第43話 疑念



 ————ミシッ



「————◼️◼️◼️が君を見つけるまで、君には無事でいてもらわないとね」


 旧校舎から、急にあの日の病院へ景色が変わる。

 あの医師の方を見上げるが、やはりその顔はマジックで塗りつぶされているように見えない。


 ああ、また夢を見ているのだと七森は気がついた。


「————◼️◼️◼️が君を見つけるまで、それを手放してはいけないよ」


 胸の緑の石だけを残して、全てが黒くなる。


「君は◼️◼️◼️のものだって、印だからね」


 ————ミシッ


 何か物音が聞こえたような気がして、七森は目を開ける。

 色々と考えている間に、気づいたらベッドを背もたれにして床の上で眠っていた。


「……————印って、なんだ?」


 わけがわからない。

 夢は脳が記憶を整理する過程で見る、断片的な記憶と言われている。

 病院でのことは、確かに七森の記憶だろう。

 しかし、それならあの旧校舎の出来事はなんだ。

 あれは、七森ではなく笹原のもの。


「それに、あの……化け物……」


 あれは呪いの化け物ではないだろうか。

 笹原は、誰かに呪い殺されたのかもしれない……


 戻って来た緑の小さな石。

 この傷は、その時のものかもしれない……


 翌日、七森は実家に連絡をした。

 おそらく昴が言っていたと、七森の夢に出てくる人物は同じ。

 修一なら、当時のことを何か覚えているかもしれない。

 そう考えて。





 *



「どうした七森ちゃん」

「え……?」

「信号青だぜ?」

「あ、ああ、はい! すみません!!」


 環が何者なのか……それが気になって、七森は仕事に集中できずにいた。

 小豆洗いに言われてようやく信号が変わっていることに気づいたくらいだ。

 今は仕事中、しかも運転中だと気を引き締める七森。

 とにかく、現場にあやかしを届けなければ……


「しっかりしろよ、七森ちゃん。俺たちはとっくに死んでるからいいけどよー……七森ちゃんに何かあったら、俺たちが所長に怒られんだから。この車だって、事故ったらまずいべ?」

「そ、そうですね……」


 口ではそう言いつつ、わかってはいるのだけどふとした瞬間にまた考えてしまって、この日の七森は明らかに仕事が手についていなかった。

 そして、夕方ごろになって、事務所の駐車場で車から降りたちょうどその時、修一から電話が来る。


『昨日お前に言われて、あの時の先生について何かわからないか探してみたんだが……紹介された時にもらったメモが出て来たよ』

「本当に!?」


 よくそんな昔のものを持っていたな……と、七森は感心する。

 水神会の連中から逃げるため、何度も引っ越しをしていたのだが、修一はそういうことにはマメで、特に名刺や連絡先の書かれたメモなどは必ず取っておく人だった。


『古いものだから、今もその病院にいるかわからないが……芦屋あしや満里まり先生だ。確か……変わった瞳の色をしてたな』

「変わった瞳の色? それって、緑じゃない?」

『ああ、そうそう。そんな感じだった。ところで、あのネックレス、お前まだちゃんと毎日つけてるか?』

「え? う、うん」


 一度失くしているとは、さすがに言えなかった。

 七森は修一からそのネックレスだけは絶対に外さないようにと何度も何度も言い聞かされている。

 特に、中学に上がる前までは毎日。


 理由はあまりわかっていなかった。

 これがないと、「大人になる前に死んでしまう」とか「お前を見つけられない」とか言われていたが……


『それならいい。それならいいんだ……』

「これって……結局なんなの?」

『それならいい。それならいいんだ……』

「父さん……?」

『それならいい。そらならいいんだ……それならいい。そらならいいんだ……それならいい。そらならいいんだ……それならいい。そらならいいんだ……それならいい。そらならいいんだ……それならいい。そらならいいんだ……』



 七森が問いかけても、まるで壊れた機械のように修一は何度も同じことを繰り返して言った。

 スマホが故障したのかと、一度耳元から話して画面を見る。

 通話中の画面しか出ていない。


 もう一度耳元に当てると、通話はプツリと切れた。


「……な、なんだ?」


 戸惑いながら七森は事務所内に戻ると、受付が何やら騒がしい。

 今度はそちらに気をとられる。

 グレーのワンピースを着た女性が泣きながら、訴えていた。


「呪い殺して……お願いだから…………!! ここでならできるんでしょう!? ここの呪具なら……!!」


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