偶然狐の嫁入りをしてしまったのだが。

藤咲 みつき

第1話気がついたら嫁入りしてた。

初夢、1年を良く過ごせるか、悪く過ごせるかが決まる重要なものだと、祖母が生前口酸っぱく、年明けのあいさつとともに、ありがたいお説教付きで親族全員に聞かせるというのが、毎年恒例の神宮寺家行事だった。

 祖母が他界する2年ほど前まで、永遠同じ話を年明けの1月1日に聞かされており、全員何となく(面倒くせぇなぁ)とは思いつつも仕方なしに毎年耳を傾けていた。

 それは俺、神宮司 信久も例外ではなく、15年ほど永遠聞された話だ。

 だから、というわけではないが、初夢を見た年は、その夢の内容によって、なにに気を付け、何をするかを初夢の有無で決めるという習わしが神宮寺家にはあった。

 18歳になる今年、受験を控えてる我が身にとって、17歳の1月1日は特に重要なのではないかと、そう勘違いしていた。

 そう勘違いなのだ。

 いいや、騙されたと言ってもいい。

 何故なら・・・・。

 

 

「どういう事だ?」

「わたくしの嫁になっていただきました」

 初夢で、白と赤の袴を着た、セミロングの顔が整った少し背の小さい女性が、恭しく頭を下げながらこう言ったのだ。

きたる2月9日に、こちらの館宮たてみや神社までお越しくださいませ」

 彼女はそう頭を下げると、セミロングの黒髪が顔を覆い隠したため、どんな顔なのか認識できなくなり、そこで夢はさめてしまっただ。

 だが、2月9日館宮神社。

 という単語は永遠と頭をループし、その当日まで忘れることなく、思い出すことができた。

 まるで、忘れるという事を許さないかのように。


 

 2月9日午前11時20分 館宮神社。

 祖母のありがたい教えで、初夢の出来事は大切にせよ、とのお達しをわざわざ今だに守り続けた神宮寺 信久は特に疑うことなくこのような場所まで来てしまった。

 館宮神社、地元に古くからある神社で、その起源は良く分からないながらも、地元の人はこの神社を大切にしており、地元民ならだれもが知る神社である。

 館宮神社は、縁結び、恋愛成就、厄払いがメインとされており、系統としては狐、つまりはお稲荷様の部類になる。

 また館宮神社は、地元でも有名な古い神社でもあるが、誰が管理しているか分からないのに、いつも清潔で綺麗に管理されている神社で地元民なら何かしらで訪れたことのある場所だが、特にここには売店が近場にあるわけでもなく、また誰かが居るわけでもない。

 でも、みんな何かしら嫌な事や、お願い事がある時は決まってこの場に足が向く不思議な場所だと、昔から言われている場所で、小さな子供から、足腰が悪い年寄りまで、何かあると足しげく通うので、場所は良く知っていた。

 入口にははこじんまりとした紅い鳥居があり、鳥居をくぐると、左右には小さなお稲荷さんが二匹、そこから少し奥に小さな社とその右横に、こじんまりとした一軒家がある本当に素朴、というにふさわしい作りの神社だった。

 昔はその一軒家に宮司さんがおられたとも聞いてはいるが、誰も使わなくなって久しいのか、ところどころ木材が腐食しており今にも崩れそうである。

 信久は、言われた通り2月9日に、館宮神社に来ると、神社の鳥居の横に自転車を置き、鳥居の前に立つ。

 一度深呼吸をし、心を落ち着け。

(そう、夢だから何も起こらない。とりあえずお参りして、来たことだけ伝て帰ればいい、それでおしまいだ。これでたぶん一年安泰なはずなんだ)

 受験が控えているものあり、今年一年は特に何事もなく終わってくれることを願いたいと思っている信久。

 特に今日のお参りはしっかりしようと思い、鳥居の前で一礼し、右側に沿って鳥居の中へと足を踏み入れた。

 そこでふと、鳥居の中から内側へと入った瞬間、ぽつり、ぽつりと雨粒が頬を叩いた。

「は?雨?」

 空は晴天で、雨など降ろうはずもない。

 だが、確かに頬は濡れており、さらにしとしとと服を濡らす。

 そのあまりの空模様と今の状況の結びつかなさに頭が混乱していると、ふと何かの気配を感じ、そちらに視線を向ける。

 気配は社のほうからしたので目を向けると、先程までそこに人などいなかったのに今は白と赤の袴を着た女性が、恭しくこうべを垂れ、そこに居た。

 社と、その女性の姿がとても印象的で、信久は口を半開きにしながら見惚れて呆けていた。

「や、やったー!」

 いきなり顔をあげたかと思うと、信久のもとに一目散に走り抜け、そのままの勢いで信久の胸にダイブした謎の女性。

「う、うおぉい」

 あまりの出来事に反応が遅れ、そのまま彼女の勢いを殺すことができず、後ろに倒れ込む。

 幸い、変な打ち方をしていなかったらしく、そんなに痛くはなかった。

「な、なに。ってか誰?!」

「おめでとうございます。あなた話は私の嫁になりました!」

 胸に顔をうずめていた女性に、信久は何事かと尋ねると、彼女はガバっと顔をあげ、そう告げる。

 少し幼さが残るが、大人びた感じもあるその顔で満面の笑みを作ると、開口一番にそう言ったのだった。

「嫁って。なに?」

 こういう場合旦那じゃね?

 などといらん事を心で突っ込みつつ、ナニコレ、な状況に未だに頭が付いていかない信久だが、彼女はさらに満面の笑みで。

「君が、私の嫁になりました。今、この時から。ちなみに、神様に嫁ぐ場合は男性でも狐の嫁入り、だから嫁なんだよ、知らんの?」

「いや、だからなんでだよ。いつだよ。嫁に来た覚えはねぇぞ!」

「今雨降ってたじゃない」

「ああ、晴天なのになぜか降ってたな」

「それって、ちゃんとした儀式で、さらに神様たちから歓迎されたあかしなんだよ。なので、これは正式なものです」

「俺の意志というものは無いのですか」

 ダメなような気がしたが、一様聞いてみた。

 だが彼女は何も言わずただ、俺を見ながらその幼さの残る大人びた顔で微笑んでいた。

 どうやら、こちらの意思というのは完全に意味をなさないらしいと、信久はその屈託のない笑みを見てそう確信した。

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