第5話 病弱な義妹も良いものですよね……え、良くない?

 執拗に「結婚しましょう」と絡みついてくる水無月を押しのけ、俺はなんとか無事に帰宅を果たした。

 家では母さんと京花さんが夕食の支度をしていた。


「あら、おかえりなさい一。

 時雨ちゃん元気にしてた?」


 お玉を手にした母さんがそう聞いてくる。


「ああ、元気すぎるぐらい元気だったよ。

 ……あれ雪花ちゃんは?」


 一人だけ見当たらないのでそう尋ねると 野菜を切っていた京花さんが、


「妹は2階で荷物の整理をしています」

 と答えた。


 それだけで終わらせるのもなんだと思い、俺は話を続けた


「そうですか。ちなみに部屋はどの部屋を?」


「一さんの部屋の向かいの部屋をお借りしました。 妹はその右隣です」


 ちなみにうちの家は結構でかい。三人家族(ほぼ二人暮らし)では持て余すぐらいには。

 きっとこれも顔を覚えてない祖父とやらの援助があったのだろう。


「一、そろそろご飯になるから雪花ちゃんを呼んできてちょうだい」


「はいよ」


 そう言って俺は2階へと上がって行った。


 ****


 トントン、ガチャ。

 俺は雪花ちゃんのいる部屋にノックをして入る。


 部屋は女の子らしい可愛らしく整頓された部屋だった。

 そしてその真ん中にはまだダンボールがいくつも積まれていた。


「雪花ちゃん、母さんが夕飯だってさ」


 雪花ちゃんはベッドにうつぶせに倒れ込んでいた。


「……」


 返事がない。

 ただの屍のようだ。


「おい大丈夫か?」


「……」


 やはり反応はない。

 仕方ないので近づいて肩を揺さぶってみる。

 すると彼女はゆっくりと起き上がった。


 彼女の顔を見てみると顔色が真っ青になりとても具合が悪そうだ。


「どうしたんだ!?具合が悪いのか?」


「……いえ、ただちょっと疲れちゃっただけです。もう平気なので行きますから」

 そう言って立ち上がる彼女だったが、ふらっとよろめいたので慌てて支えてやる。


「おい本当に大丈夫なのか? なんかフラフラしてるぞ」


「はい、少し休めば治ると思いますので」


 そう言いながら立ち上がろうとする彼女を俺は無理やり座らせた。


「無理するなって。

 今は寝とけよ。京花さん呼んでくるから」


「すみません……」


 俺がそう言うと彼女は申し訳なさそうにそう頭を下げる。


 俺は急いで階段をかけ下りると、ちょうど台所から出てきたところの京花さんに声をかける。


「京花さん、悪いけど2階まで来てくませんか」


「どうかしました?」


「いや、実は―――」


 俺は事情を説明して、二人で2階に上がると、そこには先ほどよりはマシになった様子の雪花ちゃんがいた。


「ほら、京花さん連れてきたからとりあえず横になってな」


「ありがとうございます。

 少し頭がクラクラしちゃって。もうだいぶ良くなりましたから」


「すいません一さん。

 妹は体が弱くてすぐに体調を崩すのです。

 少し休めばは問題はないと思いますので」


「ならいいんですけど……」


(まあお姉さんがそう言うんだったらいいか)


 そう思った俺は、ひとまず安心して下に戻ることにした。


「じゃあ雪花ちゃん、ゆっくり休むんだよ」


 俺がそう声をかけると、ベッドの中から「はい……」と力ない声が返ってきた。


 ****


 それからしばらくして夕食の時間となった。

 食卓に並べられた料理はとても美味しかった。


 特に京花さんが作ってくれた肉じゃかが絶品で、俺の好みの味に仕上げられていた。


「これ京花さんが作ったんですか?」


「えぇ、私こういう家庭的なお料理は苦手なのですが……失敗しなくててよかったです」


 そう言って京花さんは微笑む。


「一さんのお口に合いましたでしょうか」


「はい、すごくおいしいですよ」


 俺がそう答えると、京花さんは嬉しそうに頬を染めた。


 そんな様子を見ていた母さんが


「あらあらハジメも隅に置けないわね。

 もうそんなに仲良くなっちゃうなんて」


 とニヤつきながら言ってくる。


 それにつられて京花さんも、


「ほんとうですね、これはお義母様と呼ぶ日も近いかもしれません!」


 などと意味不明なことを言っている。

 俺はため息をついて、この場をやり過ごすことに決め、そのまま食事を続けるのだった。


 ****


 食後、食器を片付けていると、2階から雪花ちゃんが降りてきた。


「あら雪花ちゃん、もう大丈夫なの?」


 そう母さんが声をかける。


「はい、ご迷惑をおかけしました」


 雪花ちゃんはペコリとお辞儀をする。


「気にしないでいいわよ、それよりご飯は食べれるかしら」


「はい、いただきます」


 そう言って雪花ちゃんは席に着く。


 それを見て京花さんが、取り分けておいた雪花ちゃんの分の皿を持っていく。


「まだあんまり食欲ないかもしれないけど、一応栄養取っといた方がいいからさ」


 俺がそう声をかけると雪花ちゃんは


「ありがとうございます」


 と言って箸を手に取った。


 そしてしばらく無心で食事をしていた雪花ちゃんだったが、突然ハッとしたように顔を上げると、


「あの、ところで結局水無月さんとの話は何だったんでしょうか?」


 と尋ねてきた。


「ああ、それは……」


 俺はどう答えようか迷ったが、正直に話すことにした。


「……水無月に結婚しないかって言われた」


「「………………」」


 ピシリ


 場の空気が凍る音が聞こえたような気がした。

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