第2話 共同生活とお勤め?

2話 共同生活とお勤め?

 2月20日 13時20分館宮神社境内横、自宅目の前。

 これはいったいどういう事だろうか。

 信久は、目の前の光景を理解できず、ただ茫然と自分の立っている場所を確認する。

 先日の嫁入りの一軒から1日とたたずに、どこからどう話が出回ったのか全く分からないが、なぜか(神宮寺 信久が館宮神社への婿入りが決まった)という話が町全体にいきわたり、親元の耳には1時間とたたずに入ったあげく、あろう事か我が家の誰もが。

「良い婿になるのだぞ!」

 などと言いながら信久の肩に手をのせ、バシバシと音が出るぐらい叩きながら泣く始末に、信久は何の冗談なのかと自身の身内ながらこの人たち大丈夫なのだろうかと、少し心配になった。

 そして、神だと名乗った彼女、名を館宮 未菜(たてみや みな)と名乗り、色々準備いたしますので、20日ごろまたいらしてください。

 との言葉で本日、流されるままに館宮神社へと来た、というのは建前で、両親ともに信久を半ば強制的に送り出したのだった。

 鳥居をくぐり、社の前まで来て、社から向かって右にある母屋(自宅)として使われていた場所には、先日の築30年ぐらいはありそうなボロ家ではなく、わりとしっかりとした真新しい2階建てのお家がそこにはあり、向かって左側の社務所?とも言えないオンボロ社務所も、真新しい社務所へと変貌を遂げていた。

「ナニコレ」

 信久は目を疑い、口からはそれ以外の言葉をもたないのではないかというぐらい、単調な声でその言葉が紡がれた。

 呆けている信久をしり目に、この状況を知っているであろう人物が玄関から巫女服姿で出迎えた。

「おかえりなさい旦那様。どうかなぁこれ?」

「旦那様じゃねぇし、なんだこれは!」

 目の前の家と、さらに社務所を指さしジェスチャーする。

「わたくし、神の力は諸事情により使えないのですが、実体化はできるので、こう、お願いして回りまして」

「お願いしても数日で家は建たんし、社務所も綺麗にはならん!」

 怒鳴るようにそういう信久とは対照的に、特に何もおかしくありませんよぉ、という様に陽だまりのような笑顔を見せる未菜さんに、どうしたものかと信久は頭を抱えそうになる。

 狐の嫁入りうんぬんの時も思ったが、この人は悪い意味で常識からズレている人だと思う。

「なんか、24時間急ピッチでやってくださいまして。建っちゃいました」

「建っちゃいましたじゃねぇよ。労働基準法ぉ!」

 確かに昨日、何かどたばたと昼夜問わずにやっていたのは知っていたが、まさかここだとは信久はつゆとも思わなかった。

 普通、昼夜問わずにどたばたすれば誰かしら怒るものだが。

「なぁ、近所迷惑って知ってるか?」

「あ、それなんですけどね。わたくしがここの管理人ですって説明して。さらに、今度から旦那様とここでお勤めをしますと、町内会で場所を設けて説明をさせていただいたのですが、おじい様おばあ様は泣いて喜びいていただき、大工さんは何かやる事はねぇかと言い出しまして」

「え・・・・つまりこれって」

「皆様の善意でできています」

 何なのこの町は!

 あまりの館宮神社の待遇の良さに信久は開いた口が塞がらず、放心状態となっていた。

 そんな信久を未菜さんは背後に回り、「ささ、お家に入りましょ旦那様ぁ」と言って、中に連れていかれた。

 一階リビングには、すでに家具がびっしり置かれ、ソファー、やその他生活に必要そうなものはそろっていた。

「な、なぁ」

「これも、皆様からの寄付ですよ」

 信久の言いたい事、聞きたいことが分かっているのか、彼女は小さな体で嬉しそうに信久の腕にしがみつきながらそう答えた。

 寄付もへったくれもない、どう見ても新品の家具である。

 その後、家をくまなく見せられ、社務所を見て、最後に本殿へと信久は案内され、足を踏み入れる。

「あれ、ここは変わってなくないか」

 不思議に思い、信久は未菜にそう聞くと、姿勢を正し、本殿内で正座をしてこちらに向き直った。

「こちらは、わたくしの社ですので、基本的に触れさせておりません」

「え、でもここは新しくしなくてもいいのか?」

「できないんです」

「できないって、どういう事?」

 そう聞くと、彼女は少しもじもじし始め、顔を赤らめ。

「その・・・こ、この社が私の一部なんです!」

 叫ぶように言う未菜に、いったい何を言っているのかわからず、信久は首をかしげていると、彼女は「えっと、つまりぃ」などと口ごもり、どうもはっきりとしない。

 そんな中、信久は何気なく、社の床を手の甲で撫でた。

「ひゃっん!」

「へ?!」

 かわいらしい悲鳴とも、湿っぽい声がもれる、何とも色気のある声に思わず目を見開き、その声の主へと信久は視線を向ける。

「ひぁ、ひぁゃから、一部なんですぅ」

 未菜の呂律が回っておらず、舌足らずな言葉でそんな事を言う。

 半信半疑だったが、試しにと信久はまた床を撫でてみた。

「ちょ、ひゃめ、うぅ、はぁぁ。だ、駄目ぇ」

「ぐはぁ」

 気がつくと、社の扉が思いっきり開いたかと思うと、神社の軽打に俺は体を打ち付けていた。

「いってぇ、な、何?!」

「え、エッチです。わ、わたくしの一部だと言ったではございませんか!」

 怒ったような、それでも嬉しそうな、そんな表情で信久を見ている未菜。

 信久はそこで初めて言っていることの意味を理解した。

 つまりは、この社そのものが未菜の体であり、一部で、触れられるだけで彼女に触れているのと同義なのだと、どうやらそういう事らしい。

「わ、悪い。言ってる意味が理解できなかったもので」

「い、いえ。わたくしも説明が下手なようで」

「そ、それで、その俺は今日からこの境内と家で、何しすればよいので」

 とりあえず、もっとも疑問が強い部分から聞いてみる事にした。

「こ、こちらの社を綺麗にしていただきたいのと。参拝に来られた方の力になる事です」

 参拝客の力になるのは分かるが、なぜに社を綺麗に、そんなの大工さんに綺麗にしてもらえばさぞ美しく綺麗になるものを。

「わ、わたくしの体に触れて良いのは、だ、旦那様だけです」

 いじらしく恥じらう未菜に、正直思春期高校生がドキッとしないわけもなく、案の定そのいじらしさに、危うくそのまま恋してしまいそうになる信久。

「良いですよ、そのまま、恋しても」

「人の心を読むなぁ~!」

 こうして、嫁入りから、信久の新生活が神社にて始まったのだった。

 後に信久は自身が様々な肝心な事を聞いていなかったと、後悔するとも知らずに。

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