・・現代語だとチケット? と言えば通じるか」
寿は信久のわかる言葉に置き換え、なるべく伝わる様にと配慮して言葉を選ぶので、信久としても非常に分かりやすく、ありがたかった。
「なるほどぉ」
「鳥居の前で、柏手を2度打てば開く。それから、それには、この世ならざる者や、神といったものに、そちらの右腕だけ触れられるようにもなるぞ!」
「えっとぉ、たぶんこれ無くても触れられてるかもしれません」
「はっ?」
そう言って、信久は、左手で未菜の手を取り、掌を合わせてみる。
「あ、あのぉ、旦那様は、なぜか私が実体化していなくても触れられるんですよねぇ」
「見えないのに、触れられる人間とは・・・珍しい事もあるものだ」
「と、とりあえず有り難くいただきます」
「門を一人で開けるようにしたので、ここへ穢れを流しに来なさい。そうすれば我のほうで処理をしておく」
よろしくお願いします、と2人で頭を下げ、その場を後にした。
帰る際も、未菜が柏手を何もないところで2度打つと、赤い鳥居が現れ、その中へと入っていく。
次の瞬間には、ひんやりと冷えた境内の空気が肌を刺し、痛いとさえ思うほどだった。
「なぁ、つまり、穢れの発生源があるってことだよな?」
先ほどの話を要約すると、まず間違いなく何かが起きているという事になる。
「旦那様・・・あのぉ、契約・・・」
境内につき、信久が今後の話を振ったのだが、それよりも、契約うんぬんがどうやら未菜としては非常に気になっていたらしい。
「どうすれば良い」
「え、だ、旦那様さきほどの話聞いておりましたか? 人としての流れから外れるって話」
「今更だろ、これだけ巻き込んどいて。それに俺は、おまえの旦那様なんだろ?」
「旦那様ぁ。大好きです」
あまりに素直に、姿勢を正し、巫女服姿で満面の笑みでそう言われたせいで、信久は直視できず、視線を逸らす。
「き、キスをですね・・・・すれば、で、でもですね、あのですね。この状態の私と契約できるかわかふぅぅ!」
信久も何を想ったかの、恥じらい、照れている、未菜を抱き寄せると、そのままの勢いで信久はキスをした。
あまりの出来事に、何が起きたのか理解するのに少し遅れた未菜だが、その感触と感覚を楽しむように、ゆっくりと目を閉じ、そして少し離れてから、ゆっくりと瞳を開けた。
「こ、これで良いか?」
「あ、あのぉ、だ、旦那様。非常に嬉しい事をしていただいた後なのですけど。ちゃんと手順を踏んでいないので・・・・後でもう一度になります」
「うわああああああ、恥ずかしいから勢い任せでしたのにぃ」
日が昇り始めた境内に、信久の悲鳴がこだまし、それを非常に暖かい目で、未菜は見守りながら、今してもらった唇の感触を確かめる様に、そっと人差し指で唇を撫でながら、上りゆく朝日を見て、今日は良い一日になりそうだとそのまぶしさに目を細めていた。
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