第11話 いたずら心って大事ですよね……
糞親父発俺行きの御剣姉妹による修羅場が明くる日の土曜日。
本来であれば楽しい楽しいフィーバータイムとなる筈のたまの休日。
だが今の俺はというと、余りにも場違いな都心部に建つ巨大な高層ビルの前に1人で佇んでいた。
何故、俺がこんな場違いな所でアホ面をさらしているかというと、話は今朝に遡る。
昨夜の騒動を経た上での、朝食時。
居並ぶ俺たち(二日酔いの父さんは除く)に向かって、母さんがこう言ったのだ。
……まるで近所の酒屋にお使いを頼むような気安さで。
「ハジメ、今日お祖父さんの会社に行ってらっしゃいな。会って話がしたいそうだから」
一介の高校生に、日本でもトップクラスの大企業に突撃しろと言うには少々フランク過ぎるだろう。
雪花ちゃんが面白そうにこちらを眺めている。
だが仲間にはならないようだ。
俺は、そんな彼女の様子に、思わず恨みがましい視線を送ってしまう。
しかし、そんな俺の視線をサラリと受け流した彼女は、一言。
「頑張って下さいね、お義兄さま」
応援してくれはしたが……ニヤニヤ笑みを押さえきれていない雪花ちゃん。
ちなみに、その言葉を聞いた京花さんは何やら言いたげな顔をして、はたと口をつぐんだまま俯いてしまった。
まぁ、それも仕方がないと思う。
昨日の夜からそれほど時も経っていない。俺だって何を言って良いやら分からないのだから。
気まずい空気を振り払うように、俺は母さんに尋ねる。
「でもいきなり訪ねて行っても迷惑じゃないか? 俺が顔も覚えてない程疎遠なんだろ」
すると母さんは、事も無げに答える。
「大丈夫よ。意外と気さくな人よ?
ハジメもすぐに仲良くなるわ」
そう言って意味深に笑う母さん。
そして、何やら呆れたようなため息をはく京花さんに、未だに微笑んでいる雪花ちゃん。
ついでに、転がり落ちるように階段を降りてトイレに駆け込むなり、聞き苦しい音を起てる父さん。
まったく。何故俺の回りにはこうも癖のある人物しか居ないのだろうか。
****
そんな訳で、俺はこうして都心の超高層ビル前にいるわけである。
道中、自然を愛し川辺に寝泊まりする、リサイクル業を生業とする紳士に絡まれたりもしたが、まぁそれは別段大した事じゃない。
寧ろこんな、俺の目から見るに魔窟のようなビルに入るくらいなら、紳士方と談笑していた方がましだ。
……と、ここまで来ておいても尻込みする気持ちはあるのだが、正直に言えば興味の方が勝っているのもまた事実。
俺は大きく息を吸うと、ビルの中へと足を踏み入れた。
ピカピカに磨かれた大理石の床に多くの革靴の音が響く。
思慮深くも、訝しげに向けられる幾つもの視線が息苦しい。
そんな中、ガチガチに緊張しながら受付で用件を伝える。
「あ、あの~」
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょうか?」
「えっと、小笠原一と言います。その、小笠原さんにお会いしに来たのですが……」
まるで礼儀のなっていない子供だと自分でも思う。
まぁ、ただの高校生に高度なビジネスマナーなどあるわけもなく。当然のように受付嬢は一瞬眉根を寄せた。が、直ぐに笑顔に戻ると、
「はい。どちらの小笠原でしょうか?」
と取り繕うように聞いてきた。
その声音からは、若干の不快感が滲み出ている。
俺は慌てて、母さんに渡された名刺と共に祖父の名前を告げる。
「小笠原鉄舟さんをお願いします」と。
それからは、あれよあれよと事が運び、いきなり受付嬢が直立不動になったと思ったら、慌てて何処かに連絡を取り、ものの数分もしないうちに、秘書らしき如何にも切れ者と言った美人と黒いスーツ姿の男たちがズラリと現れ、そのままエレベーターに乗せられたのだ。
そして着いた先は最上階。
俺は、まるで連行される囚人の如く、黒服達に周囲を囲まれながらフロアの奥へと連れて行かれた。
そして大きな扉の前まで来ると、男達はピタリと立ち止まり、秘書が扉の脇のインターホンに何やら話しかける。
「会長、お客様をお連れしました」
『……入れ』
中から響いたのは、落ち着いた渋味のある男性の声。
ガチャリと扉が開かれる。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、促されるままに部屋の中に踏み込む。
大きな部屋だ。
正面に社長室にありそうな重厚な机があり、そこに座る白髪混じりの初老の男性。
彼は、鋭い眼光でこちらを見つめると、徐に口を開いた。
「ようこそ我が社へ。
私が小笠原鉄舟。君の祖父だ」
……おっと。
そこに居たのは、先程の出会ったホームレスの紳士。
成る程、ニヤニヤ笑いの原因はこういう事ね。雪花ちゃん。
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