第3話 眷属なんて聞いてないのだが?!

3話 眷属なんて聞いてないのだが?!

 2月21日 月曜日 館宮神社境内 AM5時10分

 前日の疲れもあったのか、信久は夢の中だった。

 だが、神社の朝は基本的に早く、ここも例にもれず、早かった。

 スーと、音もたてず、前触れもなく、彼の寝室に頭上からフワリふわりと浮かぶようにして、この神社の神様、未菜が巫女装束で浮かんで現れた。

「旦那様、起きてくださいまし」

「ふぁ・・・後5分」

「・・・・」

 基本的に一般人の朝など、朝7時が定番で当たり前、5時などに起きている人なんて、神社仏閣の人間か、おじいちゃんおばあちゃんのお年寄りの方々だけであろう。

 だが、神様にそんな人間のルーティーンは関係ない。

 関係ないがゆえに、彼女は少し怒っていた。

「ふ、はっ。な、なに?!」

 いきなり背中に嫌な汗をかき、信久は慌てて体を起こした。

 目を覚まし、周囲を見渡す、しかし誰もいない、居ないはずなのに頭上から突き刺さるような視線を感じ、上へと視線を向けると、そこには浮遊する未菜が、特に何を言うでもなくフワフワ浮いていた。

「おはようございます旦那様」

「お、おは、よう」

 声は出る、口も動かせる、体も動くけれでも言い知れぬ威圧感があり、恐怖さえ感じる事に、信久は初めてこの人が神様で自分とは違うのだと自覚する。

「な、何してますかそんなところで?」

「起こしにまいったのですが、起きてくださいませんでしたので・・・・」

 起こしにという言葉に、近くにあった携帯を手探りで探し、手繰り寄せ、時刻を確認する。

 表示されるのは、5時20分という文字、早朝も早朝、この時期だとまだまだお日様は山の向こうな時間で、あたりも暗く、冬の冷気が立ち込めていた。

 流石に首が痛くなってきた信久に、気を利かせたのか、ベットの傍らにまで降り立つと未菜は巫女服の裾を掴み、目頭に持っていくと、シクシクと泣き始めた。

「わたくし、とんでもないお婿さんを頂いてしまったのですね。朝の手入れもされず、わたくしの社は汚いまま。朝のお勤めもせず、わたくしをもてあそんで・・・」

「ちょっとまてぇい。人聞きの悪いし、そもそも何すればいいか聞いてなかったぞ」

「だって、朝起こしに来たお嫁さんに、あと5分寝かせろと言い、5分経っても起きてくれず」

 え、なに、俺が悪いのか?と少し混乱し始める信久に、未菜は。

「エッチで節操のない旦那様はわたくしの体目当てで」

「良いから用件を言ってくれ」

 流石に話が進まないと思ったのか、信久が未菜にそういうと、彼女もおふざけをやめ、姿勢を正すと、彼に向き直った。

「神社の朝は、社の掃除から始まり、境内と綺麗にしていき、最後に神様に祝詞やお供え物をあげて1日が始まります」

「え、ああ、そうだな」

「してください」

「いや、俺は神主では・・・・」

「やはり、わたくしの体目当て」

 再び泣きまねをし始める未菜に、慌てて「それはやめい!」といい、信久は大きなあくびをしながら布団から抜け出し、服を脱ぎ始めた。

「きゃっ、そんな、こんな朝早くからなんて」

「ちゃうわ! 着替えないとできないだろ」

「え、そんなシチュエーション重視なんて!」

「掃除やめていいか?」

「いえ、お願いします」

 信久のその言葉に大変満足したのか、未菜は満面の笑みで微笑み返した。

 朝からあまりの可愛い笑みに、うぅっと、怯み、顔を赤らめながら、信久は支度を済ませていった。



 早朝の境内は2月という事もあり、寒く、また地面には霜が降り、踏みしめるたびにザクザクと音を鳴らす。

 信久は、ブルリと身震いをし、足早に境内を横切る。

 社へ向かう前に、小さい小屋へと向かう。

 小屋には、境内用の竹箒や、バケツ、雑巾などがあり、一式そろっているようにみえるが。

「やべぇな、これ」

「なにがいけないんですか?」

 フワフワと浮かびながら彼の背後に居た未菜が、肩越しに中を覗き、何がいけないのかわからず首をかしげる。

 肩越しに彼女の吐息がかかる感覚があり、妙な恥ずかしさと暖かな温もりの様なものを感じ、信久は心臓がはねるのを無視して、未菜のほうを見ずに答えた。

「いやこれ、どう見てもボロボロだろ」

 そこにあったのは、ボロボロの雑巾。

 とてもじゃないが綺麗とは言い難い代物だった。

 一息ため息をつくと頭をかき、仕方ないと言って歩き出す信久。

「え、掃除は?」

 未菜自身かなり楽しみにしていた半面、いきなり道具を持たずに境内の外のほうへと歩き出す信久に、寂しさと悲しさが入交、思わず悲しげな声色でそう聞いてしまう。

「まてまて、そんな見捨てられたような声色出すなよ。道具、家からとってくるんだ!」

「旦那様のお家、そこですけど」

 今にも泣きだしそうな顔でそう訴える未菜に、信久は。

「実家だよ。と、ともかく行ってくるから待っててくれ」

 言うが早いか、その場にいるのが耐えられなかったのか、はたまた未菜のあまりに不安げな表情を見て居られなかったのか、信久は弾かれるように駆け出すと、すぐに境内からいなくなってしまった。

 あまりの出来事に、信久はそう言って本当はいなくなってしまうのではないか、という不安に駆られながらも、未菜は、一人拳を強く握りしめながら、信久の後を追いかけたい衝動にかられながらも、必死にその場に立ち尽くしていた。

 それから30分だろうか、そろそろ本当に不安になり始めそうになったころ、信久が鳥居をくぐり、境内に入ってきた。

 その背中には、なぜか大きなリュックを背負っているの見て取れ、未菜は困惑しながら信久へと近寄った。

「あ、あのぉ、旦那様、それぇ」

「た、ただ・・・いま。こ、これか?」

 息も絶え絶えに、信久は大きなリュックを地面へと乱雑に下ろした。

 降ろすとともに、ゴンガラ、と中身が少し激しめの音を立てる。

「まいったぞぉ。自宅に戻ってこっそり必要なもの探してたら、両親が起きてきて「何してる」って聞かれたから、境内の掃除するのに、道具がぼろ臭くて使えんって言ったら、あれやこれやともたされ「失礼が無い様い」とか言って」

 言いながら中身を次々と取り出していく信久。

 バケツ、新品の雑巾、お掃除用具Xメラニンスポンジ、激落ち君、などなど、今ちまたて色々出ているお掃除グッツがポンポン出てくる。

「これ、全部綺麗にできるやつなんですか?」

「そうらしい。俺はバケツと綺麗な雑巾だけあればいいかと思ったんだが、これももってけ、これはあったほうが便利だと。まぁそんな感じでこの量になった」

 信久はそういいながらバケツに早速水を汲みはじめ、新品の雑巾をビニール袋から開ける。

 本殿社に行き、まずは階段から水拭きをしようと、搾ったぞうきんを会談に落とした瞬間だった。

「ひぁゃっ!」

「うぉっ。な、なんだよ?!」

 信久の隣を浮くのをやめ、歩きながらついてきていた、未菜が急に色っぽい悲鳴を上げた。

 あまりの突然の反応に、心臓が飛び跳ね、信久はビクビクしながらそう聞くと。

「あ、ご、ごめんなさい。数百年ぶりに触れられたものですから、つい変な声がぁあああ、ひぁっあ!」

 そうは言うが、昨日も社内で床をなぞった気がぁと、信久は思ったが野暮なので言わない様にした。

「おい、そ、掃除ができんのだが」

「いえ、そそぉのぉ、ひゃぁ、かまいまへぇんので、つじゅけぇっ!」

 どうやら続けて良いとの事らしいので、信久は構わず、階段を拭いていくが。

「うぉ、なんだこれ、真っ黒じゃねぇか!」

 一拭きしただけで、純白の雑巾が、どす黒く汚れ、長い間放置されていたのが見て取れた。

 しかし、妙な違和感の様なものを感じる黒さがあり、信久は小首をかしげつつ、すぐに雑巾をバケツで汲んできた水につけ、もみ荒いすると、水はどす黒くよどみ、まるで底なし沼でも見ているかのような感覚に陥る。

「あまり、見ないほうがいいですよ」

「なぜに?」

 その様子を見ていた未菜が、すかさず声をかける。

「それ、普通の汚れじゃなくて、穢れも混じってるので。今沼みたいだなぁって思いませんでしたか?」

「思ったな」

「沼で間違いありませんよ。そこにはありとあらゆるものの穢れが今洗い流され溜まっている状態です。普通の人が触れれば、まぁ風邪ぐらいすぐに引いてしまうと思いますよ」

「おれ、普通の人なんだが・・・」

 未菜の言葉に不安を覚え、信久が恐る恐る彼女のほうに顔を向けながらそう尋ねるが、彼女は満面の笑みで。

「わたくしの眷属なので、もう普通の人じゃありませんよ」

「・・・・え?!」

「なので、じゃんじゃん、触れて、わたくしを綺麗にしてくださいね」

「ああ、わかった。じゃねぇよ、なんだよ眷属って。初耳だよ!」

 初美耳の話に、慌てながら信久がそう聞くと、何をいまさら、というような表情をしながらにっこりと微笑み、未菜は説明をし始めた。

「わたくしに嫁入りをしたのです、眷属ですよ(しかも特別な)眷属とは、神様の従者であると同時に、わたくしの言葉を皆様に伝える、いわば通訳みたいなもので」

「眷属の説明をしてほしいんじゃなくてだなぁ。って、そうか、俺、ここ来た時点でそういう役割なのか」

「はいぃ」

 未菜の言葉を遮り、異議を唱えようとしたが、すぐに信久は自分が何でここにこうしているのかに思い当たり、自己解決して落胆した。

「こういう時は現代語で・・・えっとぉ。ドンマイ!」

「満面の笑みで何言ってんだこの神様は」

 半ばやけくそになりながら、その後も、境内の掃除を信久はつづけたのだった。

 こうして、半ば強制的な彼の神職兼眷属の生活がスタートしたのだった。

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