第9話 お酒には修羅場と武勇伝は付きものですよね!?

 ――空気が痛い。


 冷たいとか、ピリピリしているとかを通り越して滅茶苦茶痛い。

 だが、そんな事を気にしない猛者がここに1人。


「おっ、母さん。この蒟蒻煮美味しいね! ピリ辛で酒が進む」


 食卓に着き、グビグビとビールをあおる父さん。

 そんな様子を、隣に座っている母さんが呆れた様子で眺めている。


「全くもう……。飲み過ぎよ」


「大丈夫だって。俺は毎日が休日だし、酔い潰れても問題ないよ」


 そう言ってケラケラと笑う糞親父、……その向かいの席に着く、俺の両隣には京花さんと雪花ちゃんの二人。


 京花さんは能面のような表情で、ただ静かに食事を進める。ただ時折彼女が箸で掴んだ食材が箸先で、刃物を通したかのようにスパッと切れるのは一体どういう原理なのだろうか……。


 雪花ちゃんは雪花ちゃんでにこやかに微笑んでいるのだが……。ドス黒い。

 何か怨念のような物がブスブスと腹の奥底で燻り、その残滓が表面に滲み出ている気がする。


 そんな2人に挟み込まれた俺の心情が幾ばかりの物かは想像に難くないだろう。

 俺は、心の中でため息をつくと、なるべく周囲を気にしないよう静かに食事を続ける。


 だが、重ね重ね。そんな空気を読まない男が1人。


「それにしても久し振りだね、京花ちゃん。昔はあんなに小さかったのに、暫く見ない内に大きくなった。

 雪花ちゃんもだね。覚えているかい? 俺のこと」


 ガハハと豪快に笑いながら、そんな事を言い出す父さん。

 それを聞いた瞬間、周囲の温度が更に下がったような錯覚を覚える。


「……えぇ、勿論です。お義父様・・・・


「……はい、私もお会いできて嬉しいです。お義兄さま・・・・・のお父さま」


 殺気さえ含むような視線を向けながら、京花さんと雪花ちゃんが答える。


 その様子に、俺は内心ため息をつく。

 まぁ、京花さんと雪花ちゃんの態度は当然として、父さんは何とかならないのか?

 いい加減にしろよ、この馬鹿親父。


そう思いながら、俺はそっと周囲の様子を窺うと、母さんが額に手を当てて深いため息をついているのが見えた。


 目が合う。


(何とかして)


(無理だよ、母さんが何とかしてくれ!)


(……お小遣い減らすわよ)


 そんな視線だけのやり取り。

 所要時間は1.5秒。

 瞬時に母の威厳金の力に屈した俺は、仕方なく重い口を開く。


「……で、今回はどこに行ってたんだよ。父さん」


「ん? あぁ、そうだな。

 実はだな……」


 そう言って、父さんは最後に残った蒟蒻をパクリと口に放り込む。


「急にな……○サブレーが食べたくなってな。だから俺は鎌倉に向かったんだ!」


 向かったんだ! じゃねぇ! とも思うが、黙って続きを促す。


「○サブレーは旨かった。だが、あれだけじゃあ腹が減る。だから俺は横浜の中華街に寄った。

 何故かそこで料理勝負をすることになってな……。

 負けた方が身体中の毛を炙り取られるというデスマッチ。結果は俺の圧勝。

 いやぁ、楽しかった。

 そしてその試合を観ていた旅の武侠集団と意気投合して、彼らと一緒に大陸に渡って彼らの料理番をすることになったんだ。

 ところがだ、中越国境で乗っていた車が何者かの襲撃を受け、1人拐われた俺は……」


「父さん、もう良い。もう良いから! それ以上言わなくて良いから!!」


 俺は頭を抱える。

 まぁいつもの事だ。

 無駄に壮大な物語。

 しかも、妙にリアリティがある分質が悪い。


 父さんはいつもふらりと居なくなっては、こうして意味不明な土産話を持って帰ってくるのだ。

 そして、毎回似たようなオチがつく。


 こんな話をされてどう反応すれば良いのだ。

俺は、助けを求めるように母さんに視線を向ける。

 だが、母さんは諦めたように首を左右に振るのみ。


「………………」


 先程とは異なる、気まずい沈黙が辺りを支配する。


 京花さんも雪花ちゃんも、まるで珍獣でも見るかのような眼差しを父さんに向ける。

 そんな中、父さんは平然と食事を続けて、ビールを飲み干すと、徐に立ち上がった。


「さて、今日はもう寝るか。

 では、お先に」


 それだけ言うと、リビングを出て行く父さん。


 その後ろ姿を、俺はジトッとした目つきで眺める事しかできなかった。

 全く……。


「……あの方は、いつもああなんですか? お義兄さま」


 毒気を抜かれ、呆れたような表情を浮かべたままの雪花ちゃんが、ポツリと呟く。


「うん、大体あんな感じかな」


 あんな感じとしか言い様がない。

 父さんがまともなのは寝ている時ぐらいだ。


「はぁ……。

 何と言いますか、凄い方ですね。

 あの最強鉄人のご子息とは思えない弛さ」


「あー……誰それ」


俺は思わず聞き返す。

 酷くバカっぽい響きを持つその単語。

 それを耳にして、俺は嫌な予感を覚えた。


 そんな俺に、雪花ちゃんは目を丸くしながら小さくため息を吐くと、諭すような口調で語る。


「お義兄さま、この間お話しましたよ? 貴方のお祖父様、小笠原鉄舟おがさわらてっしゅう様の事ですが、覚えていませんか?」


 あっ……忘れてました。

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