第6話 人の悪意のカタチ 3
6話 人の悪意のカタチ 3
2月22日火曜日 学園 8時25分
早朝のごたごたから、自宅に戻り、正式な契約などがどうという話はいったん保留。
信久が恥ずかしさと居たたまれなさに身もだえ、未菜が非常に得をした、という出来事でいったんは収束した。
支度を終え、学園へと向かう。
高校生という身分である、信久は神社のお勤めを済ませた後に学業に励まないといけない。
早朝から起きている人間で、さらに慣れないとなれば、学校での授業というのは厳しい。
そんな信久は本日はいつもと違い、ここに来るまでの間にどういうわけか、人から発せられる、色のようなものが見える様になっていることに気が付いた。
「これが原因かねぇ?」
ふと右手に薄っすらと見える赤い紐と銀色の鈴。
感触はないが、確かにそこにあると実感できてしまう。視界がそれを認識してしまう事に、「ああ、いよいよ本格的に神様の使いだよこれは」とうなだれる。
ふと信久の座っている席から後方、視界の先に、とある女子生徒が目に入る。
工藤 渚、学園一の秀才とか言われ、おまけに眉目秀麗、才色兼備、ある意味同じ意味が混じるような言葉ではあるが、まさに「小説のヒロインかこいつは」といいたくなるほどの完璧な女性である。
人を寄せ付け、その才能と美貌で、周りかも悪い噂もなく、よく相談事などを持ち掛けられている。
信久の視線はそのさらに奥、窓際の一番後ろの席に目が吸い寄せられるように移動した。
そこには、クラスメイトで唯一といっていいほど、誰ともかかわりを持とうとしない、けれど決して悪い噂などない、桜 美代の姿が信久の目に飛び込んできた。
何故飛び込んできたのかといえば、彼女の周囲に黒い靄のようなものが渦巻き、時よりその靄が黒い獣の様になると、今にも彼女を縊り殺すのではないか、というような容姿で、黒い霧は牙を突き立てていた。
しかし、突き立てられた牙で痛がる素振りなどが無い事から、ああ、これはアレだ霊的なやつだ、と信久は直感した。
やれやれ、と思いつつ目に入ってしまったので、仕方なく桜 美代の元まで足を運ぶ。
「あ、あの、何か?」
「う~ん・・・ふっ!」
美代が非常に訝しげに信久を見上げる。
彼女に近寄ったことで気が付いたのだが、本日二度目の重苦しく、気持ち悪い感覚に信久は囚われ、これは穢れだと、すぐに気が付き、あまりの不快感につい彼女に返答するよりも先に、信久は右手でそれを払ってしまった。
すると、バチッン、と何かがはじける音が教室中に響き渡り、一斉にクラスメイトが信久に視線を向ける。
「あ、あ~、えっとぉ」
あまりの予想外の出来事に、内心、(やべぇよ)と思わずぶっ叩いたら、なんか音出たよ、と焦りながらも顔には出さずに、涼しい顔をして。
「いや、蚊がいてなぁ」
信久の苦し紛れの言い訳に。なんだよ、驚かせるなよ、などなど、口々にクラスメイトが各々の会話に戻っていくので、ほっと胸をなでおろす。
思いもよらない音だったので、ふと、今の靄がどうなったのかを確認すると、彼女からはそれは消えていた。
「あ、あのぉ」
「ああ、ごめん、ごめん。なんか変なこう・・・」
言えるわけもなく言い淀む信久に、あきらかに不審な目を向ける美代。
どうしたものかと思って視線を彷徨わせると。
「え・・・なんで?」
「何がですか?」
「えっと本当にごめんね、蚊みたいのが飛んでたから、つい気になっただけなんだ。それじゃね!」
信久は早口にてその場を後にする、内心、心は穏やかなものではなく、やべぇよ、これ何がどうなってんだよ。と焦りの色を隠せずにいた。
理由としては簡単だった。
さきほどの美代に纏わりついていた靄が、どういう理屈なのかは分からないが、才女こと、工藤 渚に纏わりついていたからだ。
放課後、急いで自宅に戻ると、信久の帰りを待っていた未菜が、鬼の形相で玄関に仁王立ちをしていた。
「ただ・・・いうぁぁぁ」
「旦那様何をなさったのですか、何を!」
玄関の戸を開け、彼女が視界に入るや否や、全力で首の襟元を掴まれ、人とは思えない力で、グラン、グランと上下に揺らされ、そのたびに信久は地面に足が付いたりつかなかったりと、とんでもない事になっていた。
「ぐぇ、ちょっ、まぁ!」
「本当に、なんて事を」
「げほげほ、た、頼むから、何の話か説明してくれ」
慌てていたのか、説明の無いままに自分の嫁(旦那)を、力任せに上下にブンブンと音が出るぐらいに振り回した未菜だったが、信久の様子を見て少しだけ冷静さが戻ったのか、掴んでいた襟の手の力を抜き、うなだれる。
「お昼頃です。隣町の神が訪ねてきまして(私の仕事の邪魔をしたと)苦情が入りまして」
「は? いやいや、俺何もしてないぞ」
「旦那様・・・なにか叩きませんでしか?」
叩く? はてと思い、思い返して思い当たるのは早朝の出来事で疲弊しきってたところに変な黒い靄が見え、それを振り払ったら、なぜかクラスの秀才にそれが移っていた。ということぐらいだろうか。
というのを一様、未菜に告げると。
「うわぁ。えっとぉ。旦那様、手は大丈夫でしたか、その時?」
「いや何ともないけど。ああ、でもなんかとんでもない音がしたな、バチィンって感じで」
「そりゃぁそんな音も出ますよ。ああ、頭痛いです」
「ごめん話が見えないんだけどさぁ。あの靄何だったの? 別の人に移っちゃったんだけど」
「移った・・・・はぁ。結論だけ言いますね」
移ったという事に、さらに怪訝な顔をしながら、未菜は少し考えた後、そう言った。
「その靄は、呪詛です。つまり・・・・呪いです」
「呪いって・・・さっき隣町の神がどうのとか言ってなかった」
「それが問題なんですよぉ。つまり、神様が掛けた呪いを、旦那様が手順を無視してそれを願った人物に返しちゃったんです。いわゆる呪詛返しと言われるものなのですが」
ここでふと思う、あれが移ったのが、学年一の才女で、最初にその靄をまとっていたのが、クラス一冴えない女子高生。
「未菜さん、一つ聞きたいんだけど。呪詛返しって必ずかけた本人に返るものなの?」
「例外なく、術を願ったものに帰ります。一切の例外なく。それより・・・・どうしてくれるんですかこれぇ!」
どれの事だか分らんが、どうやら自分がまずい事をしてしまった事だけは、目の前で取り乱す未菜の姿を見れば、嫌でもわかったのだった。
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